第12話 汚染病院攻略戦
慎重に中水たちは廊下を進んでいくがそこでまたも栗本の足が止まる。
それがなぜか、中水も気づいた。
カツン。
廊下の先、看護婦が徘徊しているのだ。ゆっくりとした足取りだが動けばかなり速いことは分かっている。全身に刺さった針が動くたび廊下に当たり小さな音を立てている。
栗本は振り返り中水を見る。中水が頷いたのを見て栗本は静かに近づいていく。
看護婦の背後へとそっと忍び寄る。そして銃口を頭部に当て引き金を引いた。シュッといる風を切る音がした後看護婦が倒れる。うつ伏せになった頭に再度銃弾を撃ち込み様子を見る。
動く気配はない。針に気を付けながら足で突くも反応はなかった。
「サンプルを回収しろ。他は周囲警戒」
他に仲間が来ていないか前後に別れ警戒する。その間に栗本はナイフを取り出し看護婦の指を切り落とした。それをフィルムケースのような半透明のプラスチックケースに入れバッグにしまう。
「回収しました」
「いくぞ」
それを終えれば用はない。いつ動き出すか分からないのですぐに移動する。
それで地下を目指して廊下を歩いていくがいきなり床が抜けたように落下していく。全員廊下をすり抜け別の廊下に落とされてしまった。
「大丈夫か?」
中水はなんとか受け身を取り痛む体を無視して起き上がる。他の隊員たちも無事なようで顔を引きつらせているが問題ないようだ。
中水たちが落ちた廊下は窓が並び反対側には部屋がある。夜は暗いが窓から入る光源でうっすらと廊下は見える。
栗本は暗視スコープを外し窓から外を見る。それでここが四階なのを確認した。
「四階ですね、前情報だと三階とのことでしたが」
「ランダムってことですか?」
「白井、位置情報を確認しろ。俺たちはどこにいる」
「待ってください……、おかしいな」
「どうした」
「GPS上では俺たちはエントランスから出てから動いていません。まだ一階の、入口付近です」
どう考えてもおかしい。これだけ進んでエントランスからほとんど動いていないわけがない。
「空間異常、情報通りだが場所は不規則とは」
「始まり始まり、と」
「口を慎め太田。本部、こちら中水」
『こちら本部、どうした』
「廊下から落下した、現在は別の廊下にいる。四階のようだ。隊員は全員無事、任務を継続する」
『了解。以降もなにかあれば連絡するように』
「了解」
階段を目指すこと自体は同じだが四階からになってしまった。中水たちは三階に下りられる階段を目指し進む。
「う」
そこで女性隊員の岩賀から声が漏れた。見れば腹に手を当てている。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です」
苦しそうではあるが動けるようなので先を急ぐ。ここで足を止めるのは危険だ。
それから廊下を歩いていくが先から足音が聞こえてくる。どしんと響くような音だ。大きい。タンスを持ち上げては下すような音が規則的に聞こえてくる。
その音に部隊は立ち止まる。なんだこの音は?
普通ではないものがこの先にいるのは明らかだ。廊下は直進すれば左右に別れている。階段は左折してまっすぐだが音は右から聞こえてくるようだ。
「迂回しますか?」
栗本が尋ねるが音はかなり近い。すぐにでも出て来そうだ。
「下がれッ」
中水は指示を出し距離を取る。
近い。なにか大きなものを廊下に叩く音、そして引きずる音がする。全員が銃を構え廊下の先へ向けた。
廊下の突き当り、その右から音の正体が現れる。
それは、巨体を持つ白衣の人間だった。でかい。二メートルは優に超えている。看護婦と同じで白衣は汚れぼろぼろだ。だがこの異常存在の最大の特徴はそれらではない。
「なんなんだこいつ」
隊員の一人がつぶやいた。
それには、頭がなかった。首から先がない。では頭部はどこにいったのか。
自分で持っているのだ。黒の長髪を握り締めて、頭は廊下に転がっている。まるで犬の散歩のように。その頭部は特に大きく一メートル近くもある。
自分の頭を引っ張り歩く怪物。
異常存在の顔がこちらを向くように腕を動かす。それで顔がこちらを見た。その顔は男性であり、自分たちを見るとにやりと笑ったのだ。
「接敵!」
「交戦、撃て!」
即座に射撃を開始する。サイレンサー付きのライフルからいくつもの風切音が短く響き大男の体に命中していく。この距離で外しはしない。五人が放つ銃弾が全身を穿ち漏れ出す血が赤い穴を服に作っていく。
しかし相手には効いている様子はない。迫る巨体に後退しながら撃っていく。巨体は迫りながら髪を引っ張ると頭を投げつけてきた。
投擲される巨大な頭は口を大きく広げ栗本の体に食いついた
「があああ!」
「栗本!」
「太田、やれ!」
太田が駆けつけ背負っていたショットガンに持ち変える。中水たちは頭を、太田は本体へ至近距離からショットガンを撃ち込んでいく。ズドンという大きな音が廊下に響き渡り巨大な顔も痛みから口を離す。そこへ畳みかけるように銃弾をぶち込み巨体は倒れていった。
「栗本!」
倒れる栗本に駆け寄るがその有様はひどいものだ。腰に噛みつかれた栗本の体は背骨だけで繋がっている状態で腹は裂け血や内臓が零れている。本人も激痛に顔を顰め中水を見上げていた。中水は彼のそばで膝を付き手を握ってやる。
「すみません、隊長」
「いい、喋るな!」
気休めでも治ると言えればよかった。だがどう考えても無理だと分かる。それは本人も分かっているようだ。これ以上はいたずらに苦しめるだけだ。
「やってください」
彼からの一言に中水はゆっくりと頷いた。
彼の手を握りながら、片方の手で敬礼する。
「栗本英二(くりもとえいじ)、よくやってくれた。君と共に戦えたことを誇りに思う」
「はい……!」
他の隊員たちも栗本の周りに敬礼する。中水は敬礼していた手で栗本の目を覆うと拳銃を取り出し彼の額に当てる。そして引き金を引いた。握っていた手から力が抜けそっと廊下に置く。
「こちら中水、本部どうぞ」
『こちら本部どうぞ』
「栗本が死亡した。他に怪我人なし」
『了解。任務継続せよ』
「了解」
中水は立ち上がりアサルトライフルを両手に持つ。
「いくぞ、こいつの犠牲を無駄にするな」
「了解」
「白井、お前が前だ」
「分かりました」
隊員を一人失いながらも階段を見つけ下りていく。そこに悲壮感はなくむしろ前にもまして引き締まった統率を見せている。廊下に出るたびに銃を左右に向けて丁寧にクリアリングし進んでいく。
その先頭を任された白井は誰よりも危険でありその分集中力もすさまじい。曲がり角から出てすぐに周囲を見渡す。正面だけでなく床や天井までもだ。
そこでふと目に入るものに足を動かしながら背後にいる中水に声を掛ける。
「隊長、ポスターですけど」
「ああ」
それは中水も気づいている。
『救いはない』『生きる意味はない』本来のものとはまるで違う意味合いを持つポスターの数々。そのイラストも狂気的でスプラッターホラーのように体を裂かれた患者が載っているものもある。不気味なイラストは数を次第に増やしていき壁はポスターだらけだ。それも両側がそうでありさらに進んでいくと床や天井までもがポスターで埋め尽くされていた。
「はあ、はあ」
『救いはない』『救いはない』『生きている意味なんてない』
視界を埋め尽くす呪言と血まみれの笑顔。それは無限に続く回廊となり永遠に訴えてくる。理性の隙間から染み込む汚水のように、知覚から深層意識に根を張るミームのようだ。
それは認識に直接訴えかける現象だった。
「白井、どうした?」
突然足を止めた白井に中水が声を掛ける。中水はじめ他の隊員からは変哲のない廊下だ。たまにおかしなポスターが貼ってあるくらい。しかし白井は違う。
右も、左も、上も下も。ここはポスターで埋め尽くされている。ふと気づけば自分の体にもポスターが貼られている。
『救いはない』『生きてる意味なんてない』
その言葉はどこまでも自分に訴えかける。
まずい。これは見るのをトリガーに発動する異常現象だ。そう思い振り返るがそこに中水たちはいない。ただ背中にもポスターが貼ってあるのが目に入る。
同じような廊下が永遠に続いている。それは数を増していき頭の中にまで聞こえてきた。
これ以上見てはダメだ。白井は目をぎゅっと瞑る。
「う」
けれど、ポスターは瞼の裏にも貼ってあった。瞼を閉じると見える。血まみれの子供の笑顔が。
「うわあああ」
もろに見てしまったイラストに驚き目を開ける。
そこは廊下ですらなかった。
『救いはない』『生きてる意味なんてない』
犯される。壊される。溶かされる。潰される。
自分という存在が、塗りつぶされる。
「うわああああ!」
「白井! どうした白井!?」
暴れ出す白井にどうしたのかと中水は声を掛けるが返事はない。
「救いなんてない」
「え?」
「生きてる意味なんてない」
ぽつりとつぶやく。次の瞬間白井は拳銃を抜き銃口をくわえだした。
バン。
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