第11話 再突入 

 この世界には異常なものがある。科学では証明できず人々を脅かす存在が。それらが表に出ないように守るための存在が必要だ。


 そう、自分たちのような存在が必要だ。


 コンテナから出た中水寛美はいつも通りに油断のない真剣さでテントが並ぶ病院敷地内を見渡した。そこには鬼のような気迫があり道を通ればやくざでも前を退くだろう。


 その彼が目を少し上げる。それだけで全容が見える汚染病院。これからこの悪夢を攻める。今までも正気を疑いたくなるようなクソッタレは経験してきたがこれはとびきりのクソだ。大きな掃除になる。


 彼は歩き進め一つのテントに入った。そこは会議室となっており部隊の皆がいる。


「集まってるな」


 男女四名。女性は岩賀だけでそれ以外は全員男性だ。中水は四十になるが隊員たちは三十代や若い隊員だと二十代半ばもいる。そのどれもが精悍な顔つきであり戦闘服とブーツを履いている。テント内にはホワイトボードとパイプ椅子が並び隊員たちは椅子へと着席した。


「話は聞いてるだろうがブリーフィングだ。俺たちはこれから再度犬會病院、異常事象染病院に突入する。中は電灯が点いていないため暗視スコープを付ける。さらに生存者から得た情報から音に反応する異常存在がいることが判明した。これにより銃器にはサイレンサーを装着。ただし未確認の異常存在も示唆されていることからショットガンも携行していく。太田、お前が持て」

「はい」

「また天井を徘徊する異常存在もいる、上にも気を付けろ。突入後俺たちは地下を目指す。しかし空間異常によりすんなりとはいかんだろう。GPSもあるがあまり期待するな。この手のものはたいてい機能しない」


 情報を伝えていく。隊員たちはそれを真剣な表情で聞いていく。


「俺たちの目的は汚染病院のさらなる情報収拾と地下へと行きこの問題の原因を排除することだ。いくぞお前ら、準備しろ」

「はい」


 隊員たちは立ち上がり装備を整えていく。銃口にサイレンサーを取りつけ暗視スコープを頭に被る。他にも弾薬やナイフ、様々な武器や機器を体中に貼り付けるように装着していく。


 それが整い中水たちは病院の入口前に構える。ガラス扉の向こうには唯一電灯がついているエントランスの光が見える。


 中水は気合を入れるようにゆっくりと息を吐き出した。


「各自通信確認」

「栗本、了解」

「岩賀了解です」

「太田了解」

「白井了解。全員通信良好です」

「よし。本部、こちら中水。これから突入する、どうぞ」

『こちら本部。聞こえている。突入してくれ』


 通信越しに男性の声が聞こえる。


「了解。それじゃお前ら、夜の冒険だ、気を抜くなよ」


 さきほどは入口から少し入っただけでほとんど進めなかったが今回は違う。最後までだ。前回もそうだが神経を研ぎ澄まし、その開幕を告げるように白井が扉を開ける。


「突入!」


 まずは栗本が先行し中へと入る。その後に続いて岩賀、中水、太田が突入し最後に扉を開けていた白井が入る。入るなり扇状に広がりエントランスをクリアリングしていく。


「クリア」

「クリア」

「オールクリアです」

「了解。ここはセーフティと見ていいな」


 ここは汚染病院唯一と言っていい汚染されていない場所だ。何気ない無機質な光がこれ以上嬉しいこともない。

 しかし本番はここからだ。中水は暗い廊下を睨む。


「廊下へ出るぞ。暗視スコープ装着」


 額にある暗視スコープを下ろし両目にセットする。暗闇の中緑色で周囲が映し出される。


 中水はハンドサインで前進を指示し栗本を筆頭に一列になって移動していく。


 静かな夜の病院を五人は進んでいく。静かに移動していき足音すら殺していく。目指すは地下への階段だ。頭の中に入れた地図通りに進んでいく。


 そこで先頭を進む栗本が片手をグーにして上げ立ち止まる。


「どうした」

「隊長、ここです」


 言われて廊下の先を見るとそこは生存者、沓名と宮坂を発見して脱出する際襲ってきた看護婦たちと交戦した場所だ。中水は暗視スコープを上げ目視で確認する。


「やつらの遺体がありません」


 そこには倒したはずの看護婦の姿がなかった。他の隊員たちも直に見て確認していく。


「三体は倒したはずだ」

「はい、私も確認しています」


 白井と女性隊員の岩賀が言うのであれば間違いはない。中水はライトを取り出し辺りを見渡すが別の場所に倒れているわけでもない。では場所を間違えているのかと言えば廊下に残る血痕が明確にここだと告げている。


 先頭の栗本もライトを取り出し廊下に広がる血痕を照らすとサイレンサー付きの銃身で触ってみる。


「すごい粘度だな」


 ほとんど固まっている。まるで水あめのようにサイレンサーにべっとり血がくっつく。


「風通しのよくないこの場所でほとんど凝固している。それに撃たれたわりには出血量が少ない」

「凝固しているのは交戦からけっこう時間も経っていますしそれでじゃないですか?」

「とはいえ遺体がないのは不自然だ。誰か運んだにしても引きずった後もない」


 銃で撃たれて倒れていればそこから血が漏れ出し赤い水たまりを作る。しかし廊下には血痕が飛び散っているだけだ。点在していて大きな水たまりはない。誰かが持ち運んだ可能性もあるが巨大な針が刺さった看護婦を運んだとは考えづらい。


「消えたか、それか自分で歩いたか」


 栗本は情報から状況を推測していく。冷静な分析力はさすが先頭を任されるだけのことはある。

 そこで太田がなにか見つけた。


「ここ、足跡ありますね。ですが途中でなくなってる。隊長、あの異常存在はゾンビみたいなもので血液はほとんど機能していない。そう思います」


 太田からの報告に中水は二人に振り返る。


「白井、岩賀。聞くがヘッドショットは決めたのか?」

「いえ、私は胴部だけです」

「俺はあります。一体だけですが」


 それでだいたい把握した。


「ゾンビというより不死身だな。分かった、銃撃で無力化できるが一時的だと思え。本部、中水だ。どうぞ」

『こちら本部、どうした』

「報告にあった看護師に類似した異常存在だが遺体が見当たらない。不死性の可能性が高い。どうぞ」

『本部了解。任務継続せよ』

「了解」

 

 ただの看護婦ではないことは一目見た時から分かっていたがやはり普通ではない。分かりやすく言えばゾンビだが頭を撃っても死なないようだ。


「いくぞ」


 敵の性質を発見しつつ隊は前進していく。

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