第10話 宮坂との再会

 優輝は案内されトラックの前にまでやって来た。野外病院といった感じでコンテナがそのまま病室になっているようだ。壁には赤い十字が書かれておりコンテナにある階段を登って扉をノックしてみる。


「すみません」

 

 扉は開きどうぞと招いてくれる。医師だろうか、宮坂ちゃんに一言二言伝えたあとコンテナから出て行った。優輝は会釈で応えここは二人きりだ。


 コンテナの中にはベッドが一つとその傍には機材が置かれ宮坂はベッドの上で横になっていた。


「宮坂ちゃん、入っていいかな?」

「はい、どうぞ」


 もう入ってはいるが一応断りを入れつつ近づいていく。彼女は上体を起こしその顔は優輝が来たことを喜んでいた。


「元気そうだね」

「沓名さんこそ、大丈夫です?」

「こんなのどうってことないさ」


 沓名の怪我は擦り傷だ、彼女に比べればたいしたことない。


「足はどう?」


 宮坂の腰から下にかけてはブランケットがかかっているため分からないが宮坂がずらして足を見せてくれた。細い足にはしっかりと包帯が巻かれている。


「うん。まだ痛いけど大丈夫。なんか急所は外れてたからって。あと止血もしてたからそれもよかったみたい」

「そうか。あの女性には感謝だな」

「うん。岩賀さんだって。さきほど言っといた」

「そっかそっか」


 近くに丸い椅子を見つけそこに腰を下す。彼女が元気そうでなによりだ。あの時は本当に死ぬと思った。怖くて怖くて仕方がなかったけどこうして生き残れたんだ、こうして無事に話せているだけで本当に嬉しい。


「それに沓名さんも」

「ん?」

「ありがとうございます」

「なんだよ突然」

「だって」


 彼女は視線をブランケットに向けそこで両手を合わせている。表情はどこか恥ずかしそうだ。


「沓名さんは、何度も私を助けてくれたじゃないですか。だから。とても嬉しかったんです、めちゃくちゃかっこよかったですよ」

「はは」


 ストレートな言葉に嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げる。


「俺はただ」


 必死だっただけ。あの状況でそれしか考えられなかっただけだ。もしかしたらもっと確実で安全な方法はあったかもしれない。自分は優秀じゃない、行動しただけだ。


「私のこと、必死に助けようとしてくれた。自分も危険だったのに」


 優輝としてはそう思っているのだが彼女は違うようだ。結果的にその行動で宮坂は助けられた。他の方法なんてどうでもいい。彼は自分を守ってくれた、その行動にこそ意味がある。


「だから、ありがとうございます」


 熱を帯びた頬と向ける好意の眼差し。そこに彼女が優輝へ抱くすべてがあった。


「いいさ。助けたかったんだ」

「……はい」


 幸せそうな笑顔がまぶしい。それを守れて本当によかったと改めて思えた。


「沓名さんって付き合ってる人いるんですか?」

「え!?」

 ビックリした。背筋がビクッとなる。

「いや、いないけど」

「へえ~~そうだんだー、へえ~~」


 それで答えるのだがなんだか嬉しそうだ。自分の恋人歴を笑われているようでムスッとしてしまう。


「なんだよ」

「なんでもないですよ~」

「悪かったないなくて」

「悪いなんて言ってないじゃないですか!」

「その笑ってる顔がそう言ってる気がしたんだよ」

「言ってないですって。沓名さん意外とネガティブですね」

「くそ、悪かったな」


 それは図星なので悔しい。反論できない。


「宮坂ちゃんは? 付き合ってる人いるの? いや、言わなくていいや」

「なんで!?」


 聞いておいてなんだがマウントを取られる予感しかしない。


「どうせいるんだろ?」

「なんでぇえ!?」

「だって可愛いじゃん」


 優輝の目から見ても彼女は可愛い。赤い髪や丸みのある大きな瞳。明るく気さくな性格で人気があるのは間違いない。


「え……、そ、そう思います?」


 そんなこと言われ慣れているだろうし動揺なんてしないと思っていたが意外にも恥ずかしがっている。視線をずらし今の彼女は珍しくしおらしい仕草を見せている。


「うん。告られたこととかないの?」

「まあ、ありますけど」

「やっぱり」


 当然だ。むしろこれでなかったらそのクラスの男子はよほどシャイの集まりなんだろう。


「でもそれで付き合ってるとは限らないじゃないですか」

「じゃあいないの?」

「いませんよ」

 それは意外だった。てっきり彼氏くらいいると思っていた。

「え!? そうなの? 意外」

「ふふん、嬉しいですか?」

「え、なんで?」

「…………」


 むしろ嬉しそうなのは自分のように聞いてくるのだが優輝にはその意図が分からなかった。それで聞くのだが今度は黙ってしまう。


「どうしたんだよ急に黙って」

「もういい」

「なにが?」

「もういいです!」


 ベッドに横になり背を向けてしまう。


「いた!」


 それで怪我している足を動かして痛がっている。なにがなにやらだ。聞いても教えてくれないしお手上げである。


 コンコン。


 そこで扉をノックする音が聞こえてきた。どうぞと声を掛けると扉を開け入ってきたのは中水だ。


「よう、せっかくのところ邪魔して悪いな」

「なんですかそれ」


 親父臭いノリでからかわれジト目で睨む。そんな優輝を見て中水は笑っていた。


「実はこれから再度突入することが決まってな、一応あいさつをと思ったのさ」

「行くんですか?」

「おう」


 優輝は尋ね中水は真剣な表情に切り替える。宮坂も体を起こし彼を見た。


「君たちの情報を元に装備を整えてな。これからすぐさ。俺も用意しなきゃいかん」


 まったくの手探りで行くのと対策を取ってから行くのとでは生存率がまるで違う。少なくとも一回目よりも安全かつ効率的に探索が出来るはずだ。


「岩賀さんも行くんですか?」


 足の怪我を止めてくれたのと同じ女性だからか宮坂は彼女のことを特に気にかけている。


「当然だ、あいつもうちの実働部隊だからな。働ないてもらわないといかん」

「そうですか。あいさつって出来ますか? ぜひしたいんですけど」

「いや、今準備中で会うのは無理だ。ただ俺から伝えておいてやるよ、君が応援してるってな」

「はい」


 宮坂は小さくお辞儀して中水に思いを託す。


「あの」


 優輝は立ち会がる。中水を見るその瞳に彼も意図に気づいたようで表情を引き締める。


「俺も、ついて行くことって、出来ませんか?」

「沓名さん!」


 宮坂が大声で叫ぶがここは無視する。見るのは中水だけだ。


「無理だ」


 大人が作る真剣な顔でビシッと言い切られてしまう。


「気持ちは分かる。だが君がついてきてなにが出来る。君を守って探索する余裕はない。規則としても連れていくなんて無理だ。分かってくれ」

「でも」

「分かれ。分かるよな?」


 声は大きくないが凄みのある口調で言われ出掛かった言葉が引っ込んだ。

 分かっている。要は言っているのだ、お前では足手まといだと。


 愛羽を助けたい。ニュースで言っていた自分宛てへのSOS。妹を心配する気持ちにじっとなんてしていられない。


 だけどそのエゴで愛羽が救えるか? ここで自分が参加することになんの意味がある。ここは危険だ、一般人の出る幕はない。むしろ自分のせいで救出が失敗しかねない。


「すみません、出過ぎました」


 小さく頭を下げ、悔しさを奥歯で噛みしめた。


「いや、分かってくれたならいいんだ。怒ってるわけじゃない、顔を上げてくれ」

「妹をお願いします」

「おう、あんたの妹を見つけて帰ってきてやるさ」

「はい。お願いします」


 優輝はもう一度頭を下げ彼に頼んだ。


 妹はここにいる。自分で行きたい気持ちは無論ある。しかし自分が無力であることも知っている。


 ここは彼らに任せるしかない。異常事象の専門家、特戦のプロに自分たちの願いを預けた。


(愛羽、待っててくれ)


 今は祈ることしか出来ない。汚染病院という脅威と理不尽を前にして神に膝を付くように。


 それが皮肉であろうとも。


 優輝は彼に思いを託し、そんな優輝を宮坂は心配の眼差しで見上げ、頷いた中水はコンテナから出て行った。

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