第6話 逃走
それで二人は廊下を進んでいく。気持ちは前向きだ、緊張はあるが怯えはない。
「聞こえるか?」
「ううん、なにも」
金属音は聞こえない。どこかに行ったのか。それか患者たちのように消えたのだろうか。
音を確認してから廊下を見る。天井を見て異常存在がいないのも確認した。
「行こう」
静かに。けれどなるべく早く。急ぎ足で廊下を歩いていく。階段は廊下の突き当り左だ。
「後ろは?」
「うん、大丈夫」
背後も宮坂に確認してもらっている。
非常灯の赤い光、非常口を知らせる緑色の看板。わずかな光源に照らされた暗闇の廊下。緊張が途切れない。
「沓名さん」
「ん?」
彼女に手を引かれ振り返る。彼女は窓際に寄り下を見つめていた。
「ここから下りられないかな? ちょっと高いけど飛び降りるだけなら」
言われて優輝も窓際に近づいた。二階から見下ろす先には小さな植木が並ぶだけで大怪我するような高さじゃない。
少しだけ悩む。
「どうだろうな。飛び降りるだけなら大丈夫だと思うけど、ここは空間がおかしいし」
ここは空間異常がある。一階から三階に落ちたり階段がループしたり。まっとうな空間ではない。
そんな場所で二階から飛び降りたらどこに着地するか。
「もしかしたら落下中に別の場所に落ちるかもしれないし、それかもっと高い場所から落ちた衝撃に襲われるかもしれない。駄目ってわけじゃないけど試すのはほんとの最後の方がいいと思う」
「分かりました、そうですよね」
このまま地上へショートカット、この病院から脱出できればいいのだがそんな甘い場所ではない。
優輝はそう判断し言うが見れば宮坂はすこしだけ残念そうだ。彼女としてはきっといい案だと思ったんだろう。
「ありがと、教えてくれて」
「え」
落ち込んでいた顔が意外そうにこちらを見る。
「今回は保留にしちゃったけど、またなにか気づいたら教えてくれ。期待してるからさ」
「はい!」
彼女はちゃんと周りを見ている。そこから打開策を考えられる子だ。こんな状況でそれが出来るのは優秀だ、頼りになる。
二人は手を繋ぎ階段を目指し廊下を歩く。そのままなんとか無事に階段へとたどり着き下へと降りることが出来た。確認するがF1の文字。窓から外を見ても地上の景色だ。
「よし」
「よかったですね」
「ああ」
ほんの少しだけ笑顔が戻る。あとは出るだけだ。油断はできないけれどようやく希望が沸いてきた。
あとは出口を見つけるだけ。二人は笑顔で頷き合い出口を求めて歩き出す。
暗い廊下。さらには迷宮のようにここは形を変える。行きの道のりは当てにならない。だとしても進むしかないのだ。
「止まって」
優輝は立ち止まり宮坂も止まる。不穏な音がかすかに聞こえてきた。
あの音だ。
カツン。
歩く度に金属が当たる音。それが恐怖と共に思い出される。
「看護婦がいる」
「看護婦?」
「全身にでかい針が刺さってるやつだ。ゆっくり動いてて顔がないから目が見えてないと思う。けど音を立てると走ってくる」
恐ろしい姿で足も速い。二人だときっと逃げきれない。
カツン。
そうこうしているとまた音が聞こえてきた。
「聞こえる」
宮坂も聞こえたようで体をビクッと震わせた。
「沓名さん、うしろ」
振り返る。すると看護婦がこちらに向かって歩いていた。
「あ」
宮坂が恐怖に息を飲む。あまりにも痛々しい姿、この異常存在を見るのは初めてだったようだ。
「まずいな、急ぐぞ。音を立てないようにな」
「はい」
このままでは追いつかれる。カツン、カツンと音が鳴る度に急かされる。
小走りで進む。もたもたするわけにはいかない。だがその足が止まった。
「う」
正面、廊下の先にも看護婦がいたのだ。
「そんな」
宮坂がつぶやく。看護婦は廊下の中央で棒立ちではあるが体から針の先が広がっている。
「沓名さん」
どうする? このままでは後ろの看護婦に追いつかれる。だけど前にもいる。ここでじっとしていてはジリ貧だ。
ゆっくりと考える余裕すらここは与えてくれない。
「宮坂ちゃん」
決めなければならない。でなければ死ぬだけだ。
「正面にいる看護師の横、そこを通るしかない。針に気を付けてゆっくりだ」
「でも、それだと音が」
「分かってる」
やつらは音に反応する。どれだけゆっくり歩こうとすぐ隣を歩く人物に気づかないというのは考えずらい。普通の人でさえ目を瞑っていても分かりそうなものだ。
「でも、今はこれしか浮かばない。もし気づかれたら全力で走るんだ。いいな?」
「分かりました」
「よし」
宮坂も覚悟を決めてくれたようだ。
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