第4話 怪物
異常事態に理解が追いつかない。それもここの異常はおかしい。電気の点いていない廊下に人々は天井に磔にされ、廊下はここから逃がさないように空間がワープする。ここから感じるのは敵意や悪意、ここにいる者を殺してやろうという殺意だ。
こんな異常が自然と起きるはずがなく、この病院には間違いなく愛羽がいる。これらには彼女が関わっているはずだ。だけど。
(違う、愛羽がこんなことするはずない!)
あの愛羽が、自分の妹が、自分からこんなことをするはずがない。彼女が赤ん坊の頃から知っている。愛羽はこんなことをする子じゃない。
なにか訳がある。こんなことになるはずの。
優輝はパニックになりそうだった気持ちを整え再度意思を固める。愛羽を助ける。きっとこんな場所に閉じ込められて彼女も怖がっているはずだ。ようやくニュースで言ったいたことが分かった。
愛羽は助けを求めている。あのアナウンサーはそう言った。ここで愛羽は助けが来るのを待っている。なら、そこから救い出さないと!
優輝は廊下を歩き出していった。それで改めて廊下を見ればここは病室のようだ。横を通るたび名前を見るが沓名愛羽の文字はない。
でも、もしかしたら逃げ出した彼女がここに隠れているかもしれない。
そう思うと無視出来ない。開けるのは怖いが確認しておいた方がいい。
扉に手を伸ばし恐る恐る開けてみた。
電気の点いていない暗がりの部屋。カーテンによって仕切られた四つのベッド。それだけなら普通の集合病室なのだが、その仕切りのカーテンが全部ボロボロに切り裂かれていた。まるで強盗にでも荒らされたように床には物が散乱している。
中へと入り周囲を見渡す。床に散らばったカップや本、倒れた小さなテレビ。ここも普通じゃない。
優輝はカーテンに近づきゆっくりと開いてみる。ベッドには案の定人の姿はなかったが、代わりに大量の薬剤、注射器が捨てられていた。
(なんだよこれ)
意味が分からない。ただうまく言えない気味の悪さがある。優輝はしばらく見つめるが視線を切りこの部屋を後にした。
(この病院はおかしい)
危険とか不気味とかそれは分かる。けれどその意図は? こんなことがなぜ起きる? それが分からない。
優輝は廊下を進んでいくが、するとまたもあの音が聞こえてきた。
カツン。
なにかにぶつかっている金属音。
(まずい、逃げるか?)
優輝は身近な部屋に逃げ込もうかと扉に手を伸ばすが、しかし音は近づいてはこなかった。前方から聞こえるが離れてもいかない。
(そもそもなんの音なんだ?)
どうする? 反対側を見るが廊下の先は行き止まりだ。この先しか道はない。しかしこのまま進めば音の正体と遭遇する。
「く!」
けれど行くしかない。ここでじっとなんてしていられない。
優輝は恐怖を押しのけ足を出す。ゆっくりとだが、それでも確実に。音の出所へと近づいていく。
進んでいくと廊下は真っすぐと左に曲がれる交差点になっており、正面に続く道は病室の続きのようだ。優輝は角に背を当てゆっくりと息を吸う。
カツン。カツン。
音は大きい。この角のさき、そこになにかいるはずだ。
心臓がバクバクとなっている。それでも意を決め、角から少しだけ顔を覗かせる。
そこはナースステーションになっていた。受付口があり奥には看護師が作業するための机や薬剤が置かれた棚などが並んでいる。
その入口、そこに人影がある。
(なんだあれ)
ついに謎の人影の全容が明らかになる。
非常灯が照らすぼんやりとした明かりの下。そこにそれはいた。その姿に息を飲む。
それは、人間ではなかった。それには目と鼻がなく、口だけが異様に大きく口元は耳まで伸びている。看護婦の姿をしたそれは腕が異常なほど長く指先が床に触れるほどだ。白いナース服は汚れ破けている。
それだけでも十分異様なのに、これが最もおかしいのは全身を貫く巨大な注射針だ。
大きい。二メートル近くある針が三本、彼女の体を貫通している。その針が入口に引っ掛かりカツンと音を立てていた。
優輝は顔を戻し必死に落ち着こうとしていた。全身から嫌な汗が拭き出し緊張で心臓を吐き出しそうなほど気持ち悪い。それをなんとか飲み干して再度顔を出す。
針が刺さった看護婦はゆっくりとした動作でナースステーションに入ろうとしその度にカツンと音を鳴らしている。その動きは映画に出てくるゾンビそのものでもしかしたら同じようなものなのかもしれない。
幸いなことにまだ自分には気づいていない。顔もこちらを向いておらず、そもそも目がないので見えているのかも分からないが、静かに移動すればやり過ごせるかもしれない。
行け、行くんだ自分。
自分で自分を励まし、優輝はゆっくりと前へ出た。背中を壁にくっつけたまま角を曲がっていく。おそらくあの看護婦は目が見えていない。このまま足音を立てずに進めばやり過ごせるはずだ。
パキ。
(え)
そこでなにかを踏んだ。見ればそれは注射器であり近くには大量の注射器が積み上げられた山があった。
(なんだよそれ!)
ハッとなり看護婦に振り向く。
看護婦が、こちらを見つめていた。
「ギャアアアアア!」
「うわあ!」
次の瞬間、看護婦が迫ってきた!
急いで廊下を走る。看護婦は体に刺さった針を壁や廊下に引っ掻きながら走りその度にカツンと音を立てていく。
看護婦の怪物が迫る。優輝は必死に逃げると廊下の先に階段が見えてきた。
走る勢いのまま階段の踊り場に飛び移り勢い余って壁に激突する。けれど気にせずそのまま下の階へ走っていった。廊下を曲がり適当に部屋に入って扉を閉める。
「はあ、はあ!」
バレただろうか? 肩を大きく揺らし息が切れる。音が漏れないように口に手を当て必死に体を落ち着かせる。
それで数秒、身を潜めているが追ってくる気配はなくなっていた。足音も聞こえない。恐る恐る扉を開け廊下を覗いてみるがあの看護婦はいなかった。
「……ふう」
どうやら追ってはきていないようだ。あの体では階段を下りようとすると転倒してしまうかもしれない。もしくは三階にしかいられないのか、どちらにせよ助かった。
「なんだよ、あれ。なんなんだよ……」
本物の怪物だった。それに追いかけられた。悪夢のように。
だけど愚痴を吐いていても仕方がない。それでもやるしかないのだ。
優輝は廊下に出る。それで廊下に貼ってある案内図を見ると二階は手術室のようだ。他のフロアは病棟になっており食堂も併設されている。見舞いにきてくれた人用だろうか。入院したことがないから分からない。とりあえず愛羽を探さなければ。彼女のいそうな部屋を探していく。
「きゃあああ!」
(人がいる!?)
女性の悲鳴だった。自分以外にも誰かいる。罠か? そうとも思うがもし本当に人だったら。優輝はすぐに声がした方へ走った。
「放して!」
「な」
そこには見たこともない光景が広がっていた。
(女の子!?)
廊下を曲がった先、そこには一人の女の子がいた。その女の子を入院患者が着る水色のパジャマ服を着た十人くらいの患者が捕まえようとしているのだが、その彼らが普通ではない。
みな、天井に立っていた。天井に足を付けぶら下がった状態で女の子に手を伸ばしているのだ。
女の子は自分よりも小さい中学生ほどの子で赤い髪のショートカットをしている。薄いピンクの服に黒のスカート。黒のミニリュックサックを背負い白の靴を履いている。しかしその白い靴はいま地面から離れ両足をバタつかせていた。
「嫌、放してぇ!」
「待ってろ、今いく!」
「え」
女の子も優輝に気づきこちらを向く。彼女の肩や服、ミニリュックサックは患者たちの手が掴み体を持ち上げている。このままでは完全に掴まれてしまう。
「させるか!」
彼女の腰に掴みかかり両腕を回し引っ張る。
「放せお前ら!」
彼女の体を思いっきり引く。だが彼女の体には何本もの腕がまとわりついておりなかなか離れない。彼女も両手を振り回し抵抗するのだがこのままでは優輝まで連れていかれそうだ。
「嫌ぁああ!」
「リュックを脱げ!」
「え?」
「リュックを脱ぐんだ!」
女の子は急いでリュックを脱いでいく。それでリュックを掴んでいた手が空振りに終わりその隙に大きく引っ張る。それで引き抜くと二人は廊下に倒れた。二十本近い腕がつららのように伸び優輝たちを亡者のように掴もうとしてくる。
「走れ!」
なんとか急かし彼女の手を引く。それに立っては駄目だ、屈んだまま走らなくてはならない。
優輝は女の子の手を掴んだまま、一緒にここから逃げ出していった。
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