第3話 探索開始

「すみませーん」


 それを払拭したくて声を出してみる。広いエントランスに自分の声がよく響く。


 待機室に置かれているテレビはバラエティ番組らしく笑い声が聞こえてくる。それが返ってこの場の静寂さを際立てる。


 受付に行ってみるも呼び出しベルのようなものは置いていなかった。


 一人だ、この広い空間に自分だけが立たされている。


 どういうことだ? なにかの手違いか? 


 本当は入ってはいけない時間帯に自分が来ただけか? 


 様々な思考が巡るがそんなことはない、まだ営業時間だ。それに緊急の患者が来た時どうするのか。


 テレビが点けっぱなしというのもそう。いるはずの人がいないのだ。


 そこで思いつく。電話を掛ければいい。ここに人がいなくてもさすがに院内のどこかにいるはず。電話してその人と連絡を取ればいい。


 優輝は携帯を取り出すが、その表示に目が丸くなる。


 そこには圏外と表示されていた。


「は?」


 意味が分からない。山中で遭難したわけでもないのにここでは電波が繋がらない。こんなことは初めてだ。


 仕方がなく携帯をしまい受付から離れエントランスから続く廊下を見てみる。


 そこだけ営業時間外のように電灯が落ちており非常灯の僅かな明かりだけが廊下の闇を照らしていた。他も見てみるが廊下はすべてそう。


 エントランスは明るいがそれ以外はすべて暗闇であり廊下の先がかすかに見える。


 これはいったいなんなのだろう。さすがにおかしい。自分は今絶対におかしな場所に立っている。


 恐怖が、みるみると広がっていく。


 これは異常だ。目の前に続く暗闇、それはまるで獲物を誘っているようでかすかな光源すら疑似餌に思えてくる。


 不安が足首を掴んできた。


 だけど。


「愛羽」


 妹から電話が掛かってきた。彼女は助けてと言ったのだ。切実な声で。


 ここに囚われているのだとしたらなんとしても助け出さなくてはならない。


 こんな場所に愛羽を置いてはおけない。


 暗がりの続く廊下に、優輝は足を踏み出した。掴む恐怖を振り切って、この病院に進んでいったのだ。


 廊下を歩いていく。気持ちを強く持ち一歩、一歩と進めていく。


 病院の探索が始まった。


 無音の静けさに自分の足音だけが響く。ここには本当に誰もいないようだ。


 総合病院なだけあって廊下は長くたくさんの部屋がある。


 壁には予防を促すポスターや健康診断の知らせ、反対側には検査をする部屋から薬を保管している部屋、職員たちの控室などさまざまだ。


 しかしどれだけ進んでも人はいない。無人の病院。


 いったい彼らはどこへ消えてしまったのか。


 医者や患者などを含めれば百人以上の人がいるはずなのに、それがいない。まるで神隠しにでもあったかのようだ。


 おかしいと分かっているのに進むしかない。激しい運動をしているわけでもないのに呼吸が大きくなる。体は強張り唾を飲み込んだ。


 優輝は廊下の突き当りまで来た。角を曲がるがその先も長い廊下が続き暗いままだ。


 愛羽のいる部屋の手がかりはない。優輝は今一度覚悟を決め歩く。


 長い廊下だ、非常灯の光がなんとも不気味さを煽る。


 優輝は歩き続けるが、ふと通り過ぎかけた部屋の扉が気になって立ち止まった。この扉一枚隔てた向こうになにがあるのか。


 これが昼間で人がいるのなら気にもしなかっただろう。だがこんな状況に身を置いていると変なことを考えてしまう。

 

 普段なら絶対に考えないようなことを。たとえば得体の知れない怪物とか。分からないというのがこれほど想像力を掻き立てるものなのか。


 気づけば、優輝は扉に手を伸ばしていた。


 それは本来なら無意味な行為だ。扉の先にはなにもない。


 案内を見ればただの診察室、そこには机に医者が座る椅子と患者用の丸椅子、そしてベッドが置かれている。それだけのはずだ。


 なにもない、あるはずがない。そう思っているのに不安を払拭出来ない。


 ゆっくりと、思い切って扉を開けてみた。


「……ふう」


 ない。そこにはなにもなかった。予想通りの診察室だ。それもそうだと自傷的な笑みが出る。


 自分はいったいなにを考えていたのか。さきほどまでの想像を思い返すと恥ずかしくなってくる。


 ポタ。


 そこで、天井からなにかが滴り落ちてきた。


 暗い床ではそれがなにか分からない。ただ水滴が落ちてきたのは分かる。


 それでよく見てみればここの床にはたくさんの水滴によってシミが出来ていた。


 まるで水たまりのような大きなシミもある。


 ゆっくりと、天井に目を向けてみた。


「――――」


 息が、止まった。


 人が、磔にされていた。天井いっぱいに、縫い付けられていたのだ。それも普通ではない、目玉はくりぬかれ腹は裂かれて内臓が抜かれている。


 まるでアジの干物のようだ、そんな浅い思いが脳裏を過る。


 大勢の死体が、天井に埋まっていたのだ。


「う、あ……」


 声が出ない。あまりの衝撃に悲鳴さえ出てこない。


(なんだよこれ、なんで、こんな!)


 本当に恐怖した時人は動けなくなる。まるで金縛りにあったかのように。ただ思考だけがぐるぐると回っていく。


 なんだ、これは? まるで人間の所業とは思えない。殺人なんて生易しいものではない、常軌を逸している。


 目の前の光景に理解が追いつかない。だが、そこにさらなる異変が追撃してきた。


 カツン。


 音が響びく。金属が当たったような高い音だ。


 ビクリと震える。どこから聞こえた? 振り返って耳を立てる。


 カツン。


 また聞こえる。小さいが間違いない。まだ遠いようだが確かに聞こえてくる。


 カツン。カツン。


 それがだんだんとだが大きくなってきた。近づいている。こちらに向かって移動している。


(やばい!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る