第二章 探索

第3話 探索開始

 無音の静けさに自分の足音だけが響く。総合病院なだけあって廊下は長くたくさんの部屋がある。


 しかしどれだけ進んでも人はいない。無人の病院。いったい彼らはどこへ消えてしまったのか。医者や患者などを含めれば百人以上の人がいるはずなのに、それがいない。まるで神隠しにでもあったかのようだ。


 これも、愛羽の不思議な力なのだろうか?


(いったいどういうことだ?)


 まずはっきりしているのは異常ばかりが起きているということだ。一人でに点くテレビ、そこから流れる自分宛ての放送。そして無人の病院。なによりトラックに轢かれたはずの自分が生きている。これらを説明できるのは愛羽の存在だけ。


 しかしそうだとして、なぜこんなことをする? 自分を無人の病院に連れてくる狙いが分からない。


 結局のところなにも分からない。ただ言われた通りに愛羽を探すだけだ。


(とはいえ不気味だな)


 夜の病院というシチュエーションだけでも結構怖いのに電気の点いていない廊下だ、はっきり言って怖い。今にもなにかが出て来そうな雰囲気がある。


 ふと通り過ぎかけた部屋の扉の前で立ち止まる。なぜだろう、これが普通の病院なら気にもしないのに。けれどこんな状況だからか向こう側が気になる。

 そこにあるのは日常か、それとも異常か。

 ゆっくりと、そして思い切って扉を開けてみた。


「……ふう」


 ない。そこにはなにもなかった。予想通りの診察室だ。それもそうだと自傷的な笑みが出る。自分はいったいなにを考えていたのか。


 ポタ。


 そこで、天井からなにかが滴り落ちてきた。


「なんだ?」


 暗い床ではそれがなにか分からない。ただ水滴が落ちてきたのは分かる。

 ゆっくりと、天井に目を向けてみた。

 

「――――」


 息が、止まった。


 人が、磔にされていた。天井いっぱいに、縫い付けられていたのだ。それも普通ではない、目玉はくりぬかれ腹は裂かれて内臓が抜かれている。まるでアジの干物のようだ、そんな思いが脳裏を過る。


 大勢の死体が、天井に埋まっていた。


「う、あ……」


 声が出ない。

 なんだ、これは? まるで人間の所業とは思えない。殺人なんて生易しいものではない、常軌を逸している。


 目の前の光景に理解が追いつかない。だが、そこにさらなる異変が起きた。

 カツン。

 音が響びく。金属が当たったような高い音だ。

 それがだんだんと大きくなってきた。


(やばい!)


 優輝は扉から顔だけ出して廊下を見る。音は聞こえるがまだ姿は見えない。どうも廊下の先から聞こえてくるようだ。


 今ならバレない。急いで部屋を飛び出し来た道を走る。


(なんだよあれ!? なにが起きてるんだよ!)


 分からない、分からない、分からない。なにも分からない。

 その中で唯一分かるのは、ここが危険だということだ。


「があ!」


 その時足の感触がなくなった。体は前のめりに倒れていく。突き出した両手は廊下をすり抜け目の前の床が迫る。けれど衝撃はなく、一瞬の闇のあと自分は落下して廊下に激突していた。


「ぐうう!」


 廊下にうつ伏せに倒れる。全身に落下の衝撃と痛みが走るが大事はない。しばらくすれば痛みも引いていきなんとか立ち上がれた。


「なんだよ、なにが起きたんだ?」


 どういうことか分からず天井を見上げる。

 自分は今、確かにこの天井から落ちてきた。廊下をすり抜けてその先がこの廊下だった。


 意味が分からないがそういうことで、一階から落ちてきたということはここは地下一階だろうか?

 優輝は辺りを見渡すが少し先に窓を見つける。月の光がそこだけ廊下を照らしており月光があるということは地下ではなさそうだ。窓の前に立ち外を確認してみる。


「え。なんで……」


 その光景に優輝は立ち尽くしていた。

 そこには上から眺める木々が広がっている。病院の敷地を見渡し視線を端に寄せれば自分が止めた駐輪所だって見える。


 それ以上、言葉は出なかった。ただただこの異様な空間に圧倒される。


 ここは、三階だ。自分は一階の廊下をすり抜け三階に落下してきたのだ。

 ずるずると後ずさり窓から離れる。けれど現実は許してくれないし変わってもくれない。


 ここに来てようやく気づいたのだ。


 自分はこの病院に捕われた。まるで口を開けて獲物を待ち受けていた怪物に自ら入り込んでしまったのだと。


「なんだよ、これ……」

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