汚染病院(改)
呼吸が荒い。さっきまで走っていたかのようだ。それもそのはず、さっきまで自分は確かに走っていた。そこで轢かれそうな愛羽を庇い、自分はトラックに轢かれたはずだ。無事なはずがない。
ふと思いカーテンを開けてみる。空は茜色に染まっていた。
どうなっている? 夜だったのが夕方に変わっている。日が変わったのか? それに改めて自分の体を確認してみるがなんともない。擦り傷一つない健康体だ。
なにが起きた? どうして自分は死んでいない?
思いつくのは一つだけだ。
(愛羽が、不思議な力を使ったのか?)
それしかない。そもそも愛羽は無事なのか? トラックに轢かれたということはないと思うがあれからどうなったのか分からない。
「愛羽!」
大声で呼びかける。けれど返事はなかった。
部屋を出て愛羽の部屋をノックするも結果は同じ。家にいるのは自分だけのようだ。
いったいどこにいったのか。あれからどうなったのか。不可解な状況になにがなにやら分からない。とりあえず愛羽が無事だといいが。
そう思いながらリビングに戻った時、テレビが一人でに点いた。
「え」
急に動き出すテレビにぞわりとする。当然リモコンなんて触っていない。いきなりだ。
それでテレビを見てみるとニュース番組らしく女性アナウンサーが座っていた。
『緊急のニュースです。犬會(いぬかい)市において沓名愛羽さんが市内犬會大学医学部付属病院に搬送されました。容態は悪く一刻を争う状態です』
「え」
そこに映っている内容、それは愛羽のことだ。画面には搬送された病院と一緒に彼女の写真が映っている。
どういうことだ? どうして愛羽が病院に? まさか轢かれた? 助けられていなかった?
「愛羽氏はお兄さんの救助を必要としています」
「俺?」
伝えられる内容に混乱するが、女性アナウンサーは自分を見つめ再度言ってくる。
「沓名優輝さん、あなたの妹が助けを求めています。繰り返します。犬會市において沓名愛羽さんが市内犬會大学医学部付属病院に搬送されました。容態は悪く一刻を争う状態です」
テレビから伝えられる一方的な内容。常軌を逸した出来事に圧倒される。これは普通じゃない。すべてが異常だ。自分に起きた状況も、テレビの内容も。
だけど、迷っている暇はなかった。
優輝は走り出し家を飛び出す。自転車にまたがり病院へと漕ぎ出した。一人でに点いたテレビや自分に宛てられた放送、それ以前にトラックから轢かれそうになってからどうなったのか。目が覚めてから分からないことだらけ。
だけど、今一番大切なのは、
「愛羽……!」
彼女の無事だけだ。
優輝は全力で自転車を漕ぐ。場所なら分かる、急げば20分くらいで着く場所だ。
そのまま走り続け病院に到着した頃には日は沈み夜へと変わっていた。外灯の光が点き始め優輝は自転車を駐輪所に停めると病院の正面に立つ。
犬會病院。いわゆる総合病院であり市内で一番大きな病院だ。白い大きな建物がいくつも聳え立ち敷地内には緑も多い。
(ここに愛羽が?)
本当にここに愛羽がいるのだろうか。心配と不安を抱きつつ正面から入っていく。ガラス扉を開きエントランスに出る。総合病院というだけあってかなり広い。外科や内科など受付がいくつもありどこを受診すればいいのか案内を兼ねた総合受付もある。休憩場所もあり多くの長いソファが並ぶ場所にはテレビが壁に備えつけられ自販機も近くに置かれている。これだけでも立派な病院だと分かる。
「あれ?」
しかし違和感が優輝を襲う。そんなはずはない、そう思い今一度見渡してみても変わらない。
(いない?)
そこには誰もいなかった。
そんなことあるか? 営業中の病院で。と思うも誰も見当たらない。ここは総合病院、夜に患者の搬入もあるだろうし利用者や医者の往来だってあるはず。それが一人もいない。
「すみませーん」
広いエントランスに自分の声がよく響く。待機室に置かれているテレビはバラエティ番組らしく笑い声が聞こえてくる。それが返ってこの場の静寂さを際立てる。受付に行ってみるも呼び出しベルのようなものは置いていなかった。
一人だ、この広い空間に自分だけが立たされている。
どういうことだ? なにかの手違いか? 本当は入ってはいけない時間帯に自分が来ただけか? 様々な思考が巡るがそんなことはない、まだ営業時間だ。それに緊急の患者が来た時どうするのか。テレビが点けっぱなしというのもそう。いるはずの人がいないのだ。
そこで思いつく。電話を掛ければいい。ここに人がいなくてもさすがに院内のどこかにいるはず。電話してその人と連絡を取ればいい。
優輝は携帯を取り出すが、その表示に目が丸くなる。
そこには圏外と表示されていた。
「は?」
意味が分からない。山中で遭難したわけでもないのにここでは電波が繋がらない。
仕方がなく携帯をしまいエントランスから続く廊下を見てみる。そこだけ営業時間外のように電灯が落ちており非常灯の僅かな明かりだけが廊下の闇を照らしていた。他も見てみるが廊下はすべてそう。エントランスは明るいがそれ以外はすべて消灯している。
これはいったいなんなのだろう。さすがにおかしい。自分は今絶対におかしな場所に立っている。
不安が足首を掴んできた。
だけど。
「愛羽」
ニュースの内容。愛羽が助けを求めている。きっとあれは本当だ。本来の放送じゃない、一人でに点くテレビといい異常な放送だが内容は本当だと根拠はないがそう思える。
だから、自分は愛羽に会いに行かなくてはならない。
暗がりの続く廊下に、優輝は足を踏み出した。掴む恐怖を振り切って、この病院に進んでいったのだ。
廊下を歩いていく。気持ちを強く持ち一歩、一歩と進めていく。
愛羽を探し出すために、病院の探索が始まった。
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