汚染病院

奏せいや@Vtuber

第1話 プロローグ



(兄さんなんて大っ嫌いだ!)


 夜気に混じる風の音は誰かがささやく陰口のようで街に散らばる光源は誰かの視線のようだ。


 世界が生み出す悪意に晒されて沓名愛羽(くつなめう)は走り出していた。


 母親譲りの薄い金色の髪は暗がりでも美しい。


 綺麗なこの髪が昔は好きだったが今は呪いのように恨めしい。中学生という多感な時期にクラスで金髪なのは自分だけだ。


 なぜ、世界はこんなにも残酷なのだろう。



 唯一の理解者だと思っていた、自分の味方だと思っていた兄でさえ自分の苦しみを分かってくれない。


 涙に視界はぼやけ、走る体が熱を持つ。


「愛羽ー! 待ってくれ、愛羽ー!」


 背後から兄である沓名優輝(くつなゆうき)の声が聞こえてくる。制止の言葉を叫ぶが愛羽は走る。兄を拒絶し世界から逃げ出す。


 瞬間、大きな光に気が付いた。


 涙で不透明だった目がトラックのヘッドライトを見る。


 まるで時が止まったかのような中、徐々に現実が迫りくる。


 その時止まった体を押す手があった。体は前のめりに倒れ固いアスファルトの感触が両手に伝わる。


 直後聞こえる急ブレーキの音に振り返った。


 歩行者用の赤いランプが灯る横断歩道、そこに一台のトラックが止まっている。運転手はハンドルを握り締め動かない。その先にある現実に彼も固まっていた。


 そこには、見慣れた人物が倒れていた。


「兄さん……?」


 普通ならすぐに起き上がり駆けつけるだろうけれど、しなかった。助けようという考えすら浮かばない。


 その姿は、あまりにも残酷だった。もしかしたら、とも思わせてくれない。


 あり得ない方向に曲がった四肢も、ぴくりともしない体も、止まらない流血も、すべてが物語っていた。


 彼は、動かなかった。


「いやぁあああぁあああ!」


 後悔が襲う。心を切り裂く。


「兄さぁああん!」


 嫌いだったけど、本当は好きだった。自分の唯一の理解者だった。いなくてはいけない人だった。


 その人が今日、この世から消えた。


 終わらない後悔が芽吹くその傍らで、認められない現実が横たわっていた。 

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