第15話



 振り返ると広場の入口の方角から、大きく手を振ってこっちに向かってくる男の姿があった。


 茶髪のマッシュヘアにラフな格好をしている男は、まだ年の若い少年で。中学生くらいの身長に相応の顔付きをしていた。


 真依と瑠輝の名前をもう一度呼びながら手をブンブンと振っている。


 その姿はまさに犬のようで、相変わらずの忠犬ぷりに苦笑する。



「いっくんだぁ!」


「いっくん!」



 少年のことは真依と瑠輝も知っている。愛称も名前の頭文字から名付けていて、愛着を持ちながら呼んでいた。


 少年がやって来るのを待っていると、堪えきれなかったのか真依と瑠輝が走りだし、駆け寄って行った。


 俺も後を追うように歩いて行くと春良のいる所から少し離れた木陰で合流し、話しをした。



「秋良さんこんちわ! 春良さんもお久しぶりッス!」


「こんちわ。いつも家族ともどもお世話になってます」


「いえ! 世話になってんのは俺の方ッス!」


「壱晟、悪いな買い物付き合って貰って」


「いつも暇しってるんで大丈夫ッスよ! それに当日は、全部奢ってもらうんスからこのくらいさせて貰わなきゃ困ります!」


「そりゃこっちの都合で呼びだすからな。それに当日は荷物を持たせるつもりだから頼むぞ」


「はい! おまかせ下さい!」



 本当に使えるヤツだ。


 あの時助けておいて良かった。



 コイツは間宮 壱晟と言って、天翔の次期幹部として下っ端をまとめている中学生だ。


 数カ月前、真依が天翔にやって来て少し経った頃に倉庫周辺を探索していたら、集団リンチでやられていたところを真依が見つけて俺が助けた。


 それから壱晟の中で恩人となった俺と真依に下僕を志願して来たのだ。


 今はまだ中学3年生で、今年は受験生として勉強に専念している。


 性格は子犬みたいな感じで、明るくて素直で子供の面倒が上手かった。


 しかも、愛嬌たっぷりの見かけによらず、体格はしっかりしていて体力もあるし、喧嘩も出来るので、かなり万能な奴だった。


 おかげで俺がいない間の真依の護衛と、遠出する時の助っ人として呼ぶことが多くて、家族ぐるみで壱晟と過ごすことが多くなっている。


 その経緯から最近は春良に受験勉強を見てもらってるらしく、年が近いこともあってかなり仲が良かった。



「兄さんったらこき使って……」


「コイツは俺と真依の専属執事だ」


「執事ねぇ……」


「春良さんあざッス! けど大丈夫ッスよ。俺は救われた身なんでお二人のためならなんでもします!」



 本当に頼りになるわ……。


 まさかここまで忠誠心が強いヤツだとは思わなかったけど、こう云うヤツがいると本当に助かる。


 天翔で何かあった時に迷わず真依を任せられるからな。



「いっくん、これなぁに?」



 壱晟が持っていた袋を真依と瑠輝が見つめて聞いた。


 不思議そうに首を傾げる真依に、壱晟は「あ、そうでした!」と思い出して真依と瑠輝に袋を渡す。



「コレを届けるようお母さまに言われて持ってきました! みんなで食べてだそうです!」


「そうだったのか。ならちょっと早いがおやつの時間にするか」


「そうだね」



 すると貰った袋の中を覗き込んだ真依と瑠輝が目を輝かせて近寄って来た。



「わぁ……!! おにぃーちゃんおかしだよ!」


「おかしたべるー!」


「なら先に手を洗おうな」


「「はぁーい!」」



 元気よく返事をする真依と瑠輝。


 その手を取りながら俺は残る二人に話しかけた。



「壱晟と春良はウェットティッシュで大丈夫だな」


「うん」


「え!? あのオレは……」


「みんなでって紀子さんが言ったんでしょ?

 なら壱晟も含まれてるから一緒に食べよ」


「あ、あざッス!」



 壱晟は深々とお辞儀をしながら云うと、大きな声で「失礼します!」と言ってビニールシートの上に正座した。


 カチコチと動く動作はロボットみたいだ。



 つか、まだ遠慮とか緊張するんのか。いつになったら慣れてくれんだろうな。



 そんなことを思いながらも真依と瑠輝に急かされて、水道がある水飲み場へと向かった。



 横についている蛇口で手を洗うと。持ってきたハンドソープでしっかり泡立てて流す。先に終わった真依が綺麗になった手を自慢げに見せて来た。



「お兄ちゃん!」


「キレイに洗えたな。偉いな、真依」



 真依の手を見て俺は褒めると、持ってきたハンカチを渡して拭かせた。



「真依、悪いがもう少し待っててくれ」


「はーい!」



 手を上げて返事をした真依は、水道の周りをくるくる周りだして待っててくれた。


 どこか楽しそうに偶にスキップをする真依の様子に頬が緩む。


 側にいてくれる真依に安心して俺は瑠輝の手に意識を向けた。


 十分に泡を立てれない瑠輝の小さい手に、代わりに俺が泡を作って乗せてやるとゴシゴシと手の平を擦り合わせて手伝ってやる。


 蛇口から水を流すと、瑠輝は楽しそうに「おみずジャー!」と言いながらバシャバシャと水で遊ぶ。


 あまり水飛沫を立てないようにさせながら少しだけ遊ばせる。



「流せたかー?」


「まだー!」


「お水気持ちーな」


「うん! みずあそびするー!」


「それは、また今度な」



 これでヨシッ!


 と、あとはハンカチで拭いて──。



 ふと顔を上げて異変に気付く。



「……真依?」



 ──え? いない?


 さっきまでくるくる回ってたよな?


 どこ行った!?



 辺りを見渡しても真依の姿はなく、俺は焦りだした。すると瑠輝が俺の手を握る。



「ねぇーちゃんね、あっちいったよ!」



 そう言って瑠輝が指差したのは公園の出入りだった。


 どうやら瑠輝の手に気を取られている間に真依は行動範囲を広げていたようだ。



「瑠輝、ここで待っててくれ! 絶対にどこにも行くなよ?」


「うん!」



 そう言って俺は裏道に出る出入り口に向かうと、一度後ろを振り返った。


 一人で残らせるのはどうかと思うが、あっちは道路で側で何かあった時に巻き込むよりは良いだろう。


 しかも、瑠輝は水道の水に手や足を付けていて、更には頭を突っ込んでいた。


 水遊びが始まったしまったことに、頭を抱えたくなったが、それより真依が先だ。



 一体どこ行きやがったんだ!?



 公園から歩道に出ると辺りを見回した。


 すると意外と直ぐにあっさりと真依の姿を見つけた。けれどホッとしてはいられない。



 ──って!


 何で知らない男と一緒にいるんだぁ……!?



 真依の傍らにいる三人の同い年くらいの青年たちに俺は目が飛び出るほど驚愕し、焦りを募らせた。



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