崩壊する主人公 「不在」/彩瀬まる
今までいろんな本を読んできましたが、本作は異色作だったと思います。
例えばノンフィクションであれば、二階堂奥歯さんの「八本脚の蝶」のように徐々に言葉すら失い崩壊する結末を知っていますが、フィクションでこのような動きをする主人公に出会ったのは初めてかもしれません。人によっては、ただの異常者にしか見えないかもしれませんね。でも、(解説でも触れられているとおり)彼女を嫌いながらも、彼女の言いたいことが分かっちゃう人も多いんじゃないでしょうか。
※あらすじ
離婚により遠い存在となっていた父の死をきっかけに、祖父の代から続く広大な洋館を相続した主人公・明日香。恋人とともに膨大な遺品を整理していく中、掘り起こされるのは父と、その愛情の不在ばかり。気がつけば、飢餓のように過去の愛情を求めるようになっていく明日香。その変容に、恋人たちの態度も変化し―――。
※見どころ
本作のキャッチコピー、 「愛っていうのは、気持ちの悪い言葉だよ。」。これは人間一般に敷衍する意図はなく、あくまで本作内で完結した言葉のように思いたいのですが、愛情というものはクセが強く、甘く煮詰めても灰汁が出てしまうような、どうにもならない感情のひとつでもあります。
本作をこのエッセイで取り上げようと思ったのは、ごく個人的な理由です。そもそも閲覧数が皆無に等しいこのエッセイであることを差し引いても、メモ書きの色合いが強いです。なので、お読みいただいてもこの作品そのものが持つエッセンスは、お伝え出来そうにありません。
本作で私が得られたカタルシスは、ひとつ。
闇を喰っていても、人間は生きていることができる。それにつきます。
「生きていく」ではなく、「生きている」としたのは、生きることに対する能動性を取り外したかったからです。
そういう意味で、私は本作の結末にも増して、その過程に惚れこみました。埋められない喪失感、とめどなくあふれる闇、言葉が交わらない救いのなさ。
それでも、生きていることはできるのです。その後、どうなるかは分からなくても。少なくとも、そういう道はあるのです。それを選べるかは、別にしても。
環境や状況の影響を差し引いても、本作の主人公の思考回路は、かなり特殊だと思います。もっと言ってしまえば、驚きを通り越して恐怖すら感じます。
それでも、彼女から目を離せない。切実だと感じて共感したのでも、はたまたのぞき見趣味ではなく、自分を見ているようで心根を掴まれて離せなくなる、こんな作品があったんだと、驚嘆したのです。
私の敬愛する作家・島本理生さんの作品にも、まるで自ら進んで、繰り返し悲劇に飛び込んでいくような主人公(ちなみにこのメカニズムは、心理学的にはかなり以前から仮定され、近年では証明されています)が多く登場しますが、その主人公に共感してしまうのと同じ原理かもしれません。
また、これも私の推し作品のひとつ、「生きてるだけで、愛」(本谷有希子・著)の主人公が恋人に言う、「わたしと別れられて、いいなぁ」というセリフも思い出しました。こういう真実を書いてくれる人がいるから、本が好きなんだと思います。
人間の描き方の層を厚くしたいとは、常々思っていますが、一度こういう作品を書いてみたいと思いました。
思ったんですよ。壊れない人間なんて、あとにも先にも書きたくないって。
そう思うのは、傲慢でしょうか?
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