表と裏のメッセージ 「挑発する少女小説」/斎藤美奈子

 この本、目に留まったのはたまたまだったのですが、私の中でベスト5に入るくらいの大当たり本でした。いわばブックガイド的な本なのですが、コペルニクス・・・とまではいかずとも、頬っ面をひっぱたかれたくらいの衝撃を受けました。文庫になってくれて、ありがとうございます。


※あらすじ

 「小公女」「若草物語」「ハイジ」「赤毛のアン」、等々。19世紀~20世紀初期に書かれ、現在まで世界中の(主に)女性に読み継がれている古典的名著、それが本作でいうところの「少女小説」です。

 では、そこには何が描かれていたのか。一見すると、最終的に受け身的な結末に落ち着くように思われる「少女小説」(「あしながおじさん」が一番分かりやすく該当すると思います)において、著者は、時代を反映した良妻賢母を指南する「表のメッセージ」と、現代にまで通じる少女たちからの「裏のメッセージ」を見出します。

 

※見どころ


 私の感想を書く前に、著者による各作品の解説、その概略を参照します。

そのほうが、雰囲気がダイレクトに伝わると思うからです。

 以下の文章は、すべて本書からの引用です。


・シンデレラ物語を脱構築する『少公女』

・異性愛至上主義に抵抗する『若草物語』

・出稼ぎ少女に希望を与える『ハイジ』

・生存をかけた就活小説だった『赤毛のアン』

・社会改革への意志を秘めた『あしながおじさん』

・肉体労働を通じて少女が少年を救う『秘密の花園』

・父母の抑圧をラストで破る『大草原の小さな家』シリーズ

・正攻法の冒険小説だった『ふたりのロッテ』

・世界一強い女の子の孤独を描いた『長くつ下のピッピ』


 本書を読んで気がついたのですが、私、かろうじて『若草物語』と『秘密の花園』は持ってはいるのですが(光文社古典新訳文庫版)、それすらも未読なんですよね。

 原因は、先入観。聞きかじったあらすじと結末だけで、時間をあてることを止めちゃってたんですよね・・・・・・。


 著者はそのようなひよった態度を、ことごとくぶった切っていきます。

 本書で取り上げられた『挑発する少女小説』とは、古典的で、現実に翻弄された受け身的な少女たちの物語(控えめにしていなさいという「表のメッセージ」)ではなく、現実に立ち向かい、挑戦し続ける少女たちのサバイバル小説(あなたたちも立ち上がってごらんという「裏のメッセージ」)なのだ、だからこそ全世界中の女性に今もなお愛されているのだという読み解きは、あまりにも新鮮でした。

 これだけの作品を読まずに放置していたことを、今猛烈に後悔しています。


 前述したように、これらの作品には概して良妻賢母のイメージがあちこちに見え隠れし、最終的に『少女』が完全に飛翔することはほとんどない。

 家庭の事情で夢をあきらめて妥協するとか、結婚してハッピーエンドに落ち着くか。別に結婚や妥協そのものを否定する気はありませんが、性差別の色、そしてもっといえば『少女』たちの親や、男性社会への敗北の色を感じて、自分とは相性の悪い本だと思って、読んでいなかったのです(言わずもがな、西奈の一番嫌いな『少女小説』は『シンデレラ』です)。

 

 あとは、私自身の『性差コンプレックス』。というのは今思いついた造語ですが、メイクに踏み切る前と同じで、『女子を生きたことがないのに少女小説に入り込めるわけがない』という思い込みがあったのです。裏返せば、勝手に『少女小説』の魅力に制限なり、限界を想定していた(ようするに、なめていた)のですから、そっちのほうがよほど失礼な話なのですが。

 

 本書は、そんな弱気でこの本を読んでくれるなとでもいうような、とにかく勢いがあります。正直、弱気になっているヒマがないです。エールを見出すことそのものに、エールがある。そこにあるのは、『少女』たちへの愛と、絶対的な信頼。

 時代背景と細部を読み解けば、『少女』たちが忍ばせた真のメッセージが心に届く。真の意味でのブックガイドに、このようなかたちでの手ごたえを感じたのは久しぶりです。


※もうひとつの影響


 先ほど、『性差コンプレックス』(繰り返しますが、思い付きの造語です)の話を書きました。これは、カクヨムで執筆をしている『西奈りゆ』の立ち位置にも、色濃く影を落としていました。

 

 毎回思うのですよ。『自分が物語を、女性主人公視点で書いていいのか』って。


 この前、あるSNSアカウントである男性が『なぜ女装するのか』という質問に対し、『着れる服の幅が圧倒的に広がるから』とあっさり答えていて、『こんなこと言ってしまっていいんだ』と、目からうろこでした。


 このお話と本書は、西奈の中では繋がっていて、どちらも「ひよるな。立ち向かえ」というメッセージだと思っているんです。カクヨム然り、メイク然り。


 SNSでの読了ポストも、『こんなの書いてフォロワー減ったらどうしよう』と、毎回びくついています(なので、かなり推敲に推敲を重ねて、少しでも違和感があればポストごと消去して、その本を読まなかったことにしています)。

 娯楽であろう行為も含め、ほぼすべての行為の成否が、自分の価値と直結してるんですよね(よくゲームでノイローゼになります)。この距離がつかめない限り、生きやすくはならないだろうなと思います。


 とはいえ、自分の身と心を武器にサバイブした先輩『少女』がこんなに身近にいたという、本書を通したその発見は、まさにサバイブの礎になりそうな予感がします。

 ああ、気高さだ。どれだけぼろぼろでも、ここには気高さがあるのです。

 西奈が憧れたのは、性別うんぬんというより、そういう美しい『人』なのでした。


 思うところ多々。けれど、根っこはどこかで繋がっているのでしょうね。


 生きにくいと、どこかで思っている皆様。

 一度この本を、手に取ってみてはいかがでしょうか。

 勇敢で気高い『少女』たちが、あなたに最大のエールを送ってくれます。


 




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