永遠の平行線 「こちらあみ子」/今村夏子
どうにもならない現実。
もともとこういう類のお話は好きでしたが、その感覚は甘かったと思い知った1冊でした。悲しいとかつらいとか、そういう次元を超えている、もっとこう、とにかく交われないもの。それすらも描いてみせることに、文学の可能性は眠っているのだと思います。
今村夏子さん。一時期私のSNSで、好きな作家TOP3の一人に挙げていた方です。当時は他に、島本理生さん、村田沙也加さんを挙げていました。
現在は、心理描写の勉強をしたいということと、今村さんは作品数が少なく、その既刊作品もすべては読めていないので、今村さんの枠に辻村深月さんを挙げています(あとは、字数や改行の関係)。けれど西奈の中では、同列で好きな作家さんです。
有名な作品は、映画化された「星の子」や、芥川賞受賞作「むらさきのスカートの女」でしょうか。ちなみに、本作も映画化されています。
※あらすじ
主人公、あみ子は、少し変わった女の子。周りには、優しい父と兄、お腹に赤ちゃんがいる母、憧れの同級生。けれど、周囲と感じ方が違いすぎ、それをいつまでも無垢に表現してしまうあみ子と周囲の溝は、どんどん深まっていく。やがて彼女の言動は、周囲を大きく変えていき・・・・・・。
※見どころ
悪者がいてくれたら良かったのに。
と、ひとつ前のエッセイで他者からの暴力について書いておきながら、こんなことを思わずにはいられない1冊。あみ子にはもちろん悪気などなく、むしろ相手を喜ばせようとして行動しています。けれどその行動こそが、毎回誰かの心を抉っていく。
そしてそのことは、あみ子にはまったく伝わらない。自分の善意が伝わらないことが、理解できない。そのことはあみ子のある行動により、読み手にも決定的に重く響きます。
悪者がいない。だからこそ、誰を責めることが正しいのか、そもそも責めることができる相手がいるのか。加害/被害では語れない不条理が、淡々と描かれます。
「見どころ」という言葉は、本作にはあるいは相応しくないのかもしれません。
けれど「人間」という意味で、私はこの1冊を忘れることができなくなりました。
分かり合えるという幻想を、ありのままに壊される体験。
極論でも、ただのフィクションでもないのです。私か、私たちかが、覚えていないか、今まで見ないで済んだだけなのです。きっと。
※今村夏子文学
じわじわと読み手の視点に浸食していく、見知った日常に開いた、日常という異界。読み終わると、何が起こったのかわからないまま、呆然としてしまうことも多いです。
表をひっくり返せば、思いがけない裏面が現れる。何をいまさらと思っていると、とんでもないものを見ることになります。
ある時は、その場に立ちすくむ他なく。ある時は、通り過ぎてから、ふとした悪寒に襲われる。血管を這うようなやるせなさに振り返れば、現実という名の永遠の子どもが、じっとたたずんでこちらを見返しています。
今村夏子文学で特筆すべきは、それらが「ただ、ある」という枠からけして出ない、主張しないということではないかと思います。声をかけようにも、手を触れようにも届かない向こう側が、けれど追いかけてくる月のように、明かりを灯しながらついてくるのです。
結末を用意しないという結末。約束されていない結末。
例えば、「死」そのものを生きている人間が体験できないように、点と点で繋がることのないパラレルワールドは、見えないだけで、今も無数に蔓延っているのではないでしょうか。私たちひとりひとりが、皮膚一枚下、いや、皮膚の上の表情からも、すべての「本当」を読み取れないように。
暴力でもないのに「常識」が通用しないという体験は、人を生身にします。
短編で何度か試みましたが、私もいつかそういう作品が書ければいいなと思います。
※今村夏子氏 略歴
1980年生まれ
2010年「あたらしい娘」(「こちらあみ子」に改題)で太宰治賞受賞
2011年 新作中編を加えた「こちらあみ子」で三島由紀夫賞受賞
2014年以降 事実上引退状態になる
2016年「あひる」が芥川賞候補
同年 同作を収録した短編集「あひる」で、河合隼雄物語賞受賞
2017年「星の子」が芥川賞候補になる。同作で野間文芸新人賞受賞
2019年「むらさきのスカートの女」で芥川賞受賞
同年、咲くやこの花賞受賞
2020年「こちらあみ子」が映画化
2022年「とんこつQ&A」で織田作之助賞候補
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます