にしなが読んだ本。

西奈 りゆ

雨の降るように 「ナラタージュ」/島本理生

 私がこの本を初めて読んだのは、著者が本作を執筆した時期と同じく、大学生の頃。衝撃を受けると同時に、いつかこんな文章を書きたいと強く思った、運命的な一冊です。

 この本に出会わなければ、今のカクヨムライフはなかったかもしれません。

諸読以降、島本作品を追い続け、今に至っても西奈の好きな作家、ナンバー1の方です。


※あらすじ

 大学2年の冬、母校の演劇部顧問だった、葉山から連絡を受けた泉。

思いを寄せていた彼からの連絡を受けたときめきと共に、泉は卒業前のあることを思い出す。再会した葉山の中にも、消せない思いがあることを知った泉は―――。


※島本理生文学


 本作を読んでもっとも印象的だったのは、本書あらすじにも記載された、

「お願いだから私を壊して、帰れないところまで連れていって見捨てて。あなたにはそうする義務がある」という一文だった、という方も多いのではないでしょうか。


 島本文学の特徴は、雨の降るようなしっとりとした筆致と、どうしようもない人間の残酷さが同居している点にあると思います。

 ときには単純なすれ違い、ときには、魂を蹂躙する重犯罪。

それらが絶え間ない心の重みとして、人として離れがたい感情、つまり愛情とともに物語られていくのです。


 島本さんの作家デビューは、高校生のとき。その後も今に至るまで数々の受賞を重ねておられます。そんな島本さんは、「ナラタージュ」文庫版のあらすじにて「早熟の天才小説家」と評されていますが、本当にそうだと思います。


 そんな島本理生作品。初期の作品にはそういった展開は頻出はしないのですが、中期から最近にかけては、主人公が抱えていた傷や脆さにつけこむ非道な人間たちが毎回のように描かれ、身体や魂までも蹂躙されることが多々あります。描かれるのは、避けられなかった脆さと、絶対的な傷。

 そして物語が進むにつれ、多くは主人公の多少の解放が描かれますが、ときには残酷なままの結末が示唆されて終わることも少なくありません。

 ファンである私でも生理的に受け付けない作品もありますし、全作を手放しで好きだと言えるかといえば、まったくそんなことはありません。

 


※本作の見どころ


何がとは言いませんが、葉山先生がずるい。悪い人じゃない分、これはこれでたちが悪い。これはもうずっと、一緒に堕ちる以外にないんじゃないだろうかと、不安になるような、そんな人です。


物語の冒頭で葉山先生との結末が示唆されますが、そこに至るまでの出来事は、まばゆい夏のようでもあり、凍てつく冬のようでもある。

そもそも葉山先生が泉に連絡をとったのは、自分の部活(演劇部)の手伝いを依頼するためで、本編ではその演劇部メンバーたちが、夜のような作品の中で明るい光を放っています。ですが、あの展開は・・・・・・。


※感想

さっきも書きましたが、「こんな文章を書きたい!!」と、読んだ瞬間思ったのが、島本理生作品だったのです。

愛情と双璧を成すのは、危うさであり、残酷な事実であるということ。けれども人は、生き続けようとする限り、そこに救いを見出さなければならない。たとえそれが不可能であろうとも。


というメッセージを島本理生さんが発しているのかは分かりませんが、私はそのように受け取っています。


加えて、島本理生作品で光るのは、理知的でいて、繊細過ぎるほど繊細な、糸のような筆致です。少し力を加えると切れてしまうんじゃないだろうか。けれどその脆い糸が、ときにどうしようもない暴力までも内包するのだから、文学、もとい人間とは、なんて矛盾した生きものなのだろうと思わざるを得ません。


※影響


西奈作品のメインテーマ。ひとつには「喪失」を掲げており、これは『口に合わない望みは食えない。』や『りん。』といった作品で、それぞれ違う重さで書こうとしています。これは、島本理生作品に対する憧れや、西奈のもともとの感じ方に、島本理生作品がかたちを与えてくれたというところが大きいです。


あるがままに書いていいのは、喜びだけじゃない。

人は愚かで残酷。だから、いつもどこかに必ず傷がある、喪失がある。


島本理生作品から影響を受け、私が最も描きたいと感じているのは、このことなのです。

どこまで現出させることができているかは、分かりません。

自分のわずかな力量を頼りに、島本理生作品の主人公たちのように、一歩を踏みしめていこうと思います。


※作家紹介

島本理生

・1983年生まれ

・2001年『シルエット』で郡像新人文学賞優秀作受賞

・2003年 高校在学中に『リトル・バイ・リトル』が芥川賞候補になり、同作が野 

 間文芸新人賞の、史上最年少での受賞作となる

・2004年『生まれる森』が芥川賞候補

・2005年『ナラタージュ』が山本周五郎賞候補

・2006年『大きな熊が来る前に、おやすみ』が芥川賞候補

・2007年『Birthday』が川端康成文学賞候補

・2011年『アンダスタンド・メイビ―』が直木賞候補

・2015年『夏の裁断』が芥川賞候補

 〃   『Red』で島清恋愛文学賞受賞

・2018年『ファーストラヴ』で直木賞受賞

















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