第5話 石田さんとユビキリ
私は石田サンと事務所で面接を始めた。
「・・・じゃ、そこに座って」
「はい」
机の引き出しから例の履歴書ファイルを取り出す。
ファイルを開き石田サンの履歴書を探がす。
「・・・あれ? 無い」
「え~えッ? そんなあ。すいません、ちょっと貸して下さい」
石田サンは私の見ているファイルを取り上げ、履歴書を捲った。
「・・・ないっスねえ。オッカシイなあ」
私は引き出しを開け、もう一度奥を覗いた。
「・・・無いな。あ~あ! 奥に紙が挟まってる。・・・居たッ! こんな所に隠れてた」
「ナニそれぇ~、もう」
「ハハハ。ゴメンゴメン。引継ぎの時、外れちゃったんだろう」
「お願いしますよ~お。ッたく~」
私はクシャクシャになった履歴書を伸ばしながら、石田サンを見て苦笑した。
石田サンは、
「あ~あ。アタシのプロフィール・・・」
「いや~、ゴメン、ゴメン」
私は添付された写真を見て驚いた。
「おおッ! 茶髪?」
「そおっス。ヤンキーにハマッテたんス」
「ヤンキー?」
「変スか?」
「えッ? あ、いや・・・」
また履歴書に目を移すと、そのあまりの字の綺麗さに私は驚く。
「!・・・随分、字が綺麗だなあ。石田陽子(イシダ ヨウコ)。二十歳。ええ! 書道初段かあ・・・凄いねえ」
「なんて事ないっスよ」
「そうか~? ・・・高校三年で中退? 何で卒業しなかったの」
「したくなかったから」
「したくなかった。へ~え・・・」
「で、趣味は猫と遊ぶ事。 猫は何匹飼ってるの」
「三匹。皆この店にはぐれて来た子」
「へえ。落語でも下町にはネコが付き物だからねえ。で、家族構成は・・・あれ? 母さんは」
「居ないっスよ、あんなクソババア」
「クソババア? そう云う言い方は良くないな」
「良いスよ。母親の事は」
「まあ、いろんな事が遭ったんだろうけど、母さんは母さんだ。許せるものなら許してやらなくっちゃね。君も、もう大人なんだから」
石田サンは急に黙り込む。
「どうした? 元気が無いな。ま、それはそれとして、ずっと働けるの?」
「・・・ハイ」
「ヨシッ! じゃ、これから一緒に頑張ろう」
私はまた、右手の『小指』を立てる。
石田サンはその小指を見て、
「? 何スかそれ」
「指切りだ」
「ユビキリーッ?」
「そう。石田サンとの約束」
「あ~あ、約束ね」
石田サンは右手をジーンズの腿で拭いて、元気良く小指を絡ませる。
「ウソ吐いたらハリ千本・・・? 何かおかしくないスか?」
「うん? おかしい?」
「だって面接っスよ?」
「だから指切りだ」
石田サンは首を傾(カシゲ)げながら、
「・・・まあ・・・」
指切りを終えて、石田サンは席を立った。
そして大きく背伸びをして、
「あ~あ、金が欲しいなあ」
「カネが欲しい? いいねえ。僕も欲しい。今まで時給いくら貰ってた?」
「九百五十円っス」
「九百五十円? じゃ少し上げてやろうか」
石田サンは急に顔色が変る。
「エッ! マジっスか?」
「うん。十円で良いかな」
「十円? ウンナ、大人っスよ」
「ジャ、いくらなら良い?」
「最低五十円ショ」
「五十円か。じや、五十円ッ!」
「えッ、良いっスか?」
「良いよ」
「アタシの仕事見ないで上げちゃって良いっスか」
「うん? だって、お金が欲しんだろう?」
「そりゃあ。でも、今までそんな感じで時給を上げてくれた人って誰も居ないっスよ」
「ジャ、やめよう」
石田サンは焦って、
「いや、男は一度言った言葉は曲げちゃだめっスよ」
「僕は、石田サンが気に入ったんだ。黙って取っときなさい」
「格好良い~! でも、オーナーってちょと変ってますね」
「変ってる?」
「ええ、絶対に変わってる。だって面接で指切りしたり、金が欲しいと言ったら時給上げてくれる人って居ないっスよ」
「ええ? そうスか?」
つづく
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