第4話 糖尿病の元ヤクザ

 夜勤が帰った事務所。

私は廃棄のオニギリを頬張りながら「防犯モニター」を観ていた。


 すると・・・、

モニターに痩せて背が高い女性用のサンダル(ミュールのサンダル)を履いた、怪しげな『中年の男』が映る。

男はポケットに手を入れ、肩を怒らせながら売り場を徘徊している。

私はその男が気に成り、売り場に出てた。

品物を陳列する格好で、男の様子を窺う。

男は私が傍に来た事も気にせずにフロアーにしゃがみ込み、必死に『パン』を漁っている。

すると目的のパンが無いのか急に立ち上がり、また売り場を徘徊し始めた。

そしてチルドケースの前で止まり、一点を見詰めいる男。

私はさりげなくレジカウンターの静子さんの傍に行き耳元に、


 「あの男から目を離すな」


静子さんは男を見て、


 「え? どうかしたの」

 「やるかもしれない」

 「ヤル?」

 「万引き!」

 「マンビキ?」

 「シッ! 聞こえちゃうよ。いいから目を離さない事!」

 「はい」


そこに歳の頃なら三十歳前後の男が店に入って来た。

男は冬なのに薄汚れた長袖のポロシャツ一枚に作業ズボン、素足にサンダル履いている。

男はレジカウンターの静子さんに、


 「すいません。トイレ貸して下さい」

 「あッ、ハイ! どうぞ、こちらです」


静子さんはこの街の環境上(下谷警察署管内防犯重点区域)、男をトイレまで案内する。

バックルームに入ると男は室内をキョロキョロと見回しながら静子さんの後に続く。


 「こちらです」


男が、


 「あッ、ど、どうも・・・」


静子さんは男の案内を終えてレジカウンターに戻って来る。

すると店の前の自転車置き場に自転車が止まった。

ジーパン姿の小柄な『女の子』が店に入って来る。


 外のダストボックスの上の『雉トラ(招き猫)』が急いで女の子の後を追って店に入って来た。


女の子はカウンターの静子さんを見て、


 「おはよう御座いま~す」


なかなか元気の良い子だ。

静子さんは女の子を見て、


 「もしかして石田サン?」

 「えッ? もしかして新しいオーナーさん?」

 「いえ、店長です」

 「そおっスよねえ。オーナーって普通、男っスよね~え」


私がバックルームから売り場に出て来て、その女の子を見て、


 「あッ、もしかして石田サン?」

 「そおっス」

 「お~お、ご苦労さん」


石田サンは、


 「あッ! 新しいオーナーさんスね」


私は『オーナー』と云う言葉に中々なじめない。


 「え? あ、まあ。始めまして土屋です。宜しく」

 「こっちこそ宜しくっス。今、着替えて来ますから」


石田サンは小柄ながら中々気風(キップ)の良い、下町の「オキャン娘」であった。


 暫くして石田サン着替えて売り場に出て来た。


静子さんはフロアーにダンボール箱を置いて、品出しをしている。


私は石田サンに近づいて、


 「石田サン」

 「はい、何スか?」


先ほどから気に成っている『サンダルの男』をそっと指差し、


 「あのお客サン、知ってる?」

 「ああ、アンパン男スか?」

 「アンパン男?」

 「木村って云うンです。元ヤクザ」

 「元ヤクザ?」

 「そおっス。結構『プライド高い』っスよ。今はウチの店の前と、そこの公園の『ジョバ貸し』をやってます。

 「ジョバ貸し?」

 「ハイ。自分じゃ、『不動産屋』だっと言ってますけどね」


私は徘徊中の木村と云う男を見て、


 「プライドが高い? 不動産屋? ・・・」

 「はい。いつも来ますよ。『アンパンと豆腐』が来るのを待ってるんス」


私は木村と云う客の全身をマジマジと見て、


 「・・・アンパンと豆腐を待っている? 元ヤクザでジョバ貸し。『アンパンマン』だな」


石田サンは喋り続ける。


 「糖尿っスよ」


私は驚いて、


 「トウニョウ?」

 「ええ。若い時、ポン(麻薬)をやり過ぎたんですって」

 「ポ、ポン?」

 「ポン中。ヒロポンんスよ。オーナー知らないんスか? ヒロポン」

 「え? あッ~あ、覚醒剤だろう」

 「アイツ、まともじゃないっスよ。喰いカスを散らかすし。ッたくう~」


石田サンは自分の頭を指差して、


 「完全にイッちゃってますね」

 「いっちゃう?」

 「その内、分かりますよ。うちの店って『変な客』ばっかっスよ。オーナーっチってこう云う仕事、初めてっスか?」

 「うん? あッ、ああ。僕はね」

 「店長は?」

 「ナナでアルバイトしてたンだ」

 「ナナすか。渋いッスね。ライバル店じゃないっスか。そう言えば、今度、そこの通りの向こうにナナが出来るっツウの知ってますか?」


私は驚いて、


 「えッ! ホントウ」


石田サンが、


 「大丈夫っスよ。ここの住民は新し物好きですけれど、直ぐもとの味に戻っちゃうから。それに、この店は、昔、スーパーっスから」

 「スーパー?」

 「そおっス。コンビニに成る前は『スーパー吉本』って言ってたんス」

 「スーパー・ヨシモト?」


品出し中の静子さんが石田サンの声が聞こえたらしく、


 「え~えッ! スーパーだったの」

 「そうスよ。この店、この辺じゃ一番古いんスから」

 「へえ~・・・」

 「石田サン、チョコット良いかな?」

 「何スか?」

 「初めてだから、面接でもしょうか」

 「ああ、そおっスね」

 「店長! 石田サンと面接して来ます」


品出し中の静子さんが、


 「はい、どうぞ!」


私は石田サンと事務所に入って行った。

                          つづく

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