第3話 林くんとユビキリ

 林クンが眠い目を擦りながら事務所に来る。


 「お疲れっス」


私は林クンを見て、


 「お疲れさま。・・・そう云う『喋り方』っていまハヤ(流行)ってるの?」

 「何スか?」

 「あッ、いや、良いんだ。眠いところ悪いんだけど、初めてだから面接でもやりましょうか」

 「いっスよ」


机の上の『履歴書ファイル』を広げて林クンの名前を探す。


 「え~と・・・。あ、その前に僕は土屋って云うんだ」


林クンはぶっきらぼうに、


 「そースか」


ファイルを捲りながら、


 「林・・・ハヤ、お、有った。林 辰巳クン。タッちゃんか。良い名前じゃないか。・・・浅草から通って来るんだね。浅草にピッタリの名前だな。十八歳。え? 十八! 新卒?」


私は驚いて林クンを見た。


 「そ~ス」

 「ジャ、高校の時からず~とここでバイト?」

 「そ~ス」

 「へえ~。こう云う仕事好はき?」

 「え?」

 「あッ、いや、こう云う仕事をどう思う?」

 「どうでも良いっス」

 「あ、まあそうだろうな」


林クンと私の会話が、うまくかみ合わない。

私はまた履歴書に眼を移す。

すると林クンが一言。


 「兄貴がここでバイトやってたんス。ソイツの紹介っス」

 「ソイツ? ああ、兄さんの紹介ね」

 「で・・・兄弟が三人、みんな男。へ~え、みんな男か。で君は三男。末っ子だね? 家は煎餅屋か。じゃ、将来はセンベイ屋の跡継ぎ」

 「長男が焼いてっス」

 「あ、そう。そうスか。ジャ、林クンの将来の目標は?」

 「アーチストっス」


私は驚いて林クンを見た。


 「アーチスト? 芸術家?」


林クンは怪訝な顔で私を見た。


 「? パンクっス」

 「パンク? 自転車屋か?・・・」

 「? ロックっス」

 「あ~あ、ごめんごめん。インフルエンザだね?」

 「インフルエンザ? ペニシリンでしょう?・・・知ってんスか?」

 「知ってるよ。昔、リトル・リチャードの大フアンだ」

 「ハア~?」


私のその一言で急に会話に『白い空気』が漂う。


 「あッ、君は知らないよね。良いんだ・・・」


私は話題を変えた。


 「で、当分この仕事は続けられるのかな?」

 「・・・良いっスよ」

 「ヨシッ! じゃ、一緒に頑張ろう」


私は『小指』を立てた。

林クンはそれを見て、


 「何スか? それ」

 「ユビキリだ」

 「ハアー?」

 「男の約束」

 「あ〜あ、ヤクソクね。ハハハ」


林クンは私の右手の小指に自分の小指を絡ませた。

私は林クンの目を見て、


 「よろしくお願いします」


笑いを堪える林クン。


 「ウイッス」

 「え~と、何か質問とか要望はないか?」


林クンは素っ気なく、


 「無いっス」


私も林クンの言葉を真似(マネ)て、


 「そ~スか。何でも言ってくれ。相談ぐらいなら乗るから」


林クンは私をバカにした様な目でチラッと見た。

履歴書ファイルを机の引き出しに仕舞いながら、


 「ジャ、お疲れさん! 御免ね。時間取らせちゃって」


私はストコン(ストアーコンピュータ)をタップする。

林クンはやっと解放されたかのように椅子を立ち、私の目の前で大きく伸びをした。


 「うッう~~う! お疲れっス」


ロッカーを開けて、ユニホームをハンガーに掛けながら、


 「オーナーっチ、どっから通ってんスか?」

 「うん? 根岸だ」

 「根岸スか? 近いっスね」

 「うん。ま~ね」


林クンはタオルを頭に被る。

ロッカーを閉めて、


 「ジャッ!」

 「おう、またね。気をつけて帰んな」


私は廃棄の弁当を思い出し、


 「あッ、そうだ。そこのカゴから、好きなもの持って帰って良いよ」

 「えッ、良いんスか?」


林クンは床にしゃがみ、カゴの中の『廃棄弁当』を漁る。


 「もったないなあ。そう思わないか?」

 「そおッスね~え。プー太郎にでもくれてやれば良いんスよ」


私のストコンキーの指が止まった。


 「プー太郎?」

 「ええ。この辺の住人っスよ。うちの塵ボックスもよく漁ってます」

 「漁ってる?」


ストコンの画面が一瞬暗くなり、私のキーボードの指が硬直した。


 「じゃ、オニギリとこの蕎麦、貰って行きます」

 「え? お、おお。良いよ。何だったら、それ全部持って帰れば」

 「全部っスか?」


林クンは苦笑して、


 「 い~スよ。ジャッ!」

 「おお、お疲れ」


私はストコンを叩きながら溜め息を吐き、


 「プー太郎・・・」

                          つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る