第2話 杉浦くんとユビキリ
杉浦クンが、両手に籠イッパイの『廃棄弁当』を持って事務所に入って来た。
「失礼します」
静子さんが、
「ご苦労さま」
杉浦クンの持って来た弁当を見て、
「何それ?」
「あ~あ、これですか? 三便の売れ残りです」
「そんなに有るの!」
「今日は少ないほうですよ」
「それどうするの?」
「捨てちゃいます」
「え~え? 食べられないで困ってる人達が沢山居るのに」
私は、
「杉浦クン。それ、持って帰れば」
「いや、遠慮します。これを持って帰ると僕は『犯罪者』に成ってしまうんです」
「ハンザイシャ? 何で」
「分かりません。そう云う決まりになってるみたいです。伊藤さんが言ってましたから」
「伊藤さんてあの若い男か?・・・それを決めたヤツは天罰が下るぞ。今、資源を大切にしなくてはいけないと云う事を知らないのか? いいから、ストコン(ストアーコンピューター)で廃棄処理したら持って帰りなさい。もったいない」
「いいです。ボクの朝食は寿町(浅草)の立ち食い蕎麦やで熱々の天玉蕎麦と、鮭オムスビと決めているんです」
「なに? 君はそんなコダワリが有るのか」
杉浦クンはストコンのキーボードを叩きながら、
「はい」
「じゃ、その処理が終わったら面接しましょう。」
「はい」
私はアルバイト達の『履歴書ファイル』を机の引き出しから取り出した。
「・・・終わりました」
「終わった? 速いねえ」
「慣れてますから」
「ナレねえ・・・」
ファイルを開き、杉浦クンの履歴書を探す。
「え~と杉浦、スギウラ・・・。お、有った。杉浦克也クン、良い名前だ。三二歳。・・・やっぱりリーダーだけあって素晴らしい経歴だな。川口で鋳物工をやってたんだね・・・」
「はい。僕は鐘を作ってました」
「金? お金を作ってたの」
「おカネ? いえ、寺の鐘です」
「あ~、テラのカネね? 僕はおカネかと思った。ハハハ」
「お金だったら、ボクは辞めません」
「そうだろうな。僕も勤めたいよ」
「・・・それにしてもこの写真、随分若いねえ」
杉浦クンは自分の履歴書の証明写真を覗き込み、
「そうですか。その写真気に入ってるんです。今も時々、履歴書に使ってます」
「履歴書? 履歴書って、杉浦クンこの仕事辞めたいのか?」
「あ、いや、そんな事はないんですけど」
静子さんも写真を覗き込む。
髭剃り跡が青く残り、どことなく間の抜けた顔写真である。
静子さんが、
「この写真、いつ撮ったの?」
「それはたしか、五年前の免許証更新の時です。その時に、この店に入ったんです」
「あ、そう。五年前の・・・」
「で、出身は・・・青森県の五所川原か・・・」
「はい。吉幾三と同じ高校です」
「ヨシイクゾウ? 太宰の方が有名じゃないの?」
「まあ、両方有名です」
「太宰治のグットバイか・・・」
「ダザイが好きなんですか?」
「え? あッ、ま~ね。で、この仕事は長く続けられるの?」
「はい。オーナーさんが辞めろって言うまで」
「僕は、そんな事は言わないよ。そこまで居た事ないしね」
静子さんは思わず噴出す。
「プッ、そう言えばそんな仕事やった事はなかったわね」
「え? 何か言った?」
「いえ、別に」
「分かった。で、何か質問ある?」
「いえ、今の所は」
「そりゃそうだよね。まだ会って一時間も経っていないし、それに僕より仕事じゃ先輩だ。質問は僕がする方だ。じゃ、もう上がりなさい。頑張ろう」
私は右手を差し出し、『小指』を立てた。
杉浦クンは差し出された小指に戸惑い、
「何ですか? それ」
「指切りだ」
「『ユビキリ? 』・・・あ・・・はい」
杉浦クンは得も言われぬ顔で小指を絡ませる。
私は杉浦クンの眼を見て、
「じゃッ、頼りにしてるからね」
「え? あ、はい。頑張ります」
杉浦クンは椅子を立って急いで自分のロッカーに向かう。
ロッカーを開け私服に着替えながら、
「面接でユビキリしたのは初めてです」
私はストコンのキーボードを叩きながら、
「そう・・・」
杉浦クンは真新しい『ナイキのシューズ』に履き替え、私の傍まで来た。
私は杉浦クンの靴を見て、
「良いクツ履いてるじゃないか」
「ああ、これですか? 浅草に安い靴屋があるんです。オーナーさんはいつも革靴ですか?」
「雨の日は長靴だ」
「えッ? ああ、雨の日はね」
杉浦クンは鼻を擦コスりながら、
「じゃ、オーナーさん、店長サン、お疲れ様です」
「おう、気を付けて帰りなさい」
静子さんが、
「杉浦クン。このオニギリ、持って帰りなさいよ」
「いえ、今日は遠慮します。じゃ、失礼します」
「お疲れさま」
静子さんは杉浦クンを売り場まで見送る。
静子さんの声が。
「お疲れさまー」
暫くして事務所に戻って来る。
静子さんは視線を廃棄物の弁当に移して、
「これって毎日捨てちゃうのかしら」
「店のロスだね。みんな僕達が背負(ショ)う事になるんだろうな」
私は廃棄物の弁当を見て、
「・・・食べちゃおうか」
静子さんは驚いて、
「冗談でしょ、こんなに」
「さすがの僕もここまでは考えて無かったなあ」
「サスガ?」
静子さんは私を睨んだ。
「あ、いや、まあ・・・」
静子さんはカゴの中から弁当を一つ選んで、
「このお弁当、お昼に頂こうかしら」
「もっと新鮮なのが来るよ」
「ええ! そんなあ~・・・」
納得が行かない静子さん。
壁の時計を見て、
「あ、もうこんな時間だ。さ~てと、アタシは売り場に出るか」
「出る? じゃ、林クン呼んでくれる?」
「分かりました。『オーナー』」
「オーナー? アンタの方が良いな。僕もとうとう経営者か。ヨシ、『店長!』 よろしくお願いしますよ」
「テンチョウ? 店長なんて久しぶりに呼ばれたわ。ヨシッ! 任しておいて」
「シズコさん、頼りにしてまっせ」
静子さんが、
「なんか、映画のワンシーンみたい」
「あ~あ、夫婦善哉かな?」
つづく
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