ドヤの店(縦書き小説)

土屋寛文(サルバドール・土屋)

第1話 割れたサインボード

 路上生活者が歩道にしゃがみ、手配師のさばく順番を待っている。


 店の外のダストボックスの上に、一匹の『雉トラ猫(招き猫)』が膨らんで座っていた。


男が店内のブックコーナーで立ち読みをしている。

入店音が店に響く。


 「ピンポ~ン・・・」


元気良く「店」に入って来る中年の女性。

私の妻、静子さん(新店長)である。


 「おはよう御座いま~す」


レジカウンターには茶髪にピアスの青年が、ポケットに手をいれ風に揺られる様にして立って居る。

青年は居眠りをしていた。

チャイム音に反応しで、


 「セ~(いらっしゃいませ)」


私は店の外で、『割れたサインボート(看板)』を見上げて、佇(タタズ)んで居た。

 すると、店内から静子さんの声が。


 「アナタ! 何してるの」


私は溜め息まじりに、


 「・・・割れてるなあ~・・・。おい、あのサインボードが割れてるぞ」


静子さんは無関心に、


 「そう」


するとバックルームのドアーが開いて、ダンボール箱を抱えた無精髭の青年が売り場に出て来る。

青年は静子さんを見て、


 「あ! オーナーさんですか?」

 「えッ? あ、私は店長です。オーナーはあちらの方」

 「あッ、失礼しました」


青年は急いで私のそばに来た。


 「オーナー、はじめまして。杉浦です」


私は『オーナー』と謂う言葉に一瞬戸惑った。


 「オーナー? あッ、オーナーか。土屋です。よろしくお願いします」

 「こちらこそよろしくお願いします」


杉浦クンは汚いスニーカーを履いた、どことなくアカ抜けない青年だった。


売り場の奥で気になる商品を整えている静子さん。


私は静子さんを指さし、


 「あ、それからあそこに居るのが僕の妻、シズコです」

 「え? 奥様ですか」


杉浦クンは静子さんの前に駆け寄り、


 「先程は失礼しました。ボク、杉浦です。宜しくお願いします」


静子さんは振り向き、


 「あら、アナタが杉浦クン? 伊藤さんから聞いているわよ。この店のリーダーでしょう。頼りになりそう」


私は杉浦クンのだらし無い後ろ姿を見て、


 「そりゃあ、ベテランだもん。なあ、杉浦クン」

 「いや~あ、ただ長く居るだけですよ」

 「そ~だ。初めてだからチョコット面接でもしようか」

 「はい。じゃ、この荷物を片付けてから」


レジカウンター内で無気力に立って居るあの青年を見て、


 「あ、それからあのカウンターの・・・」

 「林ですか?」

 「彼が林クンか・・・。林クンにも伝えといて」

 「はい」


 私と静子さんは奥の事務所に入って行った。


通路の端を一匹の大きなネズミが走って行く。


 「キャ~、ネズミ!」

 「ネズミ? おお、ネズミだ。懐かしいねえ。古い店だし、それに隣が米屋さんだからね」

 「何言ってんの。ネズミなんかと一緒にお店なんか出来ないわよ」

 「ええ? キミだって鼠年じゃないか。ネズミは縁起が良いんだぞ」


私は通路に漂う『異様な臭い』に立ち止った。


 「なんか臭(クサ)くないか? この店」

 「そこの廃棄物の袋じゃない」

 「あ~あ、そうか」


天井を見ると、蛍光灯にとまっている黒い虫。


 「・・・あの蛍光灯に停まっているの、あれってハエかな?」

 「そうね」

 「ソウネって、冬なのに、何であんなに沢山居るんだろ」

 「そんなのアタシに聞かれても分らないわよ。ハエに聞いて下さい。後で、殺虫剤で皆殺しにしてやるから」


 事務所の中に入った。


そこはうす暗く、狭い事務所であった。

私達は事務所の中を見回した。

錆て破れたシートの折りたたみ椅子。

落書きだらけテーブル。

奥には傘の忘れ物がビニールの紐で縛り、四束立て掛けてある。

椅子に腰かけた私と静子さん。

静子さんが、


 「ここが事務所? ・・・こんな所で仕事するの?」

 「慣れればなんて事ないよ」

 「慣れれば?」


静子さんは私を不安そうに見た。

                          つづく

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