第6話 『プー太郎』と呼ばれている人

 石田サンは面接を終えて売り場に出て行った。

私も石田サンの後を追って売り場へ。

トイレの前を通り過ぎると、トイレの電気が点いている。


 「あれ? トイレの電気が点けっぱなしだ。ッたく」


私はスイッチを切った。

するとトイレの中から情けない声が。


 「ア~・・・」


私は驚いて、


 「あッ! すいません」


急いでスイッチを元に戻す。


 「・・・何だ、使ってるのか」


私は売り場に出て来てレジカウンターの静子さんに、


 「トイレ、誰か使ってるの?」

 「トイレ? ・・・あ~あッ! そうだ。そう言えばアノ人」


静子サンは売り場の時計を見る。


 「・・・長いわねえ」

 「いつ入ったんだ」

 「三十分位前かな?」


私は静子さんの顔を見て、


 「三十分前? 長くないか?」

 「オナカでも壊したんじゃない?」

 「ウンな~あ・・・。何やってんだろう」


静子さんは怒って、


 「知らないわよ」


そこにバックルームから商品を抱えた石田サンが出て来る。

静子さんの傍に来て、


 「店長!トイレって誰か使ってんスか?」

 「そうなの。ず~と」

 「おかしいっスよ。水、流れっ放しみたい」

 「流れっ放し?」


さすがの静子さんも気持ちが悪くなり、


 「ちょっと。オーナー! 見て来てよ」

 「見て来てよって言ったって、入ってるんだろ。それは出来ないでしょう」

 「首でも吊ってたらどうするの」

 「それは無い。さっき知らないでトイレの電気消したら変な声がしたから」

 「変な声? いいから、行って来なさいよ」

 「誰が?」

 「誰がって、アンタしか居ないじゃない」


気の進まない私は静子さんを見て、


 「・・・何て言えば良いんだよ」

 「そんな事、『丈夫ですか』しかないでしょう」

 「ええ?・・・」


すると石田サンが、


 「アタシが行きましょう!」


そう言われたら『オーナーの面子(メンツ)』が立たたない。


 「いいッ! 僕が行く」


私は仕方なくバックルームに入って行った。


心配そうに見送る静子さんと石田サン。


トイレの前に立ち尽くす私。


カウンターからジッと見つめる静子さんと石田サン。

私は心細そうに二人を見た。

怖い顔をした静子さんが、私に目配せをする。


私は意を決して、


 「あッ、あの~、すいません。お客さ~ん、トイレ借りたい人が待ってるんですけど」 


返事が無い。

トイレの水は相変わらず流れっ放しの様である。


 「お客さ~ん! どうかしましたか? 大丈夫ですか~」


するとまた、あの情けない奇妙な声が。


 「は~い。大丈夫で~す」

 「あの~、トイレを借りたい人が・・・」

 「は~い。今、出ま~す」


石田サンが私の傍に来て、


 「何やってンでしょう」

 「う~ん・・・」


すると石田サンが逃げる体勢でトイレのドアーを思いっ切り叩く。


 「ドンドン!」

 「お客さーんッ! 営業妨害ですよ。警察呼びますよ~」

 「は~い。今、出ま~す」


私はシビレを切らし、


 「ヨシッ、これは不法占拠だ! 石田サン、警察ッ!」

 「ハイ」


するとトイレのドアーが開き、中から髪の毛を濡らし、スッキリとした顔の男が出て来る。

トイレの床は水びたしである。

私と石田サンは男の姿を見て呆気に取られている。

私は『何か一言』言おうするが、脳の整理がつかない。

しかし、何かを言わなければ・・・。


 「おッ、おい! 君はトイレで何をしていたんだ。オイッ!」


男は何も言わずに店を出て行く。

私は急いで男を追いかけた。


 ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が私を見ている。


暫くして私は店に戻った。


カウンターから静子サンが心配そうに、


 「ど~お、捕まえた?」

 「うん?・・・うん」


トイレの掃除を終えて、濡れたモップを持った石田サンが私の傍に来た。


 「プー(プー太郎・浮浪者)でしょう?」

 「プ~?・・・うん。まあな」


静子さんは浮かない顔の私を見て、


 「どうかしたの? 元気がないわね。何か遭ったの?」

 「うん? うん。アイツ、・・・うちのトイレを風呂代わりに使ってたらしい」

 「フロッ?」

 「ついでに洗濯もしてたみたいだ」


石田サンが目を丸くして、


 「センタク〜〜ッ?」


静子さんも、男が便器の中で洗濯する姿を思い描いて、


 「ウッソ〜?」


石田サンが、


 「信じられない。変なヤツがいっぱい来るけど、店のトイレを風呂代わりに使って、ついでに洗濯までして行った客なんて初めてっスよ。この店、また一つ伝説が増えた」


私は初めて目の当たりにした『ホームレス』の実態を解説した。


 「あれは客じゃない。まさに絵に描いた様な人生の放浪者だ。『ボヘミアン』。これが今の社会の現実なんだ」

 「ボヘミアン? て何スか」

 「うん? プー太郎だ」

 「ああ、浮浪者(フロウシャ)ね」


石田サンは笑いをこらえ切れず、吹き出しながら事務所に走り込んで行った。


 この日から私の頭の中も、『変(ヘン)』に成って行った。

                          つづく

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