第15話 魔術の天才(1)

 週末、午後の魔術実習の時間にその知らせは届いた。


「シュルマン伯爵令息がお見えになります」


 侍従が告げた言葉にお父様がうなずいた。


「ああ、わかった。この部屋に通してくれ」


 侍従が頭を下げ、魔術教練場から去っていった。


 これは先触れ――『これからそちらに向かいます』という使者が来たということ。


 つまりこの後すぐに、本人がやってくる。


 私は鍛錬の手を止め、お父様を見上げて尋ねる。


「どのような方ですの?」


「一言でいえば『魔術の天才』だね。

 お前と同じ特等級の魔力を持ち、魔術センスも抜群だ。

 ヒルダが来るまで、私の後継者は彼になるだろうと思っていたくらいだよ」


 うわー、お父様がここまで人を褒めるのは、今まで見たことがないや。


 このレブナント王国に特等級の魔力保持者は三人。


 一人はお父様。


 一人は私。


 そして最後の一人が、そのシュルマン伯爵令息なのだろう。


「凄い方ですのね。同い年なのに、それほど魔術に秀でるだなんて」


 お父様が意外そうな顔で私に告げる。


「私はお前のことを、同じくらい評価しているんだよ?」


「でもその方は精霊眼をお持ちではないのでしょう?

 この魔力を見ることができる瞳は、それだけでとても有利だと思うのです」


 お父様がうなずいて応える。


「そうだね、確かに彼は精霊眼ではない。

 生まれ持った魔術センスを磨き上げ、実力を積み重ねてきた子だ。

 ――だが少しプライドが高くてね。そこが直ればさらに伸びると思うのだが」


 魔術の天才が努力して実力を付けたなら、プライドが高くても仕方ないんじゃ?


 自分の魔術の腕に誇りを持つことは、決して悪くないはずだし。


 私が小首をかしげていると、お父様が笑みをこぼして告げる。


「実際に見てみればわかるよ」


 そっか、どんな子なのかなぁ?





****


「ヴォルフガング先生、お久しぶりです」


 部屋にやってきたのは、まるで少年のような男の子だった。


 背丈は小柄な私と大差がない。


 モスグリーンの髪の毛を丸くカットしたシルエットは、少年らしさを強調していた。


 手に持った長杖とグラスグリーン色をした魔導士のローブがなければ、魔導士だとは思えなかっただろう。


 お父様が微笑みながらうなずいた。


「何か月ぶりかな。急な休講で迷惑をかけたね、ジュリアス」


「いえ、自習に努めていましたから問題ありませんよ」


 シュルマン伯爵令息――ジュリアス様の目が、私に向けられた。


 お父様もそれに気が付き、私に告げる。


「ヒルダ、彼に挨拶を」


 私はうなずいて立ち上がり、ジュリアス様に淑女の礼を取る。


「ファルケンシュタイン伯爵家が娘、ヒルデガルトと申します。

 同門同士、仲良くしてくださいね」


 ジュリアス様の目が私の顔を見たあと、私が鍛錬に使っていた道具――砂時計に目を落とした。


「噂通りの精霊眼、それも片目ですか。珍しいですね。

 しかしどうやら魔導の腕前はお粗末らしい。

 そんな初心者向けの鍛錬をしてる段階では話にならない」


 おっとー? こんなツンツンしてる対応は初めて食らったな。


 これは『プライドが高い』じゃなくて、『高慢』という奴では?


 お父様が苦笑交じりでジュリアス様に告げる。


「君は相変わらずだね――それより課題はできたのかな?」


「ええ、当然です。今すぐお見せしましょう」


 お父様がうなずいて、私に振り向いて告げる。


「庭に移動するよ。砂時計を持っておいで」


「はい、お父様」


 私は砂時計を掴み取ると、お父様たちの後を追って庭に出た。





****


 庭に出た私たちは、ジュリアス様を先頭にして開けた場所に居た。


 お父様がパチリと指を鳴らすと、五メートルほど先に土の人形が二体表れる。


 一体がもう一体をかばうように、重なって立っていた。


 お父様がジュリアス様に告げる。


「さぁ、見せてもらおうか」


 ジュリアス様がうなずいて、長杖を両手に構えた。


 その長杖の先に炎が灯り、そのまま杖をくるくると振り回していく。


 炎の螺旋が大きな炎を形作り、ジュリアス様が回転させた杖を頭上に掲げたあと、土人形に向けて振り下ろした。


 長杖から炎の奔流がほとばしり、二体の土人形めがけて飛んでいく。


 炎が当たる直前、その炎は軌道を変えて背後の土人形だけを包み込んだ。


 燃えながら崩れていく土人形がわずかに見える。


 炎が収まると、手前の土人形だけが残っていた。


 うーん、これは『人質を取った暴漢だけを倒す』という状況設定かな?


 あんなに器用に炎を曲げるなんて、凄いなぁ。


 私にはあそこまで急速に大きく炎を動かすことなんて、まだできないし。


 パチパチと拍手をしていると、お父様が渋い顔で首を横に振った。


「だめだね。失格だ」


 私の拍手でふんぞり返っていたジュリアス様が、お父様の言葉で愕然としていた。


「――なぜです?! 課題通り、奥の土人形だけを破壊しました! 何がいけなかったのですか!」


 お父様が土人形まで歩いて行き、その胸を拳でこつんと叩いた――土人形はボロボロと崩れ落ちていき、土に還った。


 これはもしや、泥人形だった?


 当たりこそしなかったけど、あまりに近くで炎に包まれて、水分がなくなった?


 お父様がこちらに戻りながら告げる。


「完全に水が蒸発していたね。

 あれが人間だったら全身が大火傷――死んでいたよ」


 ジュリアス様は悔しそうに長杖を握りしめていた。


 さてはお父様、課題の内容を全て伝えなかったな?


 たぶん『人質を取った犯人だけ倒す』という状況設定だけ伝えたんだ。


 ジュリアス様は正直に言われた通り、背後の犯人役だけ破壊した。


 『手前の土人形の水を乾かすな』とは言われてなかったんだな。


「お父様、意地悪が過ぎませんか?」


 ニヤリと笑ったお父様が私に告げる。


「ヒルダ、お前ならこの課題をこなせると思うかい?」


「え?! わたくしがですか?!

 ……うーん、たぶんできると思いますが」


 私の言葉にジュリアス様が驚いたように振り向いた。


「馬鹿な。初心者がこなせる課題じゃないぞ。

 人質に当てる直前で炎を曲げるんだ」


「うーん、たぶんなんとかなりますよ!」


 私の笑顔を、ジュリアス様は困惑して見つめていた。





****


「それじゃあいくよ。準備は良いね」


 私がうなずくと、お父様がパチリと指を鳴らす。


 再び泥人形が現れる。その距離は五メートル……いや、七メートルかな?


 おっとぉ? これは予定外のサプライズ。


 距離が離れるほど魔力制御は難しくなる。


 ちゃんとできるかな?


 頭の中で何度か練習を重ねていると、お父様が告げる。


「ヒルダ?」


「――あ、はい! では行きます!」


 私は手のひらに火を生み出すと、魔力を込めて息を吹きかけた。


 私の息吹は巨大な炎の奔流となって、二体の泥人形めがけて突き進んでいく。


 炎はあっさり二体の泥人形を飲み込んだ。


 背後からジュリアス様の呆れた声が聞こえる。


「馬鹿かお前は。二体とも破壊してどうする」


 ふっふ~ん。それはどうかな?


 炎の奔流が収まると、そこには手前の泥人形だけが無事に立っていた。


「――な?! 馬鹿な!」


 ジュリアス様の声が辺りに響く。


 お父様は残った泥人形に近づいて行き、拳でその胸を叩いた。


 ポスっと鈍い音をしたけど、泥人形は崩れない。


「うん、合格。水はまったく蒸発していないね」


 笑顔でこちらに振り向いたお父様に、私は頭を下げて告げる。


「お粗末さまでした」


 頭を上げた私に、怖い顔でジュリアス様が詰め寄ってきた。


「何をした! どうやったらあれで泥人形が無事という結果になる!」


「何をって……えーと、手前の泥人形に火が当たらないようにしただけ、ですよ?」


 私って感覚派だからなぁ。


 説明するのが難しい。


 ジュリアス様は私の説明が癇に障ったのか、額に青筋を立てて睨み付けてきた。


「それでこの結果を導き出せるわけがないだろう!

 炎は間違いなく二体とも飲み込んでいた!」


 あー、ヒートアップしちゃってる。


 冷静に話を聞いてくれる状態じゃないな。


 こうなったら『身をもって知って』もらおう。


「ごめんなさいジュリアス様!」


 先に謝っておきながら、私は再び手のひらに火を生み出し、フッと息を吹きかけた。


「――え?!」


 突然のことできょとんとしたジュリアス様が、一瞬で炎の奔流に包まれて行く。


 炎は天高く渦を巻いて燃え盛った。

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