第13話 はじめてのお茶会(5)

 私はお父様に尋ねる。


「なんのことでしょうか?」


「あれほど気にしていた貴族の所作を、誰も咎めることがなかっただろう?」


 言われて、はたと気が付いた。


 そういえば誰にも注意されてない。


 ということは、マナー違反を犯していない?


「確かにそうですわね……」


「はたから見ていても、お前たち五人は問題なく貴族令嬢の集団に見えていたよ。

 あれだけの高位貴族に混じることができた――どうだい? 少しは自信がついたかい?」


 なるほど、『もう充分な水準』という実感が湧いてきた。


「そうですわね……ようやく少しだけ理解しました」


 リッド以上、クラウ未満――たぶん、それくらいだ。


 リッドは少し荒っぽいところがあるけど、体を鍛えてるらしいから、そのせいなのかな?


 お父様が私に告げる。


 所作はもう問題がない。


 国内外の知識も及第点。


 これは教師を付けていなかったせいだから、急いで手配するらしい。


 教師さえつけば、私なら問題ないそうだ。


 睡眠時間を削る必要もないだろう、と言われた。


 確かに、無理をする必要はないように思える。


 そして望外の友人たち――。


「お父様、どこまで計算してらしたの?」


「何のことだい?」


 お父様は人の悪い笑みで応えた。


 まったく、この人は!


 私はため息をついて告げる。


「つまり、大成功ということで構いませんのね?」


 お父様は人の悪い笑みのままうなずいた。


「そうだね、概ね思った通りだ。

 お前に親しい友人ができたのは、計算外だったがね」


 私はきょとんとお父様を見つめた。


「計算外でしたの? すべて計算通りではなく?」


 お父様がうなずいた。


 お父様が言うには、クラウは『相手を査定する人間』なのだそうだ。


 自分が付き合うに値しない人間には、一定以上近寄ることを許さない。


 彼女が『友』と呼ぶのは、今日来ていた三人だけらしい。


 私はその輪の中に今日、入れてもらったわけだ。


 お父様が微笑んで告げる。


「私はせいぜい、彼女たちにお前を認知させて終わりだと思っていた。

 クラウディア嬢が今日、お前の味方になってくれたのは、とても頼もしいよ。

 私はもっと時間がかかると思っていたからね」


 どっちにしろ、いつかは心を開いてくれると思ってたの?


 お父様の私への謎の信頼はなんなのだろう?


 私が小首をかしげていると、お父様が笑みをこぼした。


「私の親しい友人はね、人の本質を測ることができる人間たちだ。

 その子供たちもまた、同じ教育を受けている。

 人を見る目がなければ、人の上に立つ資格がないからね。

 必然的に磨かれるべき能力だ」


 お父様は「上に立つ者すべてが、そうであれば良いのだがね」と付け加えた。


 ……貴族の世界も、大変そうだなぁ。


 私はお父様にきちんと姿勢を正して向き直り、頭を下げた。


「お心遣い、感謝いたします」


 今日一日だけで、私はどれほど自分の立場を築き上げられただろうか。


 それは全部お父様のお膳立て。


 私は乗せてもらっただけだ。


 お父様が優しい微笑みで応える。


「すべてはお前が一か月間、研鑽に励み続けた結果だ。

 それがたまたま実ったに過ぎない。

 用意はしたが、勝ち取ったのはお前の実力だよ。

 もっと胸を張りなさい」


 私はお父様の言葉を噛み締めていた。


 これ以上、自分を卑下するのはお父様に失礼だ。


「わかりました。この自信を胸に、より一層励みたいと思います」


 私がニコリと微笑むと、お父様も満足そうに微笑んだ。


「今日はもう疲れただろう。夕食までの間、休んできなさい」


「はい、ありがとうございます」


 私は立ち上がり、サロンを辞去した。



 自分の部屋へ向かう途中、背後のウルリケが私に声をかけてくる。


「お嬢様、ナイスファイトでした」


 彼女に振り返り、私は微笑みで応える。


「ウルリケ、あなたにも感謝しています。ありがとう」



 部屋に戻ってドレスを着替え、ベッドに潜り込むとすぐに微睡まどろみが襲ってきた。


 思った以上に疲れていた私の意識は、静かに暗闇に沈んでいった。


****


「お父様のお弟子様、ですか?」


 朝食の席で、お父様の口から驚く内容が飛び出てきた。


 いやまぁ大魔導士らしいし、弟子が居てもおかしくないんだけど。


 お父様が人の良い笑みを浮かべながらうなずく。


「お前の魔術授業に専念しようと休講していたのだけどね。

 もう大丈夫だろうと思って、『再開する』と通達を出しておいた。

 次の週末にやってくるから、覚えておきなさい」


「はい、わかりました。

 ……そのお弟子様は、どんな方なんですか?」


 お父様の弟子だし、やっぱり年配の人かな?


 お父様がニコリと微笑んで応える。


「お前と同い年の男子が三人だ」


 おっと、同い年? しかも男の子ですと?


 うーん、同年代の男子は孤児院にも居たから知ってるけど、あれは平民の子だし。


 同年代の貴族令息って、どんな子たちだろう?


 やっぱり平民と一緒でやんちゃな遊び盛りなのかなぁ?


 お父様が楽しそうに告げる。


「グランツに通う前に、同年代の貴族令息がどんなものか、確認しておくといいね」


「……そうですね。

 つまりこれは『予行練習』ということですわね?」


 本当にお父様ったら、計算ずくで動くんだから。


 後でウルリケに、同年代の貴族令息について聞いてみよう。


 私はまだ見ぬ『お父様の弟子』たちに想いを馳せながら、朝食を食べ進めていった。





****


「いいですかお嬢様。年頃の男性は全員狼です」


 ウルリケの『対・貴族令息講義』は初手から過激に始まった。


 貴族令息だろうと『男はケダモノ』扱いである。


 私はウルリケのガチな空気に飲まれつつ応える。


「狼、ですか。それほど危険なのですか?」


 ウルリケがうなずいて告げる。


「油断をすれば食われます。

 決して気を抜いてはなりません。

 貴族令嬢に取って『その手の瑕』は一生を左右します。

 努々ゆめゆめお忘れなきように」


 私は孤児院育ちである。


 町の人たちとも交流があった。


 つまり、『食われる』という言葉の意味を、私は正しく理解している。


 だけど、貴族令息でしょ?


 平民の男の子みたいに、ギラギラしてるものなのかな?


「ねぇウルリケ、そんなに危険なのでしょうか。

 確かに『みだりに二人きりになってはいけない』と教わりましたが。

 相手も高等教育を修めた子供たちなのでしょう?」


 ずずいっとウルリケが私に顔面を近づけて告げる。


「お嬢様は一見すると可憐――つまり『押せばイケル』と相手に思わせる空気をお持ちです。

 そう思われたら最後、隙を見せれば食らいついてきます。

 狙われやすいタイプ、と申し上げれば伝わりますか」


 近い! 顔が近いってば!


 私はウルリケの両肩を手で「よいしょ」と押しのけ、小さくため息をついた。


「そんなことを言われても……困ってしまいますわ」


 『身にまとう空気が原因だ』なんて言われても、こういったものは生まれ持ったものが大半だ。


 そこが原因と言われても、対処のしようがない。


 私はウルリケの顔を見上げて尋ねる。


「お父様のお弟子さんですら、そういう方々なのでしょうか」


 ウルリケはきっぱりとした口調で応える。


「いえ、立派な令息ばかりですよ。

 自分を律することができる方々です」


 あ、なんだ。心配いらないじゃない。


「それなら取り越し苦労というものではなくて?」


 再びウルリケの顔が間近まで迫ってくる。


「甘い! 甘すぎます!

 ハチミツやメープルシロップより甘いですお嬢様!」


 目は怖いくらいに真剣そのもの。


 余りの迫力で思わず腰が引けた。


 ウルリケが私の顔面十センチ手前で力説を続ける。


「どんなに己を律していようと本質は変わりません。

 ふとしたきっかけで『タガ』が外れれば、簡単にケダモノに豹変します。

 相手に余計な心理的負担を与えない為にも、お嬢様ご自身が適切な距離を保って下さい」


「わかりました! ですから少し落ち着いて!」


 私は再び「よいしょ」とウルリケを押しのけ、ため息をつく。


 最近のウルリケはどこかおかしい。


 以前から感じていたけれど、これでは実の妹を心配する姉のようだ。


 最初に出会った時は『職務に忠実な侍女』という感じだったのに。


 どこで変わったんだろう?


 ――だけど、慈しまれているという実感は、この渇いた心を潤してくれる。


 私は心からの微笑みでウルリケに告げる。


「いつもありがとうウルリケ。

 私のことを心配してくれて」


 ウルリケはハッと我に返ったのか、無表情な侍女モードになってうやうやしく頭を下げた。


「これも職務ですので」


 ――もう! 素直じゃないんだから! そういう所が大好き!


 私は思わずウルリケの胸に飛び込み、彼女に抱き着いていた。

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