第12話 はじめてのお茶会(4)

 魔導士にとっての『魔法』、それは門外不出の技。


 だから『秘儀』とか『秘術』とも呼ばれるらしい。


 普通は人前で使うことはないのだとか。


 私が使った魔術はお父様が編み出した『蜃気楼』という現代魔法。


 本来はファルケンシュタイン公爵家の秘儀だ。


 この魔法だけは特例で、お父様が現役時代から見せつけるように使ってきた。


 なので例外的に多くの人に姿を知られている魔法として、教科書にも載ってるらしい。



 ヴィンケルマン公爵がお父様に詰め寄る。


「今のはお前の『蜃気楼』ではないのか?! 『魔法』だろう?!

 養子に取った孤児に『魔法』を教える魔導士がどこに居る!」


 お父様が不機嫌そうにヴィンケルマン公爵の腕を振り払った。


「目の前にいるだろうが。

 それに私以外、一族の誰にも使いこなせなかった技だ。

 使える者に伝えて何が悪い。

 ――それと、ヒルダは私の娘だ。訂正してもらおう」


 お父様、孤児なのも養子なのも事実なのだし、そんなに怒らなくても!


 必死に目でアピールしてみるけど、お父様はこちらを見てくれない。


 しばらく睨み合っていたヴィンケルマン公爵が、一度目をつぶると小さく息をついた。


「すまない、余りのことに我を忘れた。許してほしい」


 お父様と私に頭を下げたあと、ヴィンケルマン公爵がお父様に告げる。


「だがいくら才能があると言っても、限度がある。

 あれほど消耗が激しい魔法を、魔術歴一週間の初心者に教えるとはな。

 貴公らしくない判断だぞ。あれでは命がいくつあっても足りん」


 もしかして、私のことを心配してくれてるのかな?


 ――杞憂だってことを、教えてあげよう!


「あの! 大丈夫です公爵様。

 動かすのが難しいだけで、動かさなければ一時間以上は維持できますし!

 ――ほら! この通り!」


 再び炎で自分の分身を作り上げていく――ただし直立不動型だ。


 私は笑顔でヴィンケルマン公爵に告げる。


「お父様のように、自在に動かせないだけなんです。

 自分と同期して動かすのは、まだ難しくて」



 お父様は自分と同じ動きをする『蜃気楼』を四体以上作り出せる。


 それどころかバラバラに動く自律型『蜃気楼』すら、何体も作り出せるのだ。


 あの領域まで達するのは、どれくらいかかるだろうか。



 クラウが恐る恐る、私の『蜃気楼』に近づいて行った。


「ねぇヒルダ、これは触っても大丈夫なの?」


「はい、大丈夫ですよ。火傷をすることもありませんから」


 クラウの手が伸びた先は……『蜃気楼』の頬っぺただった。


 無遠慮に掴み、乱暴に横に引き伸ばす。


 うーんダイナミック。


「凄いわヒルダ! まるであなたの頬を引っ張ってるみたい!」


 いやクラウ、あなたは私の頬を引っ張ったこと、ないよね?


 リッドも近づいてきて、『蜃気楼』のみぞおちに肘鉄を突き入れ始めた。


「凄い……まるで本物の感触だ」


 いやリッドも、私のみぞおちに肘を入れたことないよね?


 エマは『蜃気楼』の背後に回り、スカートをばっさばっさとめくり始めた。


「わーすごーい! 布の感触がするー!」


 恥ずかし過ぎるから止めて欲しいんだけど?


 その位置ならスカートの中身はエマしか見えてないだろうけど、はしたないよ?


 ルイズは……みんなから少し離れ、『蜃気楼』やクラウたちの様子を観察してるみたいだった。


 やっぱり見た目通り大人なんだなぁ。


 しかし、いくら待ってもみんなが乱暴狼藉を止めてくれない。


 私自身じゃないけど私の分身、そろそろ堪忍袋の緒が切れた。


 私はパチンと指を鳴らし、『蜃気楼』を組み替えていく。


 一瞬で私の姿からクラウの姿に『蜃気楼』は姿を変え、クラウ、エマ、リッドが驚いていた。


「あら」


「やだ!」


「ゲッ!」


 エマとリッドが素早い身のこなしでクラウの姿をした『蜃気楼』から飛びのいた。


 いくら分身とはいえ、クラウの姿そっくりだ。


 肘を入れたりスカートをめくってたら何をされるか、わかったものじゃない。


 クラウは一人、自分の分身になった『蜃気楼』の頬っぺたを引っ張り続けていた。


「私の頬、こんなに伸びるのね!」


 ああ、やっぱりクラウは大物なんだな。


 疲れ切った私は、微笑むクラウの姿を黙って見守ることにした。





****


 じゃれ合う娘たちの姿を、ヴォルフガングたち五人は遠くから見守っていた。


 シャーヴァン辺境伯がヴォルフガングに問いかける。


「今日会ったばかりの人間を、ああも精巧に模倣するか。

 ヴォルフガングよ、貴公の若い頃にあれができたか?」


「愚問だな。あれは私の人生の集大成。

 全盛期に開発し、晩年に完成させた魔法だ。

 ヒルダぐらいの年齢で使えるわけがなかろう」


 ブラウンシュヴァイク辺境伯が、唸りながら告げる。


「あれならば最終学年への編入も問題あるまい。

 しかしたった三日で、あそこまで使いこなすか」


 ヴォルフガングが満足気に微笑んだ。


 これは彼にとっても嬉しい誤算――魔導学院のカリキュラムがかすむ成果だ。


 二年の遅れどころか、ヒルデガルトは既に現役学生の誰より魔術で優れているだろう。


 レーカー公爵がヒルデガルトの左目を見つめて告げる。


「精霊眼か。片目だけであれほどの芸当ができるのだ。

 両目だったら、どこまで高みに上ったのか」


 片目ですら特等級の魔力、両目であれば計り知れない。


 ヴィンケルマン公爵が憂いた目で告げる。


「なに、体質ならば仕方あるまい。

 それよりよくぞ、あれだけの逸材を逃さず確保できたな。

 ――だが今後が問題になるやもしれん」


 かつて『近隣諸国でも並ぶ者なし』と言われたヴォルフガング。


 その彼が英才教育を施す、結婚適齢期間近の貴族令嬢だ。


 その魔力は国内随一の特等級。


 己の派閥に組み込もうとする魑魅魍魎は後を絶たないだろう。


 その実力の前に、『孤児』だの『養子』だのといった事実は意味をなさない。


 俗物共が彼女を蹂躙するのが、容易に想像できた。


 ヴォルフガングが真面目な顔で告げる。


「そのために貴公らと彼女たちに顔見せしたのだ。

 あの子が他国へ逃げ出す羽目にならぬよう、保護する必要がある。

 なにせ、あの子の譲れない夢は恋愛結婚の末の暖かな家庭だからな」


「それはそれは……また随分と苦難の道を選んだものだ」


 それは誰の発した言葉だったのか。


 だがその場の五人が同じ気持ちを共有していた。


 彼女の境遇でそれを望むなら、数多あまたの試練が待ち受けているだろう。



 大人たちは日が暮れるまで、娘たちがじゃれ合う姿を見守り続けた。





****


「はああああああああ! やっと終わりましたわ!」


 日が落ちる前にお茶会はお開きとなり、みんなは馬車に乗って帰っていった。


 私は四家族を見送り終わり、サロンのソファに倒れ込んでいた。


 友達を四人も作れたのはいいんだけどさー。


 ちょっと格上が過ぎないかなぁ?!


 国内の軍部重鎮四人衆とその子供たち。


 彼女たちも同年代では実力と権威はトップクラスだ。


 その影響力や発言力は、私の想像できないところにあるはずだ。


「お父様……お恨み申し上げますわ……」


「何がだい? 無事にやり通せただろう?」


 私の心労を何もわかってないような口ぶりでお父様が応えた。


 もう少し、私の気持ちも考えて欲しいな。


 スパルタにも限度があるでしょ?


「先月まで孤児院に居た子供に『お茶会をやり通せ』というのが無茶だと申し上げてるのです。

 私、寿命がどれほど縮んだのかわかりません」


 ウルリケがミルクティーを入れてくれたので、ソファから起き上がって口に含む。


 ――ああ、甘いミルクティーってなんて身体に沁み渡るんだろう。


 なんだか久しぶりに紅茶を飲んだような気さえする。


 お茶会の直後だっていうのに、変なの。


 私はカップをテーブルに戻してお父様に告げる。


「それに、グランツに編入する話も初耳ですわ。

 遅れている勉強をどうするおつもりなんですか」


 私が恨みを込めて睨み付けていると、お父様が楽しそうな笑顔で応える。


「魔術においては、むしろお前の方が進んでいるから安心なさい。

 他の教科も、これから三か月で釣りがくるとも」


 お父様はニコニコと上機嫌顔だ。


 人の気も知らないで……その三か月勉強漬けじゃないか。


 二年分の勉強を三か月。なんと驚きの密度八倍だ。


 殺人的なスケジュールが私を待っている。


 どんよりしながら黄昏ていると、お父様が私に告げる。


「お前はまだ気が付いていないのかい?」


 はて? なんのことを言ってるんだろう?

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