第11話 はじめてのお茶会(3)

 ルイーゼ様がニコリと笑って告げる。


「クラウが友人と認めたなら、私たちとも友人よ。

 仲良くしましょうね」


 ルイーゼ様は大人びた少女だ。


 同年代というより、一世代上に感じるくらい。


 長い髪はカールしていて、ふわふわと柔らかい印象を受ける。


 クッキーをちまちまと口に運びながら、エミリ様が告げる。


「初対面でクラウが認めるなんて、珍しいこともあるものね。この人見知りが」


 エミリ様は幼い印象を持った少女だ。


 おでこを出すヘアスタイルが、なおさら幼さを強調している。


 アストリッド様が微笑みながら告げる。


「それも貴族になって、まだ一か月なんだって?

 よくまぁクラウがそこまで気を許したね」


 少し口調が荒っぽいのが特徴だろうか。


 姉御肌という言葉が良く似合う。


 私はおずおずと告げる。


「みなさま……いえ、わたくしも驚いてまして。

 夢じゃないかと、まだ疑ってるくらいなんです」


 私ははにかみながら応えた。


 ティーカップを手に取って、紅茶を一口飲む。うん、緊張で味がしない!


 みんなの視線が、なぜか私の手元に集中していた。


 ルイーゼ様が微笑ましそうに告げる。


「あら可愛らしい。

 クラウにもこれくらい可愛げがあったらいいのにね」


 可愛げ、とは。


 クラウになかったら、他の誰にあるの?


 クラウがルイーゼ様に告げる。


「ルイズ? 口が過ぎると後で悔いることになるわよ?」


 その儚い微笑みは、どこか『圧』を感じるものだった。


 あれ? なんかクラウが怖い?


 エミリ様が私に顔を寄せて告げる。


「ヒルデガルト様、今のご覧になった?

 クラウの本性はね、すっごく怖い子なのよ?」


 エミリ様が言い終わると同時に、クラウの顔だけがグリンとエミリ様に向いた。


「ねぇエマ? 先日の夜会を覚えてる?

 『豚子爵』から誰があなたを守ってあげたのか、忘れたのかしら?」


 今、クラウの口から『聞いてはいけない単語』が飛び出たような?


 ……気のせいだよね! 緊張しすぎだ!


 エミリ様が笑みをこぼしながら応える。


「感謝してるってばー。あの豚、しつこいんですもの。

 人間の言葉が通じない相手ほど、困るものはないわね」


 辟易したかのように両手を広げるエミリ様。


 よっぽどしつこかったのかな。


 クラウが儚い微笑みのまま告げる。


「その『人間の言葉が通じない豚』の相手を、一時間もしてあげたのよ?

 ちゃんとお返しはしてもらいますからね」


 また何か聞こえた気がする……気のせい気のせい!


 エミリ様が笑いながら応える。


「何言ってるのよ。あの後、自分の親衛隊をけしかけたでしょ?

 それとなく臭わせて豚を制裁したの、知ってるんだから」


 ああ、神様。これは私が聞いていてもいい会話なのでしょうか。


 知ってはいけないクラウの秘密が垂れ流されて行く。


 エミリ様がクスクスと笑みをこぼしながら告げる。


「ほーらー。ヒルデガルト様、困っちゃってるじゃない。

 初心者なんだから、もう少して加減してあげましょう?」


 ――は?! これじゃいけない! ここは戦場!


 私はとっさに我に返り、頭が真っ白のまま口を開く。


「あの! わたくしのことは『ヒルダ』とお呼びください!」


 ガゼボの時間が停止した。


 みんなが唖然として私を見つめている。


 ――いま私、何を口走った?!


 私は顔を火照らせたまま、手を必死に動かしてなんとかフォローできないかと言葉を探っていた。


 だけどこのあと、どう取り繕っていいのかさっぱりわからない。


 言葉を出せない私を見て、クラウたち四人が顔を見合わせ、ニコリと微笑みあっていた。


 四人が一斉に私に振り向き、自分たちの顔を指さした。


「私はルイズ」


「私はエマ」


「私はリッド」


「――そして、私がクラウよ。

 私たち、良い友達になれそうじゃない?」


 クラウの微笑みは、まるで子供が新しいおもちゃを与えられたような印象を受けた。


 新しいおもちゃ――つまり、私か。


 そうか、それが本性なのかクラウ。


 彼女には、逆らわないでおこう……。





****


 私は乾いた笑いで紅茶を一口飲み、気分を落ち着けた。


 クラウが私に告げる。


「ねぇヒルダ、あなた私たちと同い年だったわよね?

 グランツはどうするの?」


 この場に居る全員が、今年で十五歳になるはずだ。


 私はうなずいて応える。


「グランツには、春から通うことになります。

 私は初年度からカリキュラムを受けるので、みなさまとは学年違いですわね」


 ガゼボの隣のテーブルから、お父様が声を上げる。


「ヒルダー! お前は編入だ! 全員同学年だよ!」


 ……はい?


 クラウ達は現在グランツ二年生。


 春からは最終学年の三年生だ。


 一方私は入学前で、カリキュラムは全く受けてない。


 それはつまり、いきなり最終学年のカリキュラムを受けろと?


 私、一年生と二年生のカリキュラム、受けてないんだけど?!


「お父様? そのようなことは初めて耳にしましたが?

 わたくし、まだ一週間しか魔術を教わっていませんわよ?」


 私は呆然としながらお父様の顔を見つめた。


 今から最終学年に間に合うようになんて、スパルタが極まってない?


 クラウが硬い表情でお父様に告げる。


「ヴォルフガング様、さすがにそれは、いくらなんでも無謀ですわ」


 無謀どころじゃないよ、それ以外の何かだよ。


 他の三人も表情が硬い。


 いくらなんでも勉強についてこれる訳がないってわかってるんだ。


 お父様が席を立ち、クラウのお父さんたちを連れてガゼボに近づいてきた。


「ヒルダ、『アレ』を見せてごらん。それで納得してもらえるはずだ」


 『アレ』? 『アレ』って今練習してる、『アレ』のこと?


「でもお父様、まだあれは人様にお見せできるような段階では――」


「いいからいいから。試しにやってみなさい」


 お父様はニコニコと楽し気で、譲る様子がない。


 ……仕方ない、やるか。


 私は席を立ち、ガゼボから三メートルほど離れた芝の上でみんなに向き直る。


 深呼吸をして心を静める――風のない湖面のような心を取り戻す。


 私は右手を横に突き出し、手のひらに火を生み出した。


 その日をポトリと手のひらの真下に落とす――その火が見る間に大きく膨れ上がり、もう一人の私を形作った。


 着ているドレスも私と全く一緒、完全な私の分身だ。


 二人の私はみんなに向かって、ゆっくりと淑女の礼を取っていく。


 そして腰を上げる――その途中で、もう一人の私は炎に戻って掻き消えてしまった。


「あー、やっぱり持続時間が足りませんわね」


 魔力切れじゃなく、継続して術式を制御するのがとても難しいのだ。


 私は自分に落胆してため息をついた後、ガゼボに向かって戻っていく。


 その途中で、みんなが私を見て硬直しているのに気が付いてしまった。


 お父様以外の誰もが動きを止めていた。


 みんなの視線を受けて、私は考えた。


 もしかして、続きがあると思われてる?


「あの、申し訳ありません。

 今ので終わりです。まだ未熟でして……」


 私は縮こまりながら皆に頭を下げた。


 恥ずかしい……お父様の期待に応えられなかった。


 みんなも呆れて声が出ないんだ。


 気まずい沈黙が辺りを支配した。


 その沈黙を破ったのは、鈴を転がすような声だった。


「今のは、ヒルダの魔術ですの?」


 お父様がクラウに応える。


「ああそうだよ。三日前から『アレ』の練習を初めて、今はまだこの段階だ」


「は?! 『今はまだ』と言ったの?!

 しかも、『三日前から』?! 嘘でしょ?!」


 クラウらしくない口調だなぁ。


 顔を上げると、お父様の襟首をヴィンケルマン公爵が掴み取るところだった。


 ヴィンケルマン公爵が厳しい顔つきで告げる。


「今のはお前の『蜃気楼』ではないのか?! 『魔法』だろう?!

 養子に取った孤児に『魔法』を教える魔導士がどこに居る!」


 険悪な空気が、ガゼボを支配した。


 ――喧嘩しないで?!

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