第10話 はじめてのお茶会(2)
お父様は楽しそう微笑みながら、私に告げる。
「ふむ、今の我が国はそれほど
お父様の試すような目付きにイラつきながら、私はひとつずつ応えていく。
西方は不可侵条約を結んだ国家ばかりだ。
だけど違法移民問題を抱え、春に大規模内乱が起こったばかり。
いつまた騒乱が起こるかわからない状態だ。
東方は不可侵条約を結んだ国がない。
そして隣国アウレウス王国が近隣国と協調動作を取る兆候がある。
アウレウス王国は度々この国の領地を攻め取ろうとしている武闘派の国家。
放置して置ける相手じゃない。
南方は小国家連合で、友好国ばかり。
北方はこの季節、背後にあるシュネーヴァイス山脈が雪に閉ざされ安泰だ。
だけど東西で動きがあれば、南北の守護軍はバックアップに動かなきゃいけない。
軍隊というのは、有効戦力として機能して初めて意味がある。
つまり『いつでも対応できる』状態を維持しておかなければならない。
だというのに、軍の最高司令官が全員、グランツに集まっている。
グランツはレブナント王国中央に位置する、王都隣接の領地。
どこに行くにも時間がかかる。
そんな場所に最高司令官全員を集めるだなんて、いったい何を考えているのか!
すべてを言い終わり肩で息をしている私を、お父様が変わらずニヤニヤと眺めていた。
「……どう思うね? シュテファン」
「この娘は――いや失敬。
ヒルデガルト嬢は、本当に一か月前に孤児院から引き取った子供なのか?
この知識量、そこらの貴族に劣らないものだぞ」
驚いた様子のヴィンケルマン公爵に、お父様は「もちろんだとも」とうなずいて応えた。
「引き取られる前に知っていた、ということではないのか?」
お父様とヴィンケルマン公爵が私を見つめてきた。
「……孤児院では基本的な読み書きと数の計算を。
あとは社会の仕組みの基礎だけを勉強しておりました。
怠惰な平民よりは教養があった自負はございますが」
ああいけない。ヴィンケルマン公爵が悪い訳じゃないのに、言葉に棘がある。
ヴィンケルマン公爵が目を見開いて驚いていた。
「本当に一か月で身に付けた知識か。
いやはや、大したものだ。
いったい、どれほどの無茶をさせたんだ?」
ヴィンケルマン公爵が眉をひそめ、お父様を睨み付けた。
お父様はニコニコとした微笑みで応える。
「私は何も強要してないよ。
娘が自発的に勉学に勤しみ、身に付けた血肉だ。
我が娘を侮ってもらっては困るな」
お父様が微笑みながら私に告げる。
「ヒルダ。お前はまだ勉強が足りていないね」
お父様が噛み砕くように説明してくれた。
最高司令官がいなくても軍隊が機能するように組織を整備する。
それもまた、最高司令官の仕事なのだと。
最高司令官が不在時には、優秀な副官に指揮権を託せるのだと。
短い期間であれば、それで凌ぐことができるのだそうだ。
しかも、軍事は事態が動くのに時間がかかる。
人が大勢動くのだから、当たり前だ。
その兆候を敏感に察知し、対策を取れば、困ることはないのだとか。
西方の反乱は、今後半年間は起こせない。
春の内乱で力を使い果たし、力を蓄えている最中だそうだ。
東方のアウレウス王国も、毎年恒例のフェイクなのだとか。
本物と偽物の動きを、レーカー侯爵は見誤らない。
最後に今日招待した人たちは、多数の優秀な人材を育成している。
一週間どころか一か月留守を預けても、問題がないそうだ。
「――つまり、何の問題もない。わかったかな?」
お父様の言葉には説得力があった。
言われた通りであれば、何の問題もない。
私の勉強不足だ。まだ努力が足りてなかった……。
がっくりと肩を落とし、私はお父様に告げる。
「理解しました。
大きな声を上げてしまい、申し訳ありません」
そのまま、深々と頭を下げて謝罪した。
お父様の優しい声が聞こえる。
「気にすることはないよ。それだけ知っているだけでも並外れている。
いったいどこで身に付けた知識なのか、教えてくれないか」
私は渋々と応える。
一週間前から、屋敷中の家人たちに国内の重要人物を聞いて回った。
みんなの言うことを統合して、国内のあらましを理解した。
国外の情勢は、おまけでついてきたのでついでに覚えた。
お父様が『誰が来るのか』を教えてくれなかったので、私は考えた。
私なりの『お茶会対策』がこれだ。
ちなみに主な情報源はウルリケだ。
彼女がほとんどの知識を教えてくれた。
彼女で分からない事は、彼女が提案した人間に聞きに行った。
ウルリケだけは別格だ。
お父様がウルリケを見て「良い仕事をしたね」とほめていた。
ウルリケはうやうやしく頭を下げて、恐縮していた。
「ねぇヒルデガルト様、私とお友達にならない?」
鈴を転がすような声が響いた。
――クラウディア様?!
私は慌ててクラウディア様に向き直った。
「お見苦しいところをお見せして、大変申し訳――って、お友達、ですか?」
私が目を見開いて聞き返すと、クラウディア様は儚く微笑んでいた。
「あなた、可憐で可愛らしい方なのに、しっかりと自分を持ってらっしゃるのね。とても面白いわ」
面白い? どの辺が?
クラウディア様が微笑んで告げる。
「私、努力できる方って好きよ?
だから、お友達になってくださらない?」
この『ザ・お姫様』にこう言われて断れる人が居るだろうか――いや、居ない。
「わ、わたくしでよろしければ喜んで!
……あの、もしよろしければ、ですね。
わたくしのことは『ヒルダ』とお呼びください」
顔から火が出そうな気分で言い切った。
言っちゃった?! やっぱり、図々しいかなぁ?!
クラウディア様は、とても楽しそうに私を眺めていた。
「……わかったわ、ヒルダ。
では私のことは『クラウ』と呼んで?」
愛称で呼べと? このお姫様を? 私が?
神様、分厚い壁が雲を突き抜ける勢いで立ちふさがっています……。
だけど格上のお姫様からのお願いだ。
私に断る権利などない。
「ク、クラウ様!」
「ちゃんと呼んで? 『クラウ』よ」
そこは妥協してくれてもよくないかなぁ?!
「ぐっ……クラウ」
もう私の首から上が熱くてたまらない。
顔に上った血が下がっていかない。
心臓もバクバクと緊張で苦しい。
思わず泣き言が口から漏れる。
「これ、心臓に悪いです、クラウ」
クラウは私を見て、クスクスと笑っていた。
こうして、私にとっての貴族最初の友人がお姫様、ということになった。
だけどすぐにクラウの本性を思い知ることになるとは、この時つゆほども考えていなかった。
****
その後、立て続けに三組の来客が来て、招待客が全員そろった。
私たちは初対面の挨拶を交わした後、お父様の指示で庭に移動した。
ガゼボに女子だけで座り、テーブルを囲む。
お父様たちはガゼボのすぐそばにテーブルを用意して、そちらに座った。
クラウが微笑んで私に告げる。
「改めて私から紹介するわね。
こちらからルイーゼ、エミリ、アストリッドよ」
私は順番に礼を交わしていった。
椅子に座り、四人を眺める。
クラウは飛び切りのお姫様だから除外するとして。
他の三人も綺麗だなぁ。さすが高位貴族のご令嬢だ。
私が一人だけ垢抜けない。
一か月前まで平民だったし。
その上、この精霊眼なんてグロテスクな異物まである。
私は一人、密かに気後れしていた。
――だけど! 社交場は戦場と教わったのだし! 負けられない!
私は内心で握りこぶしを天に掲げていた。
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