第3話

陶子と咲子はリビングでテレビを見ていた。すると、家の前で麻美の軽自動車が止まった。二人は車には気を止めずにいた。しばらくして、咲子が郵便物を取りにポストを覗きに行く。そして、あっと声をあげた。車庫に止まっているシルバーメタリックの古い動かない車のボンネットの上に段ボール箱が置いてあり、その隣に大きな黒いリュックサックが並べて置いてあった。

「何?これ?」

段ボール箱の中のダウンジャケットをどけたとき、帽子を被って眠っている赤ん坊を見つけた。

「キャ。」

赤ん坊が息があるのか確かめた。眠っているのか。

 慌てて玄関から走り込んで、陶子に、

「お姉さん、お姉さん、大変、大変。ちょっと来て頂戴。」

 テレビを見ていた陶子は、

「え?なあに?」

「いいから、ちょっと来て。車庫。赤ちゃんがいる。」

「へ?」

 二人は我先にと車庫へ行くと、古い車のボンネットの上に赤ちゃんが入った段ボール箱と、黒い大きなリュックサックを見つけた。

「え?赤ちゃんだわ、本当に。」

「どうしてここにいるの?」

「まず、警察ね。」

「待って。リュックの中に何が入ってるの?」

「まず、部屋に運ぼう。赤ちゃん、凍えちゃうわよ、ここじゃ。」

「そうね。」

 赤ん坊は健康上、問題はなかった。ようやくお腹が空いて泣き始めた。咲子は、リュックの中から哺乳瓶と粉ミルクを見つけ、お湯を冷まして粉ミルクを作り、赤ちゃんに与えた。それから、陶子は母子手帳と手紙を見つけた。

「呆れた。捨て子よ。」

「え?まさか。」

「本当。母子手帳あるから、名前もわかるわ。お母さんの名前も、赤ちゃんの名前も。」

「なんてこと。」

「手紙、読んでみるわね。」

ー突然お手紙にてすみません。この子の母です。私には、この子を育てる自信がありません。この子を見ても愛情が湧きません。それより、この子のせいで退学した大学に戻り、恋もしたいし、新しい友達も欲しい。未婚の母で、この子を育てる位なら、いっそこの子を道連れに死んでしまいたい。

この子を育ててくださいませんか?スーパーサカエで見かけた優しいおばあさんお二人に、この子をお願いします。母子手帳、入れておきます。私のことは探さないでください。無責任です。わかってます。でも、これしか私には方法がありません。

        令和二年二月   麻美ー

 読み終えると、二人は顔を見合わせて、

「まあ、ひどいわ。」

「本当に。」

 そして、あの雪の日に牡蠣鍋を食べながら見たニュースを思い出していた。北海道の東の町で凍え死んだ子供。虐待死した子供の話だ。

「このお母さんに子供を返しちゃダメよ。絶対。警察も信用できないわ。結局母子手帳なんて見たら、お母さんのもとに返そうとするに決まってる。」

「そうね、そういうご時世よね。」

 二人は顔をもう一度、見合わせた。

「私たちが育てよう。」

「やるだけやってみようか。」

「待って。施設に問い合わせてみようか?私たち老婆にできることかどうか、もう一度考えなきゃ。」

「でも、しばらく預かろうか。」

「そうね。警察に通報するのはやめよう。警察に言って親元に返されたら、この子が心配だわ。」

 赤ん坊の名前は、椎名桃香だった。生後一ヶ月の女の子だ。産まれたときの体重は二千六百グラム。普通分娩で、母子ともに健康だったそうだ。港中央病院で一月二十日に産まれている。

 赤ん坊はつぶらな瞳で陶子と咲子を代わる代わる見た。咲子は、

「かわいそうに。こんなに可愛いのにねえ。どうしてお母さんはこんなことするんだろう。愛情、私だって湧くわよ、この可愛いお目目。」

 陶子は黙って赤ん坊を見ていたが、思い立ったように、

「来週にでも、施設に相談に行ってくるわ。私たちにできることにも限界があるもの。」

「そうか。」

「かわいそうだけど、施設が最善かもしれないわ。」

 赤ん坊が泣き出した。陶子がオムツを取り替えると、泣き止んだ。

「咲子さん、薬局に行ってこよう。いろいろ赤ちゃんのもの買って来なくちゃ。」

「ええ。抱っこして行こう。」

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