第2話
麻美は産後の肥立ちも良く、子供が泣くと、示し合わせたように両の乳房が張る。子供は望んで授かったわけではなかった。大学受験を終えた三月に、軽い気持ちで性交渉して出来てしまった。一月二十日に無事、女の子を出産した。未婚の母だ。相手の男子学生は出産には立ち会った。しかし、麻美と同学年の大学一年生で、将来もあるからと、麻美の両親とは示談で麻美が育てることになった。麻美は両親の家を出て、アパートを借り、子供と二人で暮らすことにした。子供を抱いて、車でスーパーに出かけた。大学は一年生の途中で退学した。経済的なことは、示談金でしばらくはなんとかなる。
スーパーで買い物をしている時、背中で子供がむずかった。慣れない麻美は、ただ揺すったが、泣き出した。スーパーの中で子供の泣き声が大きく響き渡る。麻美は困ってしまった。そこへ、陶子と咲子が通りかかった。
「若いお母さんね、いいのよ、泣かせておきなさい。お腹が空いてるのか、おむつが濡れてるのかな?早くお家に帰って、お世話してあげてね。」
「赤ちゃんは泣くのが仕事。いいのよ、みんなそうやって大きくなるの。」
「うふふ。大丈夫よ。」
「よしよし。いい子だわ。」
麻美は少しほっとしたように、二人の後ろ姿をみた。赤ん坊はまだぐずっていた。買い物を済ませて、中古の軽自動車に乗り、子供に授乳した。陶子と咲子の二人がスーパーから歩いて出て来た。麻美はそっと車の中から二人のゆく道順を目で追っていた。陶子たちの家はスーパーからすぐだった。麻美は二人が家に入っていくところを見届け、二人の家の場所を見定めた。
麻美はアパートに帰り着いた。実は、子供を持て余し始めていた。大学に行きたかった。それをこの子のために諦めた。働きたいけど、それも出来ない。そして、子供がまた泣き始める。今度はオムツが汚れているようだ。オムツを取り替えながら、
「勉強したい、遊びたい。こんな子、出来なければよかったのに。」
ふと赤ん坊の目を覗き込む。何も知らず、麻美を母と分かってかうすら笑う。
「ああー鬱陶しい。」
麻美は覚えたばかりのタバコを咥えて、ライターで火を付ける。咥えタバコのまま、裸足でベランダに出て、外を覗く。そこへまた、陶子と咲子の姉妹が二人して通りかかる。
「あのおばあさんたち、仲良いわね。暇そうだし。この子、育ててくれないかな。」
しばらくタバコをふかしていた。そして、もう一本咥えて火を付けた。子供の様子を見に行く。お腹も膨れて、オムツも綺麗で、赤ん坊は気持ち良さそうに眠っている。
麻美は大きなリュックに母子手帳とオムツ一袋、粉ミルクの缶、哺乳瓶を入れ、手紙を書き始めた。
しばらく、ボールペンで便箋に手紙を書いていたが、書き終わると、封筒に入れて、リュックに入れた。赤ん坊はよく眠っている。赤ん坊にはさっきミルクをやったばかりだ。
寒くないように帽子を被せ、おくるみで二重に包んだ。段ボール箱にクッションを敷いて、バスタオルを敷き、赤ん坊を寝かせた。上からベビー用の毛布を掛け、掛け布団になるように自分のいつも着ているダウンジャケットを被せた。それから思いついて、赤ん坊の着替えを何組かリュックに詰めた。そしてリュックを背負い、段ボール箱に入った赤ん坊を抱えると、玄関から出て、ドアに鍵を掛け、階下に降りると、車に乗ってスタートさせた。
行く先は、陶子と咲子の家だった。
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