托卵

長井景維子

第1話

淡いブルーの毛糸でざっくりとセーターを編みながら、老眼鏡を指で鼻の下にずらして、レンズの上から窓の外を覗き見た。重く垂れ込めた雲は今にも泣き出しそうで、雪が降るのか、それとも雨か、咲子にはわからなかった。

「お姉さん、雪になるかしら、今夜は。灯油を買っておいてよかったわ。随分冷えるわね。」

「そうね、咲子さん。今夜は鍋にしましょうか。」

咲子は編み物を編む手を止めて、キッチンに行き、冷蔵庫を開けて、

「牡蠣鍋にしましょうか。しめは雑炊であったまるわ。」

 咲子と陶子は姉妹だった。姉、陶子は六十八歳、妹の咲子は二つ年下の六十六だ。咲子は、また元の窓辺の揺り椅子に戻ると、淡いブルーのセーターを編み始めた。


 二人が住む家は、姉、陶子が結婚して夫と子供たち二人と一緒に過ごした家だ。子供たち二人が独立して出て行き、夫は三年前に他界した。妹、咲子は独身のままだった。二人は陶子の夫、雅太郎が他界したときに、一緒に住み始めた。

 百坪ほどの正方形の土地に、二階建ての築四十年ほどの家が建っている。南側が道路に面していて、日当たりは良い。南斜面の丘の中腹に家はあり、両隣は同じように一戸建て住宅が建っていた。庭には程よく植木が植えられていて、車庫には、もう何年も乗っていない古いシルバーメタリックの乗用車が置いてあった。

 雨がポツポツと降り始めた。あたりは夕暮れで日が傾き、寒空に白い太陽が今にも沈もうとしている。陶子は洗濯物を急いで取り込んだ。雨はそのうちにみぞれとなった。かなり冷え込んで来た。

 日がどっぷり暮れた。咲子は牡蠣鍋の用意を始めた。茶の間の炬燵の上に簡易コンロを用意して、鍋を温め、野菜を煮て、よく洗った牡蠣を鍋に入れた。牡蠣鍋はぐつぐつと煮え始めた。陶子も炬燵に座り、二人は鍋をつついた。熱燗を電子レンジでつけて、二人は晩酌も始めた。

「外は雪かしら?さっきはみぞれだったけど。明日、積もっていたら、困るわね。」

「咲子は雪かきが上手だったわね。テレビをつけて。天気予報を見てみましょうよ。」

「ええ。」

 テレビを付けると、ニュース番組が入った。今日一番のニュースは、子供の虐待死だった。実の親が三歳になるかならないかの幼児を寒空にベランダで立たせて一晩放っておいたら、子供が凍え死んだという悲しいニュースだ。北海道の東の方の町だった。

「まあ、酷いわね。本当にかわいそうだわ。」

「こんな親の元に生まれた子供は、かわいそうだわ。子供は親を選べないからね。」

老姉妹は、白菜の煮えばなをふうふう言いながら食べていた。そして、熱い味噌仕立ての鍋つゆをゴクリと飲んだ。テレビのニュースは、天気予報に変わった。横浜市の明日は暖かい良い天気だが、今夜、寒波が来ているらしい。雪の確率は二十パーセントだった。

 二人はしめの雑炊を味わうと、みかんを二つずつ食べた。そして、陶子が片付けを始めた。料理は用意するのが咲子、片付けが陶子と決まっている。

 咲子は風呂に湯を溜めている間、またブルーのセーターの続きを編み始めた。夕方取り込んだ洗濯物を炬燵の中に入れて乾かしておいたので、洗い物を終えた陶子が畳み始める。石油ファンヒーターがゴーっと低く呻きながら部屋を温めていた。そして、夜も更けて二人は眠りについた。


 明くる朝、朝刊を取りに玄関の外へ出る陶子。咲子はオムレツを焼いている。

「助かった。昨夜、雪は大したことなかったみたい。積もってないわ。」

陶子が朝刊を脇に抱えて戻って来た。咲子は、

「そう。よかったわ。今日は晴れそうよね。」

咲子は朝食を作り終え、ダイニングテーブルに並べた。熱いコーヒーを淹れて、マグカップ二つに注ぎ入れ、ランチョンマットの上に置いた。陶子が席に着く。二人は朝ごはんをゆっくり食べ始めた。

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