第3話 迫りくる怪異
こみ上げてきたのは悲しみや恐怖ではなく、怒りだった。
自分の思い通りにならない体、そしてそれ以上の今までの全てのことに対して。
「笑ってんじゃないわよ、悪趣味すぎるでしょう!」
そう言い終えたところでふと体が軽くなり、前に体がつんのめる。
見れば髪は剥がれ落ち、日本人形は少し向こうまで吹き飛んでいる。
どうやら怒りで体が暴れた拍子に、投げてしまったらしい。
まぁ、不可抗力よね。
「お、動いた‼」
「凄いな、怒りで
ふいに、背の高い男の人に手をつかまれる。
白い着物の様な服装のその人は、私の手を引いて走り出した。
「ちょっと、なんですか」
「いいから。捕まりたくなかったら、走るんだ。あと振り返るなよ」
『きえぇぇぇぇ!』
あの日本人形とおぼしき金切り声が響き渡る。
どうやらかなりご立腹なよう。
でもこっちだって、嫌なモノは嫌なのよ。
絶対に振り返ってはいけないって言われなくたって、振り返りたくもないわ。
あんな怖い顔、もう見たくもない。
私たちが走り出すと同時に、鈴の音もスピードを上げて追いかけてくる。
この路地はこんなにも長かったっけ。
いくら走っても、ただ長い塀に囲まれた薄暗い道が永遠に続いているように思える。
『あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ』
壊れたラジオのように、日本人形はただそれだけを繰り返す。
「ったく、本当にしつこいなぁ」
「あの後ろのあれはなんなのですか?」
「ほらよく、お化けとか妖怪とか聞いたことあんだろ。そんなもんだよ。だが、あれは少したちが悪い奴で、気に入った者を神隠しで
「神隠し」
祖母の言っていた、迷信がこんな形で当たってしまうなんて。
いやいや、霊感だってないのにお化けとか妖怪とか言われても困るんだけど。
今まで生きてきて、そういうの見たことないし。
「冗談……ではないですよね」
「冗談なら、ずいぶんたちの悪い冗談だな。俺も真夏に全力疾走する趣味はないんだが? それか、試しに捕まってるか?」
「ちなみに捕まったらどうなるんですか」
「ま、一生帰っては来られないな」
「一生監禁とか遠慮しておきます」
「だろうな」
ただ今手を引いて走っているのも、ある意味おかしなことだ。
だって、私はこの人のことを全く知らないのに、後ろの鈴の音よりマシだと思えてしまうのだから。
「おいおい、ちゃんと走れって」
「そう言ったって、出口すら見えないのに全力疾走しているんですよ。女子高生なめないで下さい。もう体力限界です」
「最近の奴は弱っちいな。そんなことで、どーすんだよ。出口はないわけではないんだ。あいつらの気をおまえから逸らせればなんとかなるんだが」
「逸らすっていったって」
「んー。
ひとがたとはなんのことだろうか。
よく漫画とかに出てくる紙で出来た人の形をしたやつのことだろうか。
「いやいや、普通にそんなもの持っているわけないし」
「今どきのジョシコーセーというのは持ってないのか」
「持っていません。携帯にマスコットなら付いていますけど」
カバンに付いたお土産でもらったマスコットを掲げて見せる。
するとその男の人が振り返り私を見た。
灰色のやや長い髪に、瞳の色も同色だ。
外国人さんなのだろうか。それにしてはとても日本語が上手だけど。
「いや、それでいい」
反対の手を差し出す彼に、マスコットを手渡す。
「痛い」
「悪いな」
マスコットを受け取るだけだと思ったその手が、器用に私の髪を一本引き抜く。
彼は私の引き抜いたその髪をマスコットの首元に引っ掛けると、立ち止まり、塀の奥へ投げ捨てた。
「私のマスコット!」
「静かに」
次の瞬間、目の前は白い世界だった。
私はすぐに彼に抱きしめられていたのだと理解する。
やや甘いお香のような匂いが広がる。
まるで包み込むように、ふわりと抱かれているうちに、先ほどまでの鈴の音が聞こえないことに気付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます