第4話 一族の所以
「はい、お疲れさん」
解放されたというのに、どこかもの悲しく感じるのはきっとこの人がイケメンだからだろうか。
「そんなに見つめて、なんだ、惚れたか?」
「な、別に惚れないですし。さっき会ったばかりなのに、なに言っているの?」
「会ったばかり……な。ま、いいや」
意味ありげに微笑むその顔も、やはりカッコいい。
歳は二十歳より少し上くらいだろうか。
着物を着ているところを見ると、芸術家かそっち方面の方だろうかなどと、ぼんやり考えた。
「あの、助けていただきまして、ありがとうございました」
私はしっかりと頭を下げて、目の前の彼にお礼を言う。
何が起きたのかはイマイチ分からないけど、追いかけてくるアレに捕まっていたら、元の世界には戻っては来れなかった。
そんな気がした。
「って、ここどこ」
先ほどの塀で囲まれた日陰の道ではなく、私たちはなぜか竹林にいた。
そしてここは息苦しさも、怖さもなく確かに私が元いた世界だ。
「おいで、こっちだ千夏」
「え? どうして私の名前を?」
彼はそれに答えることなく、再び私の手を引き歩き出す。
竹林を抜けるとそこは、よく見た景色だった。
「ここ、家の裏手じゃない」
ちょうど家の裏側にある小さな
「嘘でしょう……。コンビニまであと少しだったのに、また家に戻って来るなんて」
「おい、気にするところはそこかよ」
やれやれと言わんばかりに、額を押さえながら首を横に振る。
しかしそうは言っても、家を出てから散々歩いて走ったのに、またスタート地点に逆戻りとは。
ついてない以上に、最悪だ。
走りすぎて足も痛いし。体力だって残っていない。
もうコンビニ行く気力すらないよ。
「でも、どうしてここに」
「ここが俺の家だからだ。ここに道を繋ぐのが一番簡単だったからな」
「え、家? この家は、うちの家ですけど」
母屋を指さしながら私は考える。
こんなイケメンの親戚など、うちにいたっけ。
いたらさすがに覚えてそうなものだけど。
「こっちだ、こっち」
彼が指したのは、家ではなくこの小さな祠だった。
「……ああ、野宿している人」
「アホか。俺はこの祠に祀られた
「えっと、妖怪?」
「違うとは言わないが、せめて神様と言え。最近の奴らはすぐ自分たちと違うものを見ると妖怪やお化けの
「へー、なんだか大変ですねー」
「おい、信じていないだろ」
「イエイエ、シンジテマスヨー」
さっき追いかけてきたのが神隠しで、助けたのが狐の妖怪というか神様?
いくら季節的にそういう時期だとはいえ、あり得ないだろう。
今まで一度だって、そんなもの見たことないのに。
「まず先に言っておくぞ。今回俺が助けたのはあくまで気まぐれで、助かったのも偶然だ。あの時千夏が自分で動けなければ、確実に連れて行かれたんだからな」
「別に恩着せがましく、神様ならいつでもどこでも助けてもらえるはずなんて言いませんよ。それより、本当に人ではないの?」
目の色は確かに私たちとは違うと思ったけど、姿形は人そのものだ。
それに神様と呼ばれる方がカッコいいとか言うし、なんかあまりにも俗物すぎないだろうか。
「ケモ耳も、もふもふ尻尾もないのに」
「あのなぁ、そんなもん出して歩いてたら、フツーに考えておかしいだろう。どんな世界だよ」
「いやいや、自称神さまにどんな世界だよとか、ツッコまれたくはありませんから」
「いいか、まずこっち側と向こう側っていうのは、隔てた薄い膜が張られただけの平行世界のようなもんだ。薄い膜を破って出てくることもあれば、入ってしまうこともある。ほらよく、
「でも私、見ようなんて思ったこと一度もないですけど」
関わったところで一文の得にもならないことは、遠慮したい。
さっきみたいに追いかけらるのはもう嫌だし。
元々お化け屋敷だって、大嫌いなのに。
「見たくないと思っても、お前は別だ。名の
「は? なんですかそれ」
「関家……。名の由来を知っているか?」
「由来って、どっかの藩主だったとか神官だったとか、大昔の話ですか」
「ああ、それもそうだ。しかしそれ以外に、関という由来には関所の関という意味と、川をせき止める
せき止めるための堰。
もし今の話が本当だとするならば、本家はその中心で分家がそれを支えてきたということになる。
父の言っていた仕方ないという言葉が、ここに結び付くのだとしたら……。
今本家には、祖母の姉である大婆様以外、誰もいない。
何年か前の事故で、本家の人間がみんな死んでしまったからだ。
ここに帰って来た日に、祖母が分家の中から本家の跡取りを選ぶなんて言っていたっけ。
だとしても。
いやいや、今自分の目でそれを見たからといってそんなどこかの物語みたいなこと、信じられるわけないじゃない。
「そんなこと言われても、私は今まで妖怪とかお化けなんて見たことも聞いたこともなかったし」
「だが、実際におまえは見ただろう」
「……」
そうだ。
神隠しに追いかけられる前だったら、きっと明日本家に行って同じ説明をされたとしても絶対に信じなかっただろう。
今は小説の世界のことと言いつつも、なんとなくこの話が嘘ではないということが分かる。
「だいたい、この町には一番あふれてはマズいものがあるだろう。平家に敗れた源氏がいた
「それがうちの一族」
「そうだ。しかし本家の人間がみんな死んで、当主はすでに高齢で力がなくなってきている。次の当主が誰になるのかと、人間でなくてもみんな
「もしかして私が追いかけられたのって」
思わず、彼の服を掴む。
たったそれだけのことで、あんな怖い思いをするなんて。
だいたい、私は家を継ぐ気なんてこれっぽっちもないというのに。
「ま、興味本位だな。理不尽だと思うが、人間とそれ以外のモノは理念が違うんだ。人を食べるためにいるものや、人はオモチャだと思っているもの、自分と同じように向こうの世界に引き込もうとしているもの。そんなのが、人と同じ数ぐらいいると思えばいい」
「……もしそれが本当だとしたら、どうしてあなたは私を助けてくれたの?」
彼の瞳をじっと見つめる。
「言ったろう、ただの偶然だと。それに俺としては、助けた対価さえもらえればなんでもいいんだ」
少なくとも、その瞳は嘘を付いているようには見えなかった。
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