第2話

「うーん……ん?」


 もぞもぞしていたら、布団の匂いがいつもと違うことに気付く。

 目を開けると、隣のふわもこした物体が目に入る。


「…………あぁ」


 そうだ。

 あの後、おねえさんの家に連れて行かれたんだった。


 掛け布団を共有しているらしく、お互い密着していた。

 こちらが動けば起こしてしまうくらいの距離感。


 ベッドの上にある目覚まし時計を見る。

 時計の針は昼前を指していた。


 授業は既に始まっている頃だ。


 今までサボったことないのに……。

 でも、なんか――気持ちいい。


 申し訳なさよりも、今までしたくても出来なかったことをしている背徳感が勝った。


 隣にいるおねえさんを見ると、横向きで背になっていて顔は見えない。

 よほど疲れているのか、寝息を立てていた。

 もしかしたら、私がいることすら忘れているのかもしれない。


「う……トイレ」


 尿意を催す。


 知らない人の家を勝手にうろつくのはまずいかもしれない。

 いや、トイレだけなら許してくれるんじゃない?



 おねえさんを起こさないように、ベッドから抜け出すことに成功した私はそのまま、1階に降りた。


 昨夜、トイレと風呂場を使わせてくれたので場所は知っている。

 廊下からリビングを経由して脱衣室へ向かう。

 脱衣室のドアを開けると目の前にトイレがあった。


 おねえさんの家は2階建ての一軒家だが、あまり見ない間取りだなと思う。

 他人の家でリビングを経由した上で、脱衣所の中にトイレを併設しているのは見たことがない。

 新築っぽく感じるけど、金持ちなんだろうか……とか考えながらトイレを済まし、部屋に戻る。



 昼前とはいえ、遮光カーテンで薄暗くなっていて、開けるべきか悩む。

 しかし、薄暗い部屋で家主が起きるのを待つのはしんどい。

 申し訳ない気持ちをぐっと堪えて遠慮なく開ける。


「んぁ……ぅ〜」


 一気に光が入ってきて目覚めたらしいおねえさんが呻き声を上げる。


「もうお昼ですよ」


「んぅ〜」


 もぞもぞし始めたので、起きるかと思ったら頭まで布団を被ってしまった。


 もう朝なのに……。


 呆れた私は、おねえさんの体を揺する。


「起きてくれませんかー。さすがにシャツ1枚で放置されるのやですー」


 走ったせいか部屋着は汗でしっとりしていて、家に着くまで気持ち悪かった。

 帰り道、おねえさんが『大崎の自宅から走ってきたぁ!?』と呆れていた。

 家に着くと『汗かいてんでしょ、風呂入れば?』と風呂場に案内してくれて、ついでに服も洗ってくれた。

 大きめのTシャツを用意してくれたので、今それを着ている。


 今着ているシャツはおねえさんが持っている中で一番大きいサイズらしい。

 それでも動けば股間がギリギリ見えそうなサイズなので心許ない。


 リビングとかに洗濯物があれば勝手に取り込んでやろうと思ったが、どこも見当たらなかった。

 下着はさすがに乾いているだろうから、パンツだけでも履かせて欲しい。


「あちょ……ごふん……」


 布団の中から、昨日よりもさらに舌足らずでかすれた声が聞こえた。


 あ、寝起きが良くないタイプだ。


 言われた時間通りに起こしても絶対起きないやつ。

 親友のかなもそうだったんだよね。


 友達ならともかく、昨日初めて会ったばかりの人に無理強いするのは気が引ける。

 でも下を何も着けずに待つのはもっと嫌だ。


 ……そうだ。かなにしてやった起こし方なら効果あるかもしれない。

 今後会うこともないだろうから、怒られたり嫌われても運が悪かったで済むし、試そう。


 耳があるであろう場所に寄って囁く。


「おねーさーん、5分経っても起きなかったら、布団ひっぺがして、ちゅっちゅしちゃいますよ〜?」


「ん〜〜ぅ? んん〜」


 唸り声上げながらもぞもぞし始めた。


 よし!

 やっぱり効いてそう。


 更に声を掛ける。


「ちゅっちゅされたくなくば、起きてください〜」


「ちゅらぃ……おちるからぁ……ちっとんまっちぇ……」


 昨日聞いた以上の舌っ足らずで、ふにゃふにゃしていて聴き取れない。


 かな以上に寝起きが良くないようだ。

 ただ、ずっともぞもぞしているので起きる気はあるらしい。

 大人しく待つことにした。


「うぅ……」


 しばらくして、起き上がったものの目を閉じたまま唸るだけで、本格的に起きていなそうだった。

 この状態で聞くのも酷かもしれないけど。


「すみません、パンツだけでも履きたいんですけど」


 聞き取りやすいようにはっきりした声で聞いてみる。


「ぅん……ふぉんぁにぃほちてぅ〜」


 ドアの方に指を差してなんか言っていた。

 滑舌が怪しく、聴き取りに苦労したが『風呂場に干してる』と言いたかったんだと理解した。


「風呂場ですね? 取りに行っていいですか?」


「うぅん……」


 頷いていたので肯定と受け取って部屋を出て、階段を降りて風呂場に向かった。



 脱衣室に入ると、さっきは気付かなかった換気の音が聞こえる。

 風呂場のドアを開けると、天井に昨日入った時はなかったポールが吊るされていて、洗濯物はハンガーに掛けられていた。

 下着類を触ってみると全て乾いていた。


 その場でシャツを脱いで下着を着ける。

 部屋着は少し湿りがあるものの、着れる程度に乾いていた。


 うーん……まぁ、帰る気ないし、しばらくこれでいいかな。


 さっきまで着ていたシャツをまた羽織って脱衣室を出る。

 丁度おねえさんが降りてきたらしく、廊下に繋ぐドアから眠そうな顔で出てきた。


 さっきより舌っ足らずは少し良くなったものの、ふわふわした発音で『そこにすわりな』とソファを指差してきたので、言われるがまま座る。

 遠慮がちに座ると、キッチンにいたおねえさんが両手にバナナ2本持って来た。

 1本を私に差し出してきた。


「すまない、いつも起きたてはバナナかプロテインバーしか食べなくてな」


 寝起きで機嫌が良くないのか、むすっとした顔で、ふわふわした発音なのに圧を感じた。

 しかし、そういう態度は大抵眠いだけだとかなで経験しているので、気にせずバナナを受け取る。


「いえ。むしろ助かります」


 私も朝はあまり食べれないから丁度良い。

 バナナも1本が大きいので十分腹も満たせる。


 ソファでおねえさんと並んで、ちまちま食いながらテレビの朝情報番組を眺めていると、先に食べ終えたらしいおねえさんが話しかけてきた。


「なぁ。誰か起こす時って、いつもあれなの」


 一瞬なんのことかと思ったが『起きなければちゅーする』と言ったことについてだと気付いた。


「え? ……あぁ。親友にやってました」


「起きなかったらマジですんの?」


「ほっぺとか額あたりにしますね」


 かなに対しては効果てきめんで、最初は嫌そうな顔で起きてくれていたけど。


「あぁなるほど、そういうノリね」


「もしかして不快でした?」


 怒られてもいいと思ってしてみたけど、いざ何か言われるかもと思うと、ちょっとへっぴり腰になる。


「別に。そういう年頃の子がやるの、当たり前なのかなって気になっただけ」


「ほかの友達は私みたいな起こし方しませんけどね」


 ほっぺにキスをするだけで大騒ぎするほど初心な子で、ちょっと心配になるレベルだった。

 数年したらやり手も分かったんだか、慣れてきたんだかで動じなくなってきた。

 起きなくなってからは仕方なく蹴飛ばして起こすようになったけど。


 おねえさんはあんまり不慣れな感じしなかったけど、エンジンが掛かるのが遅いだけで、起きてくれたのはラッキーかも。


「そうね。やっぱ普通はしないよな」


 おねえさんは気にしていないようでさらっと受け流す。

 食べ終えたバナナを摘まんで立ち上がる。


「んと、飲み物持ってくるけど、コーヒーとココアどっちが好き? どっちもダメなら牛乳か水しかないけど」


「あ……コーヒーで」


「砂糖と牛乳いる?」


「どっちも入れてもらえますか」


 さすがにブラックで出されたら飲めないので、素直に申し出る。


「分かった、淹れてくる」


 おねえさんはキッチンへ向かった。

 リビングとキッチンが一体化していて、後ろ姿でコーヒーカップを出す様子が見える。


 しばらくすると、機械のうなり音が響く。

 私の知ってるインスタントコーヒーの淹れ方じゃないなと思いつつ、おねえさんの後ろ姿を眺めていた。


 数分すると、2人分のカップを一旦こちらのテーブルに置いて、砂糖の入った瓶と牛乳を持って戻ってきた。


「はい、好きに入れちゃって」


「ありがとうございます」


 おねえさんはブラック派らしく、何も入れずカップに口を付ける。

 カップに砂糖と牛乳を入れてスプーンで混ぜてから一口飲む。


 ……!

 あまり苦くない!

 なんでだろう?

 機械でコーヒーを作ると美味しくなるのかな?


 自分がいつも飲むインスタントコーヒーと全然違うことに感動していた。

 一口一口味を噛み締めるように飲むと――。


「……あまり気ぃ進まんけどさ、家に帰りたくないってなんか理由でもあんの。ただの喧嘩じゃそうならんでしょ」


 急にぶっ込んで来て、つい居住まいを正した。

 おねえさんは相変わらずだらけた体勢で、私との温度差を感じる。


 半分に減ったコーヒーを眺めながら、どこから話すか悩みながら口を開く。


「ん……その、今回はそこまで酷くは。ただ、ちりつもというか」


 よく考えてみるとあのレベルの言い合いは母からしてみれば、いつものことで家出の直接的な原因とは思わないだろう。


「あぁね。我慢しすぎて爆発しちゃった感じ?」


「はい……」


 見ず知らずの人にどこまで話していいか悩んで、なかなか話せずにいた。


「んとね、あたしも高2ん時、親と喧嘩して3ヶ月くらい学校サボったことあんの」


 突然、おねえさんが身の上話を始めた。


 なかなかな内容なのに、おねえさんはさらっと語りながら、コーヒーに口を運んだ。


「3ヶ月も……!?」


 3ヶ月も学校をサボったことに驚いて、聞き返す。


「そ。家は帰ってたけど、どう話せばいいか分かんなくて避けてたし、勉強も手ぇつかんしイライラしてたからサボってた。あの頃が一番はっちゃけてたなー」


「3ヶ月ってことは、その後ちゃんと学校に行ったんですよね」


「うん。学校から『おたくの娘さん、このままじゃ留年しちゃいますよ』って連絡きたらしくて。普段怒らんパパもさすがにキレたみたいでね、わざわざ仕事を休んであたしを捕まえにきたんだよ」


 パパって呼ぶんだ、可愛いな……。


 しかし、内容が予想以上に強烈すぎて微笑ましくいれない。

 おねえさんには叱ってくれる父がいるんだ。

 なんだかそれが羨ましく感じた。


「んで、家に居づらいなら出てもいいけど、その代わりきちんと卒業して大学も行ってくれって言われて、折れちゃった感じ」


「そうなんだ」


 片親の私はどう反応すべきか分からず、相槌を打つしか出来なかった。


「んまー、あれだよ。子供って選択肢も少ないしで、どうしたって親とぶつかんなきゃいけないし、つらいよな」


 おねえさんは苦笑いしながらコーヒーを少しずつ飲む。

 それから話す素振りはなく、どうやら身の上話は終わりらしい。


 私がどこまで話していいか分からないのを察してくれたんだろうか。


 私の悩みなんておねえさんと比べれば些細なことかもしれないけど、この人になら何を話しても受け入れてくれるかもしれない。

 頭の中で思いついたことから口に出してみる。


「……その、弟が障害者で。そのせいでお父さんと離婚しちゃったんですよね」


「そうなのか」


 傾聴してくれているらしく、相槌を打ちながらコーヒーを啜っている。


 続けても大丈夫かな。


「それで、……お母さんはずっと荒れてる弟ばっかり構うんです。私にはちゃんとしてほしいっていろいろ押し付けられて。でも、ずっと嫌だってはっきり言えなくて。今やってることもほとんどお母さんから言われたのをそのままやってるだけだし…………」


「うん」


「で、高校生になって、なんか違うなって思ってやめようとすると『もったいない』って言われるようになって……?」


 我ながら何を言っているのか分からなくなってきた。


 一颯のこと、話す必要なかったかもしれない……。


「うん」


 おねえさんは気にしていないらしく、相槌を打ってくれた。


「ええと、それで、今回は大学に行くのやめるって言ったらまた『もったいない』って言われて」


「ほう」


「なんか……今までのことも思い出しちゃって、ついカッとなって――出てきちゃいました」


 話してみて我ながら子供だなと、溜め息をつく。

 お互いカップに口を付ける。


 ええと、あとは何を話せばいいんだっけ……。


 気まずくなって、次の話題を探すと、おねえさんの口が開く。


「そっか。親の気持ち、分からんでもないが、歯がゆいわな」


 どちらの味方でもない言葉に安堵する。


 ――というよりも、私の悩みを理解してくれていることが嬉しかったのかもしれない。

 私が知っている大人は全員、私が悪いと言うだろうから。


「お母さん、大学生の時に私がデキて中退したって聞きました。だからなのかな、大学卒業までしてほしいと思ってるのかも」


「あぁ……そっか、うん」


 おねえさんが難しそうな顔をしながら相槌を打つ。

 母からは口外しないように言われていたから、普通の家庭ではあまりないことなのは知っていた。

 おねえさんの反応を見て、やはりおかしいんだと改めて気付かされる。


「大学でやりたいことも見つからないし、働いて早く自立した方がお母さんも楽になるのに」


 一颯のことを考えれば、進学するより、自立した方が負担が減るのではないかと思う。


「んー。高卒は大卒に比べて給料低かったり、場所によっては差別されたりするらしいし。メリットデメリットを考えたら、短大でもいいから大学まで行った方がいいってのはある」


 母は一度もそんなデメリットがあるなんて説明してくれなかった。


 母は大学中退した上で、私を育てながら今の仕事に就いたとしか聞かされていない。

 仕事の話もあまりしないから母の苦労も知らない。

 何故大学生なのに私がデキちゃったのか、中退してまで私を産んでくれた理由は聞けなかった。


「おねえさんは、そういうので苦労してたんですか?」


 おねえさん自身も高卒だからこそ苦労しているんだろうなと思うくらい、解像度が高かった。


「いや、経歴で苦労はあんまないね。仕事柄、いろんな親と話すけど、高卒はそれなりに苦労してるっぽいのは聞かされるよ」


「仕事柄?」


「そ、今は塾のセンセイしてんの」


「……え、そうなの」


 言われてみれば、昨夜のスーツ姿はまさにそれっぽいと思い出す。

 どれだけお洒落な服を着ても身長や顔つきに差があると、馬子にも衣装と言われてもおかしくないのに、私が見てきた女教師より先生だと今更ながら思う。


 ……妹って言った時点で説得力ないけど。


 口が悪い割に落ち着いてるのも、その影響だったりするのだろうか。

 今までで口が悪い教師を何人か見てきたけど、ここまで嫌悪感がないのは初めてかもしれない。


「んと、せっかくだし名刺渡すわ」


 テーブルに置いてあったスマホケースから名刺を出して渡してくれた。


 名刺には天星てんしょうセミナーの塾講師、名前は市瀬いちのせ莉桜りおと書かれていた。


「かっこいい名前ですね」


 見た目に似合わず……というのはさすがに言わなかった。


「んー、そうね。電話でその名前出すと男だと思われて、その流れで面談するとビビられる親いるからめんどくさいけど」


「……確かに声も中性的だし間違われそう」


 可愛い見た目の割に中性的な声質しているので、電話だと実際話すより男性っぽい声に聞こえるんだろう。

 昨日も叫び声だけ聞いて一瞬ヤンキー同士の喧嘩かなと思ったくらいだし。


「んん……あたしは気に入ってんだけどね。すまないな、名乗ってなかったのさっき気づいた」


 律儀に頭を下げて来たので慌てていやいやと返す。


「あ、私も名前言ってないかも。えっと、……うがみひなって言います」


 少し躊躇ったが、口伝なら問題ないかと思い直して名乗る。


「うがみ? それなりに人の名前聞いてきたつもりだけど、初めて聞いた」


 生きていて一度も同じ苗字の人と会ったことないし、たまにテレビで同じ苗字のいたよね〜って言われるけど、それくらいで珍しいのは仕方ない。


「同じ漢字ならどっちかっていうと“うがじん”とか……その方が聞くかもです。通じる人、少ないけど」


「あぁ宇賀神うがじんかぁ。宇賀神を頭に乗っけたのが宇賀弁才天って、聞いたことあるな」


 さすがは塾講師だろうか、通じるとは思わなかった。

 苗字も宇賀神うがみより宇賀神うがじんの方がまだ聞き馴染みあるらしいものの、宇賀神うがじん才天そのものを知ってる人はあまり見かけない。

 私も由来を調べなきゃ存在も知らなかったけど。


「ふーん、宇賀神うがみねぇ。そっちもかっこいいんじゃない」


「一発でうがみと言われたことないし、名前も含めてあんま好きじゃないです」


「ひなも?」


「うん……数字の“一”に華麗の“華”と合わせて一華いちかと書いてひなって読むんです」


「あぁ、いちかでひな。……なるほどね」


 複雑そうな顔をしていたが、確かにややこしそうだなと思う。

 私だって一瞬で理解出来るかも分からない。

 でも他に説明しようがなかった。


「分かりづらいですよね」


「……キラキラネームとはまた違った苦労しそうだな」


 実際病院とかでよく間違われるし、学校でも毎回自己紹介する時は振り仮名付きだから皆より苦労しているとは思う。

 慣れているつもりだけど、たまに煩わしい時がある。


「“うがかみいちか”とか言われたら、もうめんどくさくなっちゃって、訂正するの諦めます」


「まぁそうなるよな。あたしも電話で男だと思われてんなーと気づいても、わざわざ言わんし」


「よかった、私だけじゃなかったんだ」


 おねえさんは間違っていることはきちんと正したいと思っているように感じたので、そういう側面があるんだと知ってほっとした。


「分かるよ。そういうのにわざわざエネルギー使いたくない」


 所々ものぐさな言動や雰囲気はあったので、言われて納得はした。

 そういえば最初は事情を聞きたくなそうな雰囲気だったのに、いきなり泊めてくれたの何故だろう。

 そういうものにエネルギーを使いたくないなら、そこまでしなそうなのに。

 それとも恩はきちんと返すタイプなのだろうか。


「あの、なんで泊めてくれたんですか。最初あんま、関わりたくなそうな感じしてましたよね」


「ん〜? 最初はよく見るタイプの家出少女かなと思ったけど、身なりとか、話してみてそうじゃないなって気づいたのと、いい子っぽそうだし、一晩泊めたらさすがに落ち着いて帰るかなと」


「……そうですか」


 分かってはいたことだけど、さすがに落ち込んだ。

 正直言って落ち着いてはいない。

 積もり積もった感情は一度爆発したところでスッキリする訳もなく、むしろ自由に生きようと思えば出来るのではなかろうかという謎の自信は出てきた。


「んで、お母さんとどうしたいの」


「……分かりません。でも、あの家にいるのは、もう疲れたかな」


「帰る気ないのね?」


「んー……そう、ですね」


 帰りたくないと言うのもわがままに聞こえるかもしれないんじゃないかと、思わず濁しかけた。


「そっかぁ。これ以上ここにいさせても、未成年者略取罪とかで捕まりそうだしなぁ。そちらのお母さんがよければ、あたしが間に入って話聞こうか」


 聞き慣れない言葉だったが、私がいることでおねえさんが捕まるのは嫌でも理解した。


「え、そこまでしてもらうのはさすがに」


 塾の生徒でもないのに、人の家庭事情に入り込んで貰うのは悪い気がした。


「昨日のお礼の延長ってことで。話し合わないと伝わんねーことあるし」


「うっ、それはそうですけど」


「ダメだったらその時に考えよ。そんくらいならあたしでもできるから。もしかしたら今警察行ってるかもだし、連絡してやらんと」


 母が警察に行って、捜索願を出されて大事にされては困る。

 少し悩んで、このおねえさんになら母ときちんと向き合ってくれるのではないかと少し期待してしまった。


「……分かりました。お願いします」

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