臆病なあんずは莟(つぼみ)に籠る
燈夜月(ひよづき)
1~
第1話
「なぜ大学に行かないの、もったいないわ」
スーツ姿で疲れ切った顔の母から放たれた言葉。
――
いつぞやだか弟である
私は全然自由じゃない。運動や勉強をすることも、今の高校を選んだのも母に言われたから。みんな私のことを分かっていない。
「お母さんは私のこと、いつまであれこれ言わないと動かないと思ってるの? お母さんがもったいないことはすぐやめさせるくせに! お母さんに私のなにがわかるって言うの!」
もう限界だった。あの後も色々何かを言っていた気がするが、目の前にいる人に感情をぶつけるのもだんだん煩わしくなって、勢いでマンションの一室から飛び出て夜の住宅街を走る。
涙で滲んで私が観る世界は輪郭を失せて曖昧になっていた。
土地勘に頼りながら何も考えず走り続けると、やがて煌びやかな光が見えてきた。
立ち止まると鼓動がどくどくと規則的に鳴っているのが伝わってきて、マラソンした時の高揚感を思い出す。
しばらく経って少し冷静になり、袖で涙を拭って周りを見ると見慣れた光景で、何時間も走っていたような感覚に陥っていたものの知っている場所だと安堵する。
残暑が続いているようでまだ暑く汗が止まらず、喉が焼けるように痛くて息も苦しい。夜なのに駅前は人の気配が絶えずいつもよりうるさく感じた。
「ばからし……」
自分の格好を見て嘲る。スポーツブランドのロゴが入ったTシャツにジャージ姿で、傍から見ればランニングしているように見えても、部屋着として着回しているものでしかも財布どころかスマホすら持っていなかった。
お金も連絡手段も持たずここまで来るなんて本当に馬鹿だ。これからどうするか考えるのも面倒くさい。
あてもなく駅周辺をさまようと、怒号が耳に入ってきた。
「そんな趣味ねーって!」
男っぽい声の割には、私の知っている男よりは圧が弱めで思わず声のする方へ振り向く。
「あ〜? ちょーっと遊ぶだけじゃん」
「しつこい、誰が行くか! ――ッ」
ネオンの明かりに反射されて見えにくいが、ゆるふわなハーフアップにお洒落なスカートタイプのスーツを着ている割に、その格好に見合わないゴツいリュック、パンプスを履いてなお百五十も無さそうなちんちくりんな子が大学生くらいの派手そうなお兄さん二人に絡まれていた。
「可愛い見た目の割に口悪いねぇ。メンタル豆腐だから優しくしてくれよぉ」
「おにーちゃん、ときめいちゃったなぁ。泣かせたくなっちゃう」
「あぁ? きっもいな、離せっ」
ガタイのいい男の方に腕を掴まれて、必死に振り払おうとしていたが、見た目通り非力なようで振り解けていない。それでも威勢だけはよろしいのか、必死に抵抗している。
体型的に小学生……いや、服装が年齢の割に大人っぽいからせいぜい中高生あたりだろうか。下手したら私と同じ歳かもしれない。なんたってここは夜中でも若い子が着飾って歩き回る治安の悪い場所で有名らしいから。……らしい、と言うのはこの時間帯にあまりこの辺を歩いたことが無く、実際見たことなかった。周りを見れば私と同じくらいの歳の子が何人か歩いていた。
こんな時間に着飾って何をしているんだろう。塾やらバイト帰りならともかく、何も持たず部屋着で飛び出した私も言えたことじゃないけど。
友達と遊んでいるというよりは、所謂ナンパと言うやつなのかな。あの子、大分困っているというか、キレ散らかしながら振り解こうと必死だし。助けてあげるべきなのかな。……いざとなれば、あの子を連れて走れば何とかなるかも?
深呼吸して、ガタイのいい男目掛けて近寄ると腕を掴んだ。
「あ?」
「え……」
いきなり手を掴まれた男達は私をじろじろと見つめてきた。
「嫌がってるでしょ、離して」
「なんだおめぇは」
「なに? こいつのおねーさんかなんか?」
ひょろそうな男が小さい子に目配せするが、小さい子は目配せをスルーして私を見つめた。ここは話を合わせた方が良さそうな気がするなと瞬時に頭を回転させる。
「はい、私の妹です。一緒に帰るつもりだったんです」
「お、おい……」
小さい子にお願い、話を合わせて。と目配せをした。
「じゃあさ、一緒に休憩してこーよ。ちょうど四人になったしさ」
「いいなそれ。四人でお楽しみするのも悪かねぇ」
うわ……お兄さん達なんかキモい、とドン引きしつつ何ですぐ引いてくれないんだろうとだんだん腹が立ってきた。
「ちょっと! こいつは関係ねぇぞ」
小さい子が私を庇うように声を被せる。
何で逆に私を助けようとするのか分からなかった。
さっき走ったせいだろうか、ドーパミンが溢れ出て不思議と怖くない。それどころかさっきまで母とやりあった怒りがだんだん溢れてきて、矛先を全て片足に向けるように地面をダンッと叩くと三人がびくりと固まる。
「……私、今と〜っても虫の居所が悪いんですよね。疲れててイライラしてるし……妹もやっと見つけたし、早く帰らせてほしいんだけど」
「だったらホテルでさ――」
ひょろそうな男がニヤニヤしながら私の方に近寄ってきたので睨みつける。
「しつこい。警察呼んでもいいの?」
ポケットに手を入れる。スマホ持っていないし呼ぶ手段無いけど、ハッタリとしては十分だと思いたい。
「なぁ先輩、こいつ怒らせたらやべーかも」
ひょろそうな男の方は私のハッタリが効果てきめんだったらしく、ガタイのいい男に縋ってビビっているらしい。
「ちっ、ガキが大人づきやがって」
「――ッ!」
ガタイのいい男が腕を振り払って、掴んでいた小さい子を離した。私の方に飛び込んできて反射的に受け止める。大きいリュックを背負った分のしかかっても軽く、余裕で私の体にすっぽり収まった。
男達の姿が見えなくなると、小さい子がもぞもぞと動く。
「あ、大丈夫?」
「ん……、あたしは大丈夫。すまないな、巻き込ませちゃって。これだから夜の街は嫌いなんだよな」
小さい子は私に抱えられながら溜め息をつく。
男っぽい声だと思ったが、よく聴けばハスキーっぽい感じの舌っ足らずな喋りだ。喋り終わると舌打ちしてきて、見た目と合わせてとても生意気そうな子という印象を持つ。
まぁこのくらいの子供なら仕方ないか。
「はぁ。こんな時間だし、またナンパされないうちに早く帰った方がいいんじゃない? 親も心配してるんじゃないかな……」
私も言えたことじゃないが、どう見ても私より歳下っぽそうだし。
「……悪いが、仕事終わったばっかでお腹すいてんだ」
思わず絶句した。
仕事って……この子、もしかして私より歳上なの? この見た目で?
小さい子――もといおねえさんは私から離れて身なりを整えながら、体をあちこち触って怪我が無いことを確信したらしく顔を上げる。ネオンの明かりによく照らされて見えた顔は童顔の割にあどけなさは全く無く、どちらかというと可憐で形容し難い感情を押し留めようと一瞬黙ってしまう。
「あぁ、そうだ。まだご飯食べてないなら、よければご飯一緒にどうだ? お礼に奢るよ」
「あ、はい……」
完全に思考停止した私は、目の前にいるちんちくりんなおねえさんの申し入れを一言で応えるのが精一杯だった。
見た目で成人だと思われたらしく、当たり前のように居酒屋に連れて行かれた。
店員から年齢確認されて、身分証明するものが無いと説明したせいでおねえさんは私に対して疑惑の目を向けてきた。結局身分証明出来ないせいで居酒屋を諦めて、近くのファミリーレストランに入る。
奥の方へ案内されて、おねえさんがリュックを先に降ろして奥の方に詰め込んで空いたところに座って、棒立ちの私に座らないのかとジェスチャーされ、慌てて対面になるように向かい合って座る。
「まぁ色々聞きたいことあるけど、お礼ってことだから好きに頼んで」
おねえさんがメニューを取って開くと、仏頂面になってページを捲る。
一緒にメニューを眺めて食べれそうなのを探す。
「えと……じゃあ、これで」
さっきご飯は食べていたのだが、走ったせいでカロリーを消費したのか、ボリューミーなハンバーグセットがどうしても魅力的に見えて、指差す。値段は他のセットより安めなのを目に付けて選んだ。
「他は?」
「あ、飲み物もほしいです」
そういえば喉がカラカラなのを思い出した。
「じゃあドリンクバー付けよう。デザート頼むけどいる?」
「お構いなく」
助けてあげたとはいえ、見ず知らずの人にそこまで厚かましいことは出来ない。
「好きじゃないのか」
「あ、好きですけど……」
「好きなら遠慮なく頼んでいいんだぞ」
何だろう、凄く圧を感じる。
「……じゃあ言葉に甘えて、これを」
適当に目に入った、今時期のフェアで大きく写っていたパフェを指差す。
値段を見るといつも頼むケーキより少しお高めで、それに気付くと訂正しなきゃと慌てると、おねえさんは懸命に手を伸ばして呼び鈴を鳴らしていた。
あぁ……やってしまった。しかもパフェの写真をよく見たら苦手なキャラメルを垂らしていた。
縮こまっていると、おねえさんが店員に注文し終えたらしく、ドリンクを取りに行くと言われたので、喉の渇きを満たすためにお茶系をお願いする。
戻ってきたおねえさんはジュースがそれほど好きじゃないらしく、私と同じお茶系を選んでいた。
受け取ってすぐ飲み干した私を見ながら、ちびちびとコップを傾ける。見られていることが気まずくて、空になったコップを見つめるしかなかった。
「改めて助けてくれてありがとな」
「いえ……」
おねえさんがゆるふわな髪をするりとかきあげながら頬杖をついた。その所作が綺麗で追いかけるように眺める。
「で、言いたくないことあるなら答えなくていいんだけど、ただのランニングじゃないよな。なんで財布とか持たずにあそこへ?」
うっ、そんな言われ方されるとランニングですって誤魔化せない。
「あ……うん、その、親と喧嘩しちゃって」
「ふーん、ちなみに何歳か聞いても?」
年齢を聞かれた。親と喧嘩しているってやっぱり子供のすることなんだろうなと半ば諦めた。
「……十七歳です」
「まだ高校生!? 男を追っ払うくらい度胸あるから大学生くらいかと思った」
「は、はい」
だらしない部屋着でそんな上に見てくれるんだと驚きが先に来た。
普段の私ならあんな男たちを追い払える度胸は無いし、今までの鬱憤を吐き出しただけだったから、それで追い出せたのは助かったかもしれない。
「んー、まぁまぁ……ご飯食べるくらい大丈夫か……うん」
おねえさんは腕時計をちらっと見て、溜め息をつく。
時間的に考えれば大人が高校生をあちこち連れ回すのは後ろめたさを感じてもおかしくないかも。
なんせファミリーレストランに着いた時点で二十二時過ぎていたし。
「すみません、逆に迷惑かけてしまって」
「いや、勝手に成人してると思って確認しなかったあたしも悪い。それにお礼もしたかったんだし」
「こちらこそ、子供だと思って助けちゃいましたけど」
妹って言っちゃったし、なんなら親が心配してるから早く帰った方がいいと子供扱いしてしまった。
「あぁまぁね。そういうのは慣れてるよ。未成年に助けてもらったの初めてだけど」
そう言って肩を竦めながらコップを傾ける。
ですよね。子供だと思って助けたら大人だったって、これから先経験しないかもしれない。
ちゃんと明るいところで見るとパッと見は子供っぽいし、声だけ聞けば男子中学生くらいだと感じるけど、身なりや所作がきちんと大人でちぐはぐさを感じた。
例えばこの場で煙草を吸ってみせても自然に見える。明るめの橙の髪色も相まって煙草吸ってそうな印象が強まっているのは偏見というより、その子の佇まいのせいだろう。うちの友達も明るめの髪色だけど煙草吸ってそうな印象無いし。
なんというか、黙っているとクールと言うよりヤンキーっぽい。口調と目つきのせいかな。
「金もないんだよな。親も心配してると思うし連絡しようか? 迎えに来てもらえるならその方が安心だし」
おねえさんの提案に、一気に冷水を浴びせられたように体が一瞬で冷えていく。
今は母と言葉を交わしたくない。落ち着いたはずの怒りがぶり返しそうになってきたので、何とか誤魔化して家に帰らないようにしなけれぱ。
「あの家にはもう帰りたくないので大丈夫ですっ」
口に出てきたのは駄々こねた子供が言わんばかりの台詞だ。失敗した、これでは連れ戻されてしまう。
「ふぅん? 家庭の事情に首突っ込みたかねぇけど、これからどうすんの。泊まるとこある? ネカフェとかは身分証いるし、年確出来ないから追い出されるよ」
歩み寄るような聞き方だったので心の中で安堵した。しかし油断は出来ない。
何も考え無しに出ていったから、これからどうするかは考えていなかった。学校もあるのに制服も教科書も何も持って来ていない。それどころか財布もスマホも無い。友達の家……は歩いて行くにしても遠いし、頼れそうにもない。確実に詰んではいた。
「……どうにかします」
しかしおねえさんに悟られいてはいけないので、そう答えるしかなかった。
「ん〜。捜索願出されたらもっとめんどくさいよ。顔と名前出されてこの子探してますって貼り出されちゃうし、連れ戻されたら周りに家出したことバレるし? 大人になって家出るまで『あの子、昔家出してたんでしょ。親不孝で嫌ね』って指差されながら耐えていくんだよ?」
「う……」
マンションだし絶対有り得る。ていうかマンション内で既に似たような評判を母越しで聞かされたことがある。何号室の子は良くない噂があるから近付かないようにと。マンションの人に家出がバレて、捜索願出されたら面倒臭いことになりそう。
「虐待とかで困ってるなら警察か児童相談所に連絡して保護してもらおうか?」
「大丈夫です、虐待ではありません」
「どーも、こちらハンバーグセットと季節のクリーム煮パスタでぇす」
張り詰めた空気の中、おどけた声で店員が割って入ってきた。空気が読めない店員に、少しだけ緊張が解れる。
私と同じくらいの年齢の店員が自然にハンバーグセットを向こうに置こうとしたので、おねえさんが制止する。
「ハンバーグはあっち」
「……すんません」
意外そうにしながらも謝って私の方に置かれた。
「呼び鈴してくれたらデザート運ぶんで。なんか御用あればご遠慮なく呼び鈴どうぞー」
凄く砕けた喋りで、バイトだったとして怒られないのかなと不思議そうに去っていく店員の後ろ姿をちらりと見ながら、おねえさんが頼んだパスタに目を遣る。シーフードっぽいのとホワイトソースが掛けられていておしゃれな部類だったので、私が頼んだように見えたのだろう。見た目だけで色々苦労してそうだな、とその一幕だけで同情しそうになる。
「いただきます」
「あ、いただきます」
倣って手を合わせながらちらりと目を遣ると、相当お腹を空かせていたのか、既に食べ始めていた。
きちんと手を合わせて食べるあたり、ちゃんとした家庭で躾られた人だと分かる。黙々と食べながら観察したが、おねえさんは適当に食べる私と違ってパスタの食べ方も凄く綺麗だった。
口は凄く悪いのに、何でこんな綺麗に食べるんだろう。あまりにも差がありすぎて一緒に食べるの恥ずかしい。
「全然美味しくなさそうだな」
「あっ!? いえ、美味しいです」
「なんか眉間にしわ寄せてさこう、こういう顔してたからさ」
パスタを食べながら自分の眉間に指を押さえて私の真似をするように渋い顔をしてみせる。
「あ、う……あ、あまりにも……食べ方が綺麗で……」
「……あん? なんて?」
聞き取れなかったらしく、聞き返してきた。
「食べ方が綺麗すぎて場違いだなって思っただけです!」
言い切ると、おねえさんは咀嚼していた口を止め、呆けた顔で私を見つめ――、
「――ふひっ」
パスタを口に入れたまま笑ったせいか、気持ち悪い笑い声が漏れた。食べながら笑う行為が行儀悪いと悟ったのか、慌てて咀嚼して飲み込んで、咳き込む。
ぼんやりと忙しい人だなと見てて思った。
「んん、場違いてなに。面白いこと言うね」
口角を上げながらそう言うと、スプーンの上でフォークを使ってくるくるとパスタ麺を回す。
「すみません、食べてるとこじろじろ見ちゃって」
「たまに食べ方に綺麗だねって感想くれる人はいたんだよ。でも場違いって言われたの初めて」
スプーンで丸まったパスタ麺を口に入れる。大きい口で食べているのではなく、スプーン半分を口に入れるとそのままちゅるんと消えていった。
「さ、さようですか」
「そうだなぁ、ファミレスみたいなとこでふつーこんな食べ方しないのはそうか。でも癖なんだよな」
「ああっ! ち、違います! 逆です。私が場違いだなって」
「んん? どういうこと?」
意味が通じていないらしいおねえさんは眉をひそめて首を傾げる。
「なんというか……真面目なところ? で食べてるみたいで、あれ、もしかして私の食べ方汚くない? っておねえさんの雰囲気に呑まれちゃったんです」
語彙力が残念過ぎて伝わらなそうな気はした。
真面目なところって何。なんかあるよね、こう、結婚式みたいにちゃんとした格好して行かなきゃいけないみたいなあれ! あれってどう言えばいいんだろう。そもそも結婚式って汚い食べ方したらダメだよね……? 小さい頃、母の友達が結婚式を挙げていて一緒に見に行ったことあるけど、やけに厳かすぎて子供心ながらにきちんと振る舞わなきゃって緊張していた記憶しかない。
「……っふ、ぁはは!」
あわあわしながら腕をぶらぶらと動かしていると、おねえさんは吹き出すように笑い出した。
案の定笑われてしまった。そうだよね、何言ってんだこいつってなりますよね!
しかし大分ツボったらしいのか、テーブルに伏せて苦しそうに笑っている。そんなおねえさんを見て、少しだけど親近感が湧く。あんなに大人っぽい人でも子供のように笑うんだなと思った。しばらくして、おねえさんが顔を上げる。顔が真っ赤で、テーブルの端まで一生懸命手を伸ばしてナプキンを取ると涙を拭う。
「ふあぁ……はぁ。久しぶりにこんな笑ったぁ。このあたしを笑わせるの、なかなかないよ?」
「光栄です……?」
この返し方もどうなんだろう。正解なのかな。
「ははぁ、おもろかった。てか早く食べないと電車乗れなくなるわ」
「あ、はい」
壁に掛かっていた時計を見るともう二十三時になっていた。残ったハンバーグを平らげるとおねえさんが店員を呼んでデザートを出して貰う。
おねえさんはやはり綺麗にケーキを切って食べていた。
ファミレスを出ると夜風が顔を撫でて涼しい。
「ご馳走様でした」
「どういたしまして。さてこんな時間だし、泊まるとこねーならあたしん家に来い。明日仕事休みだし、面倒ごとは起きたら聞いてやる」
「えっ、え……」
そのまま別れると思い込んでいた私は慌てふためく。
「そうと決まったらさっさと帰るぞ。あたしは疲れてんだ」
手首を掴まれる。
「ちょ、ちょっと待って。それでいいんですか!?」
泊めて貰えるのは願ったり叶ったりだが、トントン拍子過ぎて逆に何かされるのではと震えた。
「なに、他にアテでもあんの?」
「いえ……ないです」
「ここまでは助けてくれたお礼ってことにしてやるから、遠慮するな。ほら、電車乗り遅れちまう」
お互い名前どころかなーんも知らないのに泊めてくれるって正気なの? さっきまで私の事情に首突っ込みたく無さそうだったのに、何故?
突然の展開に混乱しながら、ずるずる引っ張られるまま駅へ一緒に向かうのであった。
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