第5話 アニメのギャグシーン、現実ではまあまあライン越えてるの多くね?

「ちょ……やめるッス……何するつもりですか……!」

「ん? 何って……尋問?」

「じゃなんで椅子に縛った上でジリジリ近づいてくるんすか! 尋問って『口頭で問いただすこと』ですよ!」

「あら、ちゃんと口頭で問いただすつもりよ。……でもちょっとは痛くないと答えてくれないかもしれないでしょう?」

「それは尋問じゃなくて拷問の間違いじゃないッスか!?」


 現代日本で人権問題に発展しかねないようなことすんな、とツッコみたいところだったが残念ながら今の僕には不可能だった。

 部室まで戻った際、春名さんにしばらく廊下で待機するように言われてしまったからだ。今の僕は部室から漏れ出てくる会話と物音を聞き流すことしかできない無力な人間だ。


「すまん、小鳥遊……」


 先ほどまで頭に血が昇るほどムカついていた後輩に同情してしまう。

 頭のネジの外れた春名さんからあのパパラッチ少女がどんな辱めを受けるのか、正直予測できなかった。

 平穏に終わればいいけど……と雲ひとつない空を窓から見上げていると、揉み合うような音と共に再び会話が聞こえて来た。


「なっ! 服は……やめっ!」

「暴れないでちょうだい。脱がしにくいわ」


 え? ……いやまさかな、いくら春名さんとは言え最低限の分別は……。


「えっ! なんでそんな物があるんスか!?」

「たまたまあったのよ、たまたまね」

「いや絶対たまたまある物じゃないですよね!」


 ……………………。


「いい格好ね、ちょっと満足かも。一枚、パシャリ」

「ちょっ! 何撮ってるんスか!」


 ……流石に中学生をひん剥いてイタズラして写真撮影はライン越えてないですかねえ! 児ポとか他にも色々な法律に引っかかるって!

 良識を持つ高校生として春名さんを止めなければ、と決心した僕は部室の扉に手をかける。

 別に下心とかはない。……ほんとだよ?


「春名さんそれはやり過ぎだっ……て……?」


 部室に突入すると、そこにいたのは裸にひん剥かれた小鳥遊……ではなかった。

 上下一体となったピンク色のパジャマとよだれかけ、それにヒラヒラなカチューシャを装備した——端的に表現すれば赤ちゃんコスプレをさせられている小鳥遊が泣きじゃくりながら椅子に縛り付けられていた。


「……何起き?」

「蒼山くん、女の子のお着替え中に部屋に入ってくるのはマナー違反よ。ラッキースケベなら別ジャンルでやりなさい」

「いや……僕は……春名さんが小鳥遊を裸に剥いて脅迫しようとしてるのかと」

「心外ね。いくら私でも法に触れることはしないわ」

「いや信用できないから無理だから絶対いつかやると思ってましたってインタビューで答える気満々だから」

「同志にこんなに信用されていないのは悲しいわ……」

「日頃の行いを考えてくれ。……それで、一体全体なんでこんな状況に?」


 何がどう転んだら文芸部の部室で赤ちゃんプレイが始まるんだよ。


「小鳥遊さん、新聞部で他人の恋愛模様を面白おかしく記事にするって話だったわね?」

「ああ」

「私と蒼山くんの間にやましいことはないのだから別に問題ないかと思ったのだけど、小鳥遊さんに後からないことないこと書かれるのは面倒じゃない?」

「そうだな、こいつはそういう奴だし」

「それでやめてもらうにはどうすればいいか考えて……一番手っ取り早いのは、弱みを握ることだと思ったの」

「まあ……わからなくはないけど」

「だから赤ちゃんコスプレさせた恥ずかしい写真を撮ればいいかなと……」

「待て待て待て待て」

「はい?」


 きょとんと首を傾げる春名さんはちょっと可愛かったが、それで騙されるほどお人よしじゃないぞ僕は。


「なぜ赤ちゃんコスプレ?」


 弱みを握るために赤ちゃんコスプレさせるって常人の思考じゃねえだろ。その辺にコスプレ衣装一式がたまたま落ちてたならともかく。


「たまたま部室に赤ちゃんコスプレ衣装一式があったから」

「んなわけあるかあ!!!!」

「そんなこと言われても、あったのだから仕方ないじゃない」


 なぜか呆れたように春名さんは壁際のロッカーを指さす。部員用のロッカーのひとつが開けられており、僕は半信半疑で近づいて中を覗く。


「マジであるじゃん……」

「だから言ったじゃない」


 ロッカーの中には春名さんが言う通り、赤ちゃん用の用具一式が詰まっていた。よだれかけにおしゃぶり、哺乳瓶におむつまである。意味がわからない。

 身動きが取れない小鳥遊は、僕らの様子を見て恐怖に染まった表情で声を震わせる。


「な、なんなんですかこの部活……文芸部のはずじゃ……」

「文芸部だよ、僕の知る限りは」

「違うわ、蒼山くん。文芸部〜ボーイミーツガールを研究する会〜よ」

「もう誰も覚えてねえよその正式名称」


 無駄に長い名称が有り難がられるのはライトノベルのタイトルだけだからな。


「名前なんてどうでもいいです……早く服を返してください……」


 モコモコのピンクパジャマに身を包んだ小鳥遊が弱りきった声を上げる。

 ……いくらこいつが横暴なクソガキとはいえ、流石に可哀想になって来たな。赤ちゃんコスプレが憐憫を誘ってるところもあるかもしれないが。


「春名さん、弱みは撮った写真で十分だろ? 服返してあげなよ」


 脱ぎ捨てられたブレザーやスカートが視界に入るのは、正直居心地が悪い。


「それもそうね、じゃあ服返すから蒼山くんはもう一度廊下に出ておいて」

「はいよ」


 春名さんの言葉に従って再び部室を出たが、小鳥遊の着替え中に廊下に漏れてくる衣擦れの音を聞くのも、それはそれで居心地が悪かった。


「うぅ……もうお嫁に行けないッス……」


 拘束を解かれて制服を着直した小鳥遊は僕らと遭遇した時の元気の良さはどこへやら、机に突っ伏して涙を流していた。

 まあお灸を据えられたと思って諦めて欲しい。自業自得だ。


「それにしても……本当になんでこんな育児用品が部室にあるのかしら」

「春名さんでも気にするんだ」

「いくら私でも部室にこんな不審物があることを看過できないわ」

「気にする基準がわからないな……」


 高校の部室にある赤ちゃんコスプレは確かに不審物だろうが、それならお前は不審者だろ。


「蒼山くん。何か仮説あるかしら?」

「無茶振りだなあ」


 こんな荒唐無稽な状況を推理しろとか言われても、僕は小市民でも古典部でもないんだが。とはいえ安直に考えるとひとつ思い浮かぶことはあったのでそれを口にする。


「……過去に子育てしてた先生が育児道具を保管してた、とか?」

「それはないわ、蒼山くん」

「一刀両断するじゃん……その根拠は?」

「いくら小鳥遊さんが小柄とは言え、流石に赤ちゃんほどじゃないわ。彼女の着ているコスチューム服は大人用で間違いない」

「うわ確かに」


 じゃあマジで赤ちゃんコスプレするための道具確定じゃん。こっわ、そんな奴文芸部にいたのかよ。


「……じゃあ、先代の文芸部員の私物ってことになるんスかね」


 いつのまにか体を起こしていた小鳥遊が口を開く。


「なんだよ、小鳥遊。興味あるのか?」

「これはこれでスクープになりそうなので!」

「調べるのは構わないけど、記事にするのはダメよ。BMG研に家宅捜索が入るかもしれないもの」

「そんな殺生なッス!」

「言うこと聞けないなら小鳥遊さんの恥ずかしい写真はインターネットの海に放流されることになるわ」


 そう言いながら春名さんはスマホをこちらに見せる。その画面には某SNSの投稿ページが写っており、彼女の指は投稿ボタンにかかっていた。当然、小鳥遊の赤ちゃんコスプレ画像が添付されている。


「ぎゃーっ! やめるッス! わかったッス! 記事にはしないです!」

「よろしい」

「真っ当に脅迫だな……」


 見なかったことにしよう。


「にしても、私物っていうのは妥当な線だと思うんだよな。春名さんに何か心当たりは?」

「前にも言ったかもしれないけれど、先輩部員は幽霊部員ばかりで誰とも会ったことがないの」

「とは言っても学校まで不登校ってわけじゃないんだろ? 直接会えばいろいろわかるんじゃないか。部員名簿とかないの?」

「たぶん顧問の先生に言えば手に入ると思う。ただあの人帰るのいつも早いから今日はもういないと思うわ」

「顧問って部活終わるまでは監督者として残ってないといけないんじゃないのか……?」

「てことはまた次回ッスねー」

「え? お前また来る気なの?」


 その後もしばらくの間三人であーだこーだ考えていたけど結局結論が出ることはなく、その日はお開きになった。

 僕は通学バックを背負ってひと足先に部室を出ようとしたけど、ちょうど扉を開いたところで背後から春名さんに声をかけられた。


「ああ、あと蒼山くんに言っておかないといけないことがひとつ」

「ん? 何、春名さん?」

「蒼山くん。さっき」

「ああ、あったね。春名さんが公序良俗に反することを実行しようとしてるんだと勘違いしたから……。もしかして謝ったほうがいい?」

「いえ、それは構わないの。……でも一つだけ確認したくって」

「何? わざわざ改まって」

「あの時……蒼山くんは私が小鳥遊さんを裸にしてたって思ってたのよね?」

「…………うん」


 ……マズイ。


「何がまずいの? 言ってみなさい」

「……なんで考えてることがわかるかは知らないけど、パロディは度がすぎると怒られると思います……」

「話を逸らしても無駄よ」

「……」

「自分で言わないなら私が言ってあげる。……君、ワンチャン小鳥遊さんの裸が見れると思って部室に入ってきたでしょ」

「……ソンナコトナイデス」

「本当に?」

「……」

「何か言うことは?」


 春名さんと小鳥遊が、蔑んだような眼差しを僕に向けている。こういう状況で言い訳を重ねて事態が好転しないことくらい、僕にだってわかる。


「……………………スミマセンデシタ」

「この後、ファミレスで奢りね。限度額なしで」

「文音はジャンボストロベリーパフェ食べたいッス!」


 春名さんの脅迫に、すっかり元気を取り戻した小鳥遊もウキウキで乗っかって来る。


 ……今回、僕の一人負けか? もしかして。

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ボーイミーツガール的恋愛を現実に落とし込むための一考察 立日月 @tatihituki

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