第4話 ラノベがアニメ化すると大体4話目で新ヒロイン出てくるよね
週明けの月曜日、放課後に文芸部の部室へ行くと春名さんが恨めしげに僕を睨みつけてきた。
「……この間はよくもやってくれたわね、蒼山くん」
「ごめんて。お詫びにあの後ラーメン奢ったじゃん」
「あんな体験した後に喉通るわけないでしょ! ほとんど食べれなかったわよ!」
「そんなこと言われても……」
「あなたねぇ……ちゃんと反省してるの?」
「反省はしてるよ。後悔はしてないけど」
「……命が惜しくないようね」
ドスの効いた声を響かせた春名さんの長い黒髪が逆立っているような幻覚が見える。怒髪天を衝くを具現化したらこんな感じかもしれない……。
これ以上からかったら命が危ないと感じた僕は、春名さんを鎮める切り札を持ち出す。
「わかった。文芸部入るからそれで手打ちにしてくれよ」
「……それはホント?」
「ホントホント。流石にこんなことで嘘はつかないって」
初見では絶対関わりたくないと思ったけど、先週春名さんと駄弁ったの実は結構楽しかったしまあいいだろう。
教室ではミステリアスな美人で通っている春名さんと二人きりで部活ができる優越感もある。中身は頭のおかしいボーイミーツガール狂なわけだが。
「そう、それなら正式に同志として迎え入れましょう。あと文芸部じゃないわ、BMG研よ」
「その略称ガチで使うのか……」
大丈夫だろうか。主に版権的な方面で。
「それじゃ、今日の活動を始めましょうか」
「いいけど……何する? また空から落下する実現可能性でも考える?」
「いえ…………それは、しばらく時間をあけましょうか…………」
「アッハイ」
思ってたよりスカイダイビングの恐怖が堪えていたみたいだ。ここまでビビられるとちょっと申し訳なくなってきたな……。
「ん〜……ん。今日はアレにしましょう」
「アレ?」
「まずは……売店で食パンの調達ね!」
「えぇ……」
……なんか嫌な予感してきたぞ。
————————————————
「というわけで次に考えるシチュエーションは『遅刻する食パン少女』よ!」
ホワイトボードを叩く春名さんの逆の手には先ほど売店で買ってきた六枚切りの食パン袋が握られていた。
昼休みに売店でパンを買うたび「高校の売店で誰が食パン一袋買うんだよ」って思ってたけど、その誰かはここにいたらしい。
売店のおばちゃんも放課後に食パン買うどう見ても運動部じゃない僕らのことをめちゃくちゃ訝しげな目で見てたよ。僕だって立場が逆なら同じことすると思うけど。
「これも定番よね。それに『空から降ってくる女の子』と違って再現可能だわ!」
「まあ、確かにねえ……」
「なによ。あまり気乗りしない顔して」
「……僕の主食とはちょっとズレてるから」
「米派ってこと?」
「そうじゃねーよ!」
いや、この言い方は紛らわしかったな……。
「食パン咥えて遅刻遅刻ーってさ……どっちかというと少女漫画とか、男向けならハーレムラブコメの文脈だろ? 主人公とヒロインが徐々に関係性を深めていくのが好きな僕の趣味とは違うっていうか……」
「好き嫌いは……。……! おほん……食わず嫌いは良くないわ?」
「上手いこと言ったみたいな顔するな」
言い直してるじゃねーか。
「ともかく。あまり触れてこなかったシチュエーションを考えることで新しい景色が見えてくるかもしれないでしょう?」
「まあ別にいいけど……で、何するんだ?」
「とりあえず実践あるのみよ。いい感じの路地を探してシミュレーションしてみましょう」
「えぇ……まさかマジで再現するの……?」
食パン咥えて男女が曲がり角でぶつかる状況を何度もシミュレーションするの、はたから見なくても気が狂ってるだろ。
でも春名さんはやる気満々らしい。
「当たり前でしょう? こういうのは体を張らないと見えてこないものがあるのよ」
「一生見えなくていいわそんなもん」
「いいから、行くわよ」
「えー……」
食パン袋を握った春名さんに先導され、僕は渋々部室を出る。このフロアは運動部の部室が多いので、放課後は部員が校庭や体育館に出払っていて基本的に人気がない。
静寂に包まれている廊下を二人で歩いていたら、隣の春名さんが声を潜めて耳打ちしてきた。
「ねえ……私、今、とあるボーイミーツガールのシチュエーションが頭に浮かんでるのだけれど」
……やっぱり気のせいじゃないよな。
「奇遇だな……僕もたぶん同じこと考えてる」
「あら、私たち気が合うのね」
「考えてることが本当に同じならな」
「それなら、せーので考えてることを発表してみましょうか」
「……いいよ。合図は任せた」
「じゃあ……せーの」
「「物陰からコソコソこちらの様子を伺うストーカー少女」」
「えっ」
僕らが声を揃えて同時に振り向くと、そこにはバレバレもいいところの杜撰な尾行をしていた女子生徒が呆然と立っていた。
コンマ一秒後、脱兎の如く駆け出す彼女とそれを追う僕らの追いかけっこが始まった。
————————————————
「はぁはぁ……やっと捕まえた」
「追い込みご苦労様」
「なんで……春名さんは……息ひとつ切らしてないのさ?」
「鍛えてるもの」
「さいですか……」
大捕物の末、春名さんに羽交締めにされているのは高校生としてはだいぶ小柄な女の子だった。顔立ちも背丈相応に幼く見えるが、ギラギラした目元だけが際立って異質だ。
なんとか自由な身になろうと体をバタつかせているが、彼女のポニーテールがバサバサと春名さんの顔に当たる以上の戦果は得られていない。
「離すっス! こんな事して許されると思ってるんスか! 新聞にないことないこと書くっスよ!」
「そこはせめてあることないことにしてくれよ」
可愛い顔しておいて随分ゲスイこと言う奴だな。
「ああ、ジャーナリスト系キャラね」
「いやキャラて」
現実と創作の区別がついてないんじゃないか、この人。……いやそれは最初からじゃん、今更何言ってんだ僕は。
「でもパパラッチ系ヒロインって大体負けヒロインよね。ヒロインレース勝ってるの見たことないわ」
「当人を前にして失礼すぎるだろ」
いや確かに僕もないけど。そもそもヒロインレースにすら乗れないサブヒロイン止まりばかりのイメージだけど。
僕らの失礼極まりない会話を聞いた彼女は、拘束されたままふんっとそっぽを向いて口を開く。
「文音は周りのカップリング眺めて茶化すだけで満足なので別にいいんです」
眺めるだけならともかく茶化すなよ……って、思い出した!
「こいつ、去年中学の新聞部で学校内の恋愛事情を好き勝手記事にしてた奴だ! 俺の一個下だから確か今は中三で……名前は小鳥遊文音」
よく見たら着ているのは中学の制服だ。つい最近まで見慣れていた服だったから違和感に気づかなかった。
「あら、後輩なの」
「ああ。しかもこいつ何がタチ悪いかって、記事の半分以上は恋仲でも何でもない男女を勝手にカップリングして書いてたんだよ」
ほとんど妄想というか創作と言ってもいいレベルの記事を連発していて、中学全体から白い目を向けられていた。
けど僕の言葉に彼女は不服そうに声を上げる。
「失礼な! 妄想なんかじゃないッス! ちゃんと裏取りしてます!」
「……具体的には?」
「授業中に落とした消しゴム拾ってあげてたり、放課後一緒に帰ってたりしてたッス!」
「それを恋仲でも何でもないって言うんだよ!」
「そんなことないッス! 少なくとも男側はちょっと靡いてたはず!」
「いやいやいや……それは……たぶん……ないって……きっと……」
「そこはちゃんと否定しなさいよ」
春名さんは歯切れの悪い僕にジト目を向けてくるが、男子中学生なんてちょっと女子と体が触れるだけでコロッといってしまうちょろい生き物であることは否定できない。
「……それはそれとして」
「話逸らしたわね」
「話晒したッス」
「君たち仲良くない?」
もしかしてハメられたの俺の方?
「まあいいや、それはそれとしてなんでそんなパパラッチもどきの中学生がわざわざ高校棟に来てるんだ?」
うちの中学棟と高校棟ははっきり分かれていて、柔道場や剣道場みたいな共有の場所を使う時以外の往来はほぼない。それ故に彼女——小鳥遊がここにいるということは何かしら目的があって自発的に来ていることになる。
「そんなの決まってるッス! 謎めいた外部生の春名先輩と冴えないパンピーの蒼山先輩が毎日部室で密会してるという情報を掴んだからッス! カップリング厨にはたまらんシチュエーションなので!」
「誰が冴えないパンピーじゃ」
こいつ一回殴っていいか?
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