第3話 空から降ってくる女の子、みんな受け身上手い説

「それで、空から女の子が降ってくるシチュエーションを分析するって話だったわね」

「あぁ、そういえばそういう話だったね……」


 自分から提案しておいて完全に忘れてた。


「じゃあます……蒼山君は日本でボーイミーツガールといわれて最初に思い浮かぶ作品ってなんだと思う?」

「えぇ、なんだろう」


 好きな作品ならいくらでも頭に浮かぶが、その中で代表的な作品と言われると意外に思いつかない。どれも魅力的だからこそひとつを選ぶのは難しい。

 しばらく考えていたが答えを出せなかった僕を見かねて、春名さんは口を開く。


「私はね、ラピュタだと思うの」

「あぁ〜」

 天涯孤独の機械工の少年パズーと飛行石を持つ謎の少女シータの出会いから始まる日本アニメ史上に残る傑作映画。

 空からゆっくりと下降するシータを見つけたパズーが『親方! 空から女の子が!』と叫ぶシーンはもはやミームにすらなっている。

 空から女の子が降って来るシーンに限らず、多くのボーイミーツガール作品のルーツと言ってもいいだろう。


「確かにラピュタがなかったら空から女の子が降ってくる作品は今ほど多くなかっただろうね」

「でしょう!」


 ラピュタ以後似たようなシチュエーションから始まる物語が増えたのはラピュタが傑作だったこともあるだろうけど、空から女の子が降ってくるという状況が物語の始まりとしてこの上なく美しいからなんだと思う。

 主人公とヒロインの出会いが日常から非日常への切り替わりのトリガーとして表現できるからだ。


「確かに運命の出会いとしてはこれ以上ないものだと思うけど……実際に再現するのは無理じゃない? 本当に女の子が降ってくるとして、現実でどうやって受け止めるのさ」


 空から女の子が降ってくるシチュエーションが登場するのはその性質上、ファンタジー作品である場合がほとんどだ。当たり前だが、普通の男の子は上空から落ちてくる質量五十キロ前後の物体を受け止めることはできない。高さにもよるが、まともにキャッチしようとしたら骨折間違いなしだ。

 だから実際に作中で起きる場合、キャッチする側だったりされる側だったりに特殊な能力がある。異常に体重が軽いとか、古から伝わる体術を習得していたりとか。

 逆に言えば現実の物理法則の影響を受ける僕たちにそんな能力はない。

 けどまあ……そう言って簡単に諦めるなら初めから飛び降りようとはしないか。


「現実でも色々やり方あるでしょ。アリアとかエヴァの真希波とかみたいにパラシュート背負ったりさ。そうだ、学校の屋上からダイブとかどう?」

「あれは使ってる本人たちにパラシュート使う技術あったじゃん」


 僕らはパラシュートなんて扱ったことないんだから大怪我しかねない。そもそも学校の屋上から同じようなことをしたら退学は免れないだろ。

 というか先生に『ボーイミーツガール的な出会いがしたいから屋上からパラシュートで飛び降りました』なんて言ったら気が狂ってるとしか思われないでしょ。


「あとパラシュートってある程度高さないと減速できないんじゃない? 屋上からだと高さ足りなくて死ぬって」

「蒼井君は否定ばっかりね。ブレインストーミングなんだからそういうのはなしにして」

「これがブレインストーミングって初耳なんだけど」

「ええ、今初めて言ったからね」

「エスパーじゃないんで最初から説明しておいてくれませんかねぇ!」


 春名さんの頭の中で勝手に前提条件を作らないでほしい。

 ちなみにブレインストーミングというのは実現可能性を脇に置いて自由にアイデアを出し合うという会議手法だ。


「蒼山くんも意見出しなさいよ、もちろん実現可能なやつで」

「えー、そもそもが無謀って話をしたいんだけどなあ……うーん、あぁ、一個思いついたや」


 いろいろと面倒臭くなった僕は、投げやり半分悪巧み半分でとある提案を投げかけてみた。


「もうさ……一回本当に飛んでみればいいんじゃない?」

「え?」


 ————————————————



 その週末、僕らは二人で隣県に遠出していた。

 見ようによってはデートっぽく見えるかもしれないけど、そんな雰囲気は毛ほども感じられない。その理由は明らかで、春名さんが猫に追い詰められたネズミのようにガタガタと震えているからだ。

 僕の正面に座っている春名さんは、なぜか普段の飄々とした様子とは打って変わって真っ青な顔で悲鳴を上げる。


「ムリムリムリムリ高い高い高い高い!」

「え? なんだって?」


 すっとぼける僕を見て、『こいつ突然難聴系主人公になりやがって』と思った読者諸君もいると思うが安心して欲しい。本当に聞こえてないんだ。


 ヘリコプターのスラップ音に僕らの声はほとんどかき消されていたから。


「高すぎるって言ってるの! なんで……なんで私たちスカイダイビングしようとしてるの!?」

「いやちゃんと同意取ったでしょ……」 

「こんな……こんな高いとは思わないじゃない!」


 春名さんが怯えるのも当然と言えば当然で、今の僕らは上空四千メートルの青空の中にいた。富士山すら見下ろせる展望は壮大とすら表現できた。

 飛行機の中で僕と春名さんは背中にインストラクターを背負うようなタンデムになっていて、彼らはダイビングポイントまで粛々と準備を進めている。


「というかなんで蒼山君はそんな平気な顔してるの!?」

「まあ僕はやったことあるし。高いところも好きだしね」

「この命知らず!」

「学校の三階から飛び降りようとしてた人がどの口で言ってるんですかねえ!」


 なんで三階からちっちゃいトランポリンに飛び込むのは平気でスカイダイビングにはビビるんだよ。恐怖の感性がズレてるだろ。


「空から降って来る女の子のシチュエーションを再現したいって言ってるのにスカイダイビングは無理って矛盾してるでしょ。やることはほぼシータだよ?」

「私は飛行石なんて持ってない!」

「代わりにインストラクターとパラシュートがあるじゃんか」


 飛行石よりはよっぽど信頼性がある。飛行石、発動条件が曖昧すぎて怖くね?

 でも春名さんはそんな理屈なんて知ったことかと駄々を捏ねる。


「何をどう言おうが私は無理! 帰る!」

「はぁ、往生際が悪いな……インストラクターさん、もう行っちゃってください」

「え?」


 春名さんに付いているインストラクターの方は僕の指示に無言で親指をグッと立て、開いた扉から春名さんごと身を投げ出した。……ノリが良くて助かる。


「えっ、ちょっ、まっ…………きゃーーーーっ!」


 状況を飲み込めていない春名さんは最後に甲高い悲鳴を残し、自由落下へと旅立って行った。

 その後空中で繰り広げられた醜態は、彼女の名誉と人気を毀損しないために描写を控えさせていただく。


 ひとつだけ書き残すなら……今まで振り回され続けていた僕の溜飲は満足が行くほど下がった、とだけ言っておこう。

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