第2話 文芸部ってラノベでよく出てくるけど具体的に何やってるの?
翌日の放課後、僕は再び文芸部の扉の前に立っていた。
……正直来たくはなかったけど、昨日の感じで縁を切るのもまあ不自然だ。
もしかすると今日も飛び降りようとしているかもしれないし、それを見過ごして顛末だけ聞くのも寝覚めが悪い。
「……入るか」
いつまでも部室の前に立っていたらこっちが不審者だ。部室の引き戸をゆっくりと開く。そして目に飛び込んできた光景に——絶句した。
「は?」
「あら、こんにちは。蒼山くん。もし良ければ手伝ってほしいのだけど」
艶やかな黒髪をなびかせながら挨拶をした春名さんの額には、なぜか汗が滲んでいた。
僕の目が確かなら……彼女はトランポリンを組み立てていた。小学生低学年くらいが遊ぶのに使われるようなちっちゃいやつ。
え? なに? どういうこと?
「何を……やってるのかな、春名さん……」
「ん。安全対策、かしらね」
「ギャグ漫画の読み過ぎじゃないかなぁ!」
高所から落下したけどトランポリンのお陰で無傷! ってそんなのトムとジェリーとかこち亀の世界だろ!
「というかそのサイズで衝撃を吸収し切れるわけないでしょ!」
「大丈夫。私、コントロールはいいから」
「自分の体の落下地点を操作することをコントロールって言っていいのかとか、試したこともないのになぜそんなに自信満々なのかとか全部置いといても、そもそも物理的にバネが保たないでしょって言ってんの!」
「蒼山くん、ああ言えばこう言うわね。そんなに文句言うなら代案を出しなさいよ。代案なき反対は今時古いわよ」
「そもそも飛び降りるなっつってんの!」
「ワガママね……」
ダメだ。全く納得してくれる気配がない。そもそも狂人に常識を説いても納得してもらえる道理はないのかもしれない。となれば、春名さんには春名さんの理論で説得するのが常道。
すなわち、ボーイミーツガールで説き伏せるしかない。ならば——
「あのさ、春名さん」
「何かしら?」
「……まずさ、空から女の子が降ってくるシチュエーションそのものを分析してみない? やたらめったら飛び降りても男の子は都合よく着地点にいないよ」
「ふむ……それは言い得て妙ね」
これで言いくるめられたのも釈然としないけど。なんだよ、空から女の子が降ってくるシチュエーションを分析って。降ってくる時間を計測して各作品ごとの重力加速度でも調べるのか?
「まずは自己紹介からしましょうか。私たち名前とクラスしか知らないわ」
「それだけ知ってれば十分じゃないか……?」
「」
「例えば……どこ中? みたいなやつとか」
「ヤンキー漫画かよ」
まあでも内部進学組と外部入試組がいる立夏高校の制度上、そこの確認くらいはするか。
「あとは、好きなボーイミーツガールのシチュエーションとか」
「はあ? なんだってそんな……」
「いいから、名前からどうぞ」
「……蒼山和雄。附属の中学から進学した内部組だよ。好きなボーイミーツガールのシチュエーションは…………小さな頃に仲の良かった二人が成長してから再会するやつ、とか……」
うわ、流されるままに答えたけど……これはっず! 性癖晒してるみたいで全身痒くなる!
春名さんの方を見ると、僕の答えに満足げに頷いている。……ムカつくなあ。
「私の見込んだ通りね。いい趣味を持ってるわ!」
「……さっさと自分の番に行ってくれませんかね」
「春名綾女。高校入試から立夏高校に入った外部組よ。好きなシチュエーションはもちろん、空から降って来るミステリアスな女の子と平凡な男の子の出会い!」
「やっぱり外部組か……」
好きなシチュエーションはもう知ってるからいいや……。
今日クラスでも春名さんの名前を内部組の友達に聞いてみたけど誰も知らなかったし、外部組なんだろうとは思っていた。
ただ外部組らしき黒髪の美少女の話はもう出回っていて、そこに名前の情報が付属するのも時間の問題だろうな。
というか注目を浴びてるなら部活の勧誘とかもあっただろうに……と考えたところで僕は素朴な疑問を口にする。
「そう言えば、春名さんはどうして文芸部に?」
春名さんは運命の出会いを求めていたわけだけど、それは別に文芸部とは直接関係がないじゃないか。
しかし春名さんは僕の問いに首を捻っていた。……特に理由ないのか。
「うーん、なんとなく?」
「適当だね……」
「強いていえば創作の中でよく取り上げられる部活ってやっぱり文芸部だと思って。自分で部活を立ち上げるのも面白いとは思ったけど、実際やろうとすると同好会スタートだったり部員集めが大変だったりで現実的じゃないし」
「妙なところで真面目だな」
「あら、私はいつだって真面目だけど」
空から降って来る女の子になろうと窓から飛び降りる奴がどの口で言ってるんだよ!
「ま、それで蒼山くんみたいな同志が出来たんだから正解だったわね」
「……同志になるとは言ってない」
「ふーん。ま、今はそれでいいけど。それでね、顧問の先生に聞いたところだと主な文芸部員は去年卒業した代しかいなかったんだって。一応幽霊部員が二、三年生に残ってるから取り潰しとかにはならないみたいだけど、今の所ちゃんとした部員は私だけ」
「はあ……」
「だから必然的に部長は私になるんだけど……蒼山くん、やる?」
「いや僕まだ入部するとは一言も言ってないんだけど」
ラノベとか小説の話ができる人がいればいいなあと思って文芸部に見学に来ただけで、こんなイカれたボーイミーツガール狂と鉢合うとは思ってなかった。
昨日の流れで今日も来てしまったけれど、このままなあなあで入部するのはごめんだ。
しかし春名さんは僕の返答に気にした様子もなく口を開く。
「そ。それなら私の好きなように部の名前を改名しても問題ないわね?」
「別に今の僕は部外者だし構わないけど……改名?」
「えぇ。単なる『文芸部』じゃ味気ないし、SOS団とか古典部とか特徴的な名前の方が物語を引きつけやすそうじゃない?」
「物語は知らないけど、変な人は引きつけるかもな……。ちなみに改名するとして名前は?」
「『文芸部〜ボーイミーツガールを研究する会〜』よ」
「なんかサブタイトルみたいなのが付いてる……」
「略してBMG研」
「ぶ、文芸部ーーーー!!」
主体が客体に喰われてしまった……。というかその略称は既に使用済みな気もするけど。主にカードゲームの方向で。
ボーイミーツガール的恋愛を現実に落とし込むための一考察 立日月 @tatihituki
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