3-11 一方的な協定

「今日は和平のための場を設けていただき、嬉しく思います。ジャン皇太子」

「こちらこそお会いできて嬉しいです、アルフレッド王太子」


 会談の場にて。二人はにっこりと美しく微笑み、握手を交わしていた。黒髪の麗しき皇太子と、白髪の麗しき王太子の対面だ。

 二人は爽やかな笑顔でいるにも関わらず、繋いだ手からはギリギリと音が漏れ聞こえてくる気がする。アンリはもう既に、胃が痛かった。


 お互い席について、ゆっくりと会談がスタートする。毒にも薬にもならないような会話のやり取り。その中に少しずつ嫌味が紛れ込んでいる。舌戦はもう始まっていた。


 先に大きく動いたのは、帝国だった。


「我が帝国では最近、映像を映写できる水晶玉を発明しましてね……いやあ、なにせ魔術の発展が、大変旺盛なもので」

「ははは。祝福ギフトばかり異常に発達させているうちの国も、見習いたいものですね。して、それがその水晶玉ですか?」

「ええ。是非、アルフレッド王太子に見ていただきたく。こうして持参しました」


 直径三十センチほどはある大きな水晶玉を侍従が持ってくる。それを上機嫌でジャンは指し示した。


「国境線の映像です。我が国のもう一つの、素晴らしい発明品の成果が…………そこに映っています」


 その水晶玉には、帝国によって大量生産された魔獣たちが、王国軍を蹂躙する様子が映る――――はず、だったのだろう。

 アルフレッドはクスリと笑い、とぼけた声で言った。


「おかしいですね……映っているのは、我が王国の素晴らしい発明品の成果のようですが?」

「は………………?えっ………………!!」


 ジャンと外交官が血相を変えて水晶玉を覗く。そこには神獣たちによって圧倒される魔獣たちと帝国軍の様子が、はっきりと映っていた。

 アルフレッドは【集団指揮】コマンダーと言う祝福ギフトを使って、ジャンと帝国の外交官の脳内に直接、テレパスで話しかけた。脅しである。


(残念だったな、愚か者め。こちらの方が一枚上手だ。この場で刺し殺されたくなければ、こちらの言うことに全て従え)


「…………っ!!」

「ジャン皇太子。私は和平協定の案を作ってきたんですよ。うちのアンリが読み上げてくれますので、聞いてください」


 アンリがすっと立ち上がり、ジャンに紙を手渡した。同じものの複製を読み上げていく。


「読み上げます。一、タンザ帝国は今後ミストラル王国に一切の手出しをしない。一、タンザ帝国はこちらが許さない限り、何人たりとも国境線を越えてきてはならない。一、ミストラル王国の将軍レオンとその妻アメリアを一切害さない。一、この約束を今後百年守るものとする」

「は…………!?そ、そんなもの、呑めるわけが…………っ」


(呑まなければ即刻切り伏せる)


「ヒッ!?」


 アルフレッドは穏やかな笑顔を崩さない。しかしその手は既に、剣の柄にかけられていた。

 彼は剣術の天才であることが、諸外国に知れ渡っている。


(お前は今や敗戦国のトップだ。この会談をどうするもこちらの自由。ちなみに、この会場も既に王国が包囲している)


「…………わかった。わかった!そのまま貴国の条件を呑もう!!」

「それは良かったです。サインをして頂けますか?」


 ジャンは静かにニヤリと笑った。和平協定の紙にサラサラとサインをする。それを渡した後、彼は勝利を確信して叫んだ。


【革命】レボリューション!」


 ジャンの祝福ギフトは、自分と相手の置かれた立場を逆転させるというものだ。この祝福ギフトの後出しによって、協定の内容はあとからでも正反対に書き換えられるのだ。


 書き換えられる、はずだった。


「書き換わって、いない……!?」

「残念。こちらの強制力の方が上だったようです」


 アルフレッドは柔和な笑みでサイン入りの協定書をしまった。ジャンが追い縋るように叫ぶ。


「待て…………!待て!!確かに俺の祝福ギフトは作動したはず…………!!間違ってる!!」

「何も、間違っていませんよ?アンリ、説明してあげなさい」

「はっ」


 アンリがとてつもなく悪い顔で言った。


「俺の祝福ギフトを知らなかった時点でそちらの負けだ。【契約の証】コントラクトリードは言質を取ったこと、全てに相手を強制的に従わせる能力。現存する祝福ギフトの中で最も強制力が高い。肯定の返事をした時点で、既にお前たちの負けだ!!言質は取ったからな!!」

「まあ、万が一強制力で下回った場合の策も考えていたけどね。そこまで言う義理はないよね?」


 アルフレッドはその穏やかな顔から、一気に全ての表情を消して――――最後に、冷たく言い放った。


「我が妹、アメリアを拐かした罪……死ぬまで償うがいい」


 ジャンを始めとする帝国の面々は、声にならない悲鳴を上げたのだった。

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