3-8 友人たち

 しばしの平和な時間が訪れた。

 レオンはアメリアに、「あんな目にあったんだ、なるべく休んでくれ」と言い、今は公爵夫人としての仕事もお休みさせられている。

 せっかくなのでゆっくりしようと思い、今日はアメリア、ジゼル、オデットの三人で、お茶会ならぬ女子会をしていた。アメリアが友人の二人を招待したのである。

 オデットとジゼルも元々顔見知りのようで、特に気まずさもなく、三人はお喋りに興じていた。

 ふと、ジゼルが頬を赤くしながら言う。

 

「なんかね……ちょっとテオがかっこすぎて、私、キャパオーバーなの……」

「そんなの前からじゃないの」


 オデットがばっさり言う。しかしジゼルは首を振った。


「違うのよ!!なんか恋人になってから、テオは急に押せ押せになったというか……っ!!なんてことない顔で、甘いこととか平気で言って来るし!不意打ちで、キスとかしてくるし!とっ、とにかく!!心臓に悪いのよー……!!!」


 つまりはラブラブということだ。良かったわねぇとアメリアは微笑ましく思った。


「そのうち慣れるわよ。これからはそれが、二人の当たり前になるんだから」

「そ、そうなのかな…………」


 アメリアが言うと、ジゼルはもじもじとしている。一方のオデットは切なげなため息を吐いて言った。

 

「ジゼルはもう、式の準備をしてるんでしょ?皆、幸せそうで良いわね……」


 アメリアは、おやと思った。その美貌を瓶底眼鏡で隠してまで、仕事に生きる女……オデットの様子が少しおかしい。これはもしかして、恋煩いだろうか。アメリアは、思い切って聞いてみた。

 

「オデットは好きな人、いるの?」

「………………じ、実は誰にも話していなかったんだけど、いるのよ………………」

「ええ!?誰!?誰!?」


 ジゼルが食いつく。オデットはその白い肌を真っ赤にして、しどともどろになりながら答えた。

 

「あのね…………あの。アンリ様よ。アンリ・シャリエール様…………」

「そうなんだ!?」


 ジゼルとアメリアは驚いた。アンリは公爵家の嫡男。伯爵令嬢のオデットにとっては、かなり雲の上の人物である。

 

「以前から、彼が本を借りに来るたび…………本の趣味が合うなと思って、気になっていて…………」

「そうなのね!」

「それで!?」

「そ、それでね…………この前、図書館で大柄な男性に絡まれて困っていたところを、スマートに助けられたの…………!!」

「わあ!」

「素敵!」

「アンリ様は……『何、当たり前のことだ』と言って、去っていったの。その時のクールさが、とにかく素敵で……!!」


 ジゼルとアメリアはきゃーっと盛り上がった。漫画みたいな展開に興奮を隠せない。


「しかも彼ってものすごく頭が切れるし、仕事もできるし、本当に素敵な方なのよ。でも……いつも、必要最低限のお話しかされない方だし、私からは全然話しかけられないんだけど……」

「アンリとは結構親しいし、私応援するわっ!任せて!!」

「私も、協力できることがあれば言ってね?」

「ありがとう……」


 オデットは笑った。今日の彼女は瓶底眼鏡も外しているので、発光するほどの美貌が眩しい。

 しかし、彼女はすかさず補足した。

 

「あ、でも、ジゼルは余計なことしそうだから……応援は遠慮しておくわ」

「何ですって!?」


 そのようにして、三人は和やかで楽しい時間を過ごしたのである。

 

 

 ♦︎♢♦︎

 

 

 その翌日。公爵邸では、アメリア救出を祝う会が開かれていた。アメリアを助けるために動いてくれた人たちを集めて、お礼も兼ねてご馳走を振る舞ったのである。

 出席者はアンリ、カミーユ、テオ、ジゼルの四人だ。

 お酒も進み、噂のアンリは完全に酔っ払っていた。ずっとレオンを捕まえて、くどくどと説教をしている。


「だいたいお前はなぁ、もう少し部下を使うことを覚えろ!!将軍なんだから。自分は前線に立つなと何度言ったらわかるんだ…………折角、好きな女性と一緒になったんだから、自分の身を大事にしろ!!」

「ああ」


 さっきから同じ話を、何度かループしている。いくら飲んでも顔色の変わらないテオが、笑いながら言った。


「アメリア様、すみません。こいつは絡み酒な上、泣き上戸なんです」

「そうなのね」


 随分面倒な酔い方である。酔ったアンリはアメリアの方を向いて、語り出した。


「アメリア様。こいつの片思い遍歴、聞きます?それはもう、すごかったんですよぉ…………?アメリア様と話したこともないくせに、アメリア様の素晴らしさを日々、我々に語りまくって。挙句、武闘大会の前日には、いつもアメリア様の絵に向かって勝利を誓ってました」

「おい、アンリ!黙れ!」


 突然レオンが慌てて、アンリの口を塞いだ。アメリアとしては大変興味深い話だったので、少し残念だ。


「それを言うなら、アンリ!お前だって、オデット女史に、ずーーっと片想いしているだろうが!!」

「えっ!?そうなの!?」


 意外な情報に目を丸くする。それが本当なら、二人は両想いということになる。

 隣で静かに飲んでいたカミーユが補足した。


「アンリ様はオデット様を目の前にすると、全然素直になれないんですよ。クールに格好つけて、すげない態度を取ってしまうんです」

「仕方ないだろう!彼女が美人すぎるのが悪いんだ!!」


 アンリは叫んだ。まさに逆ギレである。


「あんな美人を目の前にしたら、誰だって緊張する!!そ、それに。俺は……ずっと、オリヴィエに遠慮していたんだ……あいつがオデット嬢のことを、好きだと言っていたから…………」


 アンリは突然、ほろほろと泣き出した。オリヴィエのことを思い出したのだろう。泣き上戸が発揮されている。

 

「オリヴィエはきっと、王宮図書館に通い詰めても不自然にならない理由が欲しかっただけよね。魔獣化に関する資料を、調べ込んでいたんだわ」

「ああ。今ならそうと分かる…………あいつを信じてた………………俺は馬鹿だった………………」


 ほろほろと泣くアンリは、とても悲しそうだ。オリヴィエの裏切りは、色々な人の心を傷つけたのだろう。


「アンリ様。まだ間に合うわ。オデットは私の古い友人だから、協力できることがあれば言ってね」


 アメリアは言った。だって、両思いなのだし。二人が素直になりさえすれば、話は早いのだ。


「なんて優しいんだ……お前は本当に良い奥方をもらったな、レオン……!!…………ひぐっ」


 アンリは泣きながら、机に突っ伏した。もう限界だったらしい。テオが呆れた声を出した。


「言うだけ言って潰れたな、コイツ……」

「テオは、全然顔色変わらないね」

「そういうジゼルは今日も可愛いな……」

「えっ!?やっぱり酔ってる!?テオ……!!」


 ジゼルが真っ赤になって狼狽する。アメリアが笑い、レオンも小さく微笑んだ。しばしの平和な日々。宴の夜は、和やかに過ぎていったのだった。

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