3-6 再会と逃避行

 アメリアがオリーブに乗って飛んでいると、すぐにレオンの姿が見えた。アメリアは彼の姿を一目見ただけで、オリーブの上で泣き崩れてしまった。


「レオン…………レオン…………っ!!」

「アメリア…………!!」


 レオンの元に下ろされて、崩れ落ちるように抱き縋る。レオンはそのしっかりとした体躯で、危なげなく抱き止めてくれた。安心感でいっぱいになり、アメリアはまるで子供のように泣きじゃくった。


「ごめ、なさ………………ひっぐ、安心、して…………っ」

「良いよ、泣きたいだけ泣いて……。遅くなって、本当にごめん……!」

「レオン……レオン…………!!」


 レオンの傍には白虎のナターシャと、守護の騎士カミーユしか居なかった。少数精鋭でひっそりと来たのだろう。多数の騎士で来たら、進軍と見なされる危険もある。


「アメリア。その……。その、ウェディングドレスは一体……?」


 そうしてアメリアの涙が落ち着いてきた頃。レオンが恐る恐る、尋ねてきた。


「今日、ジャン皇太子の側妃にされるところだったの」

「………………何、だって………………!?」


 レオンの瞳は一気に怒りに燃え、その表情が強張った。アメリアは必死に補足した。


「でも、まだ何もされていないわ。すごく危なかったけど、レオンが間一髪で助けてくれたから……」

「アメリア…………っ!無事で、本当に良かった………!!こ、この十日間ほどの間は、何かされていないか?」

「オリヴィエに、潜在意識へ潜る訓練を受けさせられていたわ。その……起こす時は体に電流を流して…………」

「オリ、ヴィエ……っ!!」


 レオンの瞳は、また激しい怒りに燃えた。これは仕方がない。そもそもオリヴィエは裏切り者で、今回の誘拐の主犯でもあるのだ。

 ちょうどそんな話をしていた時に、件のオリヴィエがにっこりと微笑みながら、転移で現れた。


「こんにちは、レオン様。いいえ…………元上官殿、とでも言えばいいんでしょうか?」 

「オリヴィエ!!貴様…………!!」

「アメリア様が脱出したと聞いて、驚きましたよ。一体どんな手を使ったんです?」


 今はオリーブは、魔獣化を解いている。この件についてはできるだけ伏せておいた方が良いだろうと思い、アメリアは口をつぐんだ。アメリアの前には無言でカミーユが進み出て、守護の祝福ギフトを発動した。


「まあ良いです。また捕らえて吐かせれば良いだけのこと」

「そんなこと、させると思うのか!」


 レオンが苛烈な怒りを込めて吠え、すぐに攻撃に転じた。


【天候操作】ウェザーマスター――――氷」


 ダダダダダダダン!!!


 自身の周りに無数の氷柱を浮かべて、弾丸のようにオリヴィエに打ち込んでいく。しかしオリヴィエは素早く魔術陣を描いて、激しい炎でそれを覆い、迎撃した。氷柱は当たる前に全て溶けていく。


「貴方の戦術はお見通しですよ。一体何年、片腕をやっていたと思っているんですか?」

「貴様…………軍に居た時はよほど手を抜いていたな!?」

「手を抜いていたんじゃない。僕は隠していただけです」


 オリヴィエの操る激しい炎が鳥の形になって、レオンにごうと襲い掛かる。


【天候操作】ウェザーマスター――――風」


 レオンは激しい風を起こしてそれを吹き飛ばした。生じた隙に風に乗りながら舞い、空からオリヴィエに接敵する。剣を打ち込むがオリヴィエはそれを転移で避けていく。転移した先にまたレオンが打ち込み、また転移する。それを繰り返すうちに、オリヴィエには隙が生じてきた。


【天候操作】ウェザーマスター――――雷」


 レオンは自分だけを守る結界を張って、辺り一体に次々と雷を落とした。オリヴィエはそれを空間魔術の結界で防いだが、少しダメージが入ったようでよろけた。

 その隙を見逃さず、レオンはもう一度接敵して剣を打ち込んだ。


「この…………化け物め!!」

「何とでも言え」


 ガキン!

 ガキン!!


 剣と剣で激しく打ち合うが、剣術では明らかにレオンの方に分がある。レオンはオリヴィエの二度めの攻撃をいなし、身を翻して相手の体に剣を打ち込んだ。


「ぐっ…………!!」


 オリヴィエは血を流し、転移で大きく距離を取った。腹に大きなダメージを負っている。


「はあ。こちらもまだ準備が不十分だ。決着は次回に持ち越しましょう」


 負けたはずのオリヴィエは、なおも不敵に笑って消えた。


「ふん、消えたな」

「レオン……!怪我はない?」

「ああ、大丈夫だ。こちらの戦略がバレている分、戦いにくかっただけだ。それより早くここを離脱しよう。すぐに追手が来る」

「ええ」

「アメリア、オリーブにまた魔力を込めてくれないか?君の魔力しか込められないようになっているんだ」

「そうなのね」


≪俺、皆ノセテ飛ブヨ!!頑張ル!!≫


「オリーブ、ありがとう」


 アメリアがしゃがんで自分の魔力を込めると、再び眩い白い光が弾けた。美しい白いドラゴンが現れる。


≪皆、ノッテ!!≫


「これは……魔獣とはまた随分様子が違うな」

「乗ってって言っているわ。乗り込みましょう!」


 すぐにレオン、アメリア、カミーユ、ナターシャの順に乗り込んだ。席はぎゅうぎゅうだ。しかしオリーブは軽々と飛び上がった。


「オリーブ、重くない?」


≪全然重クナイヨ。国境マデノ道覚エテル!一気ニ飛ブヨ!≫


「分かったわ。国境まで一気に飛ぶって!」

「行きよりずっと楽だな」

「旅商人に紛れて、ここまで来ましたからね……」


 疲労が見え隠れする二人に、アメリアは尋ねた。


「私の魔力でしか、この、魔獣化……?はできないようになっているの?」

「ああ。アメリアなら動物たちの意思を確認した上で、魔力を込められるだろう?人間に無理やり戦わせられるような動物を生み出さないために、こういう制約をつけたらしい」


 なるほど。動物たちにもよく配慮して作られたもののようだ。


「そうなのね!これはテオとジゼルの発明品?」

「そうだよ。動物たちが、君を助けるために戦いたがっていたから。杭を分析したデータを使い、動物たちに負担なく戦えるようにする方法を考えてくれたんだ」

「すごいわ。これは魔獣、っていうより……神獣、みたいだなって、思ったの」

「神獣か。それはしっくりくるな。魔獣とは全く違う状態のようだから、これからそう呼ぼう」


 アメリアとレオンが話していると、ナターシャも話に入って来た。

   

≪私も、もしもの時に戦えるように来たのよ。地上に敵が来たら、私にも魔力を込めてちょうだい≫


「わかったわ、ナターシャ。でも、オリーブの飛ぶスピードがすごくて……敵を撒けちゃいそうね!」


≪ええ、さすがだわ!オリーブ≫

≪俺、頑張ッテル!!≫

 

 オリーブは何よりも高く、早く飛翔し、追手の追随を許さなかった。しばらく空の旅を続け、間も無く国境を越えることができたのだ。


「国境線だ。下に転送が使える騎士がいるから、ここから先は転送してもらおう」

「オリーブ、国境を越えたら下ろしてくれる?ここまで、お疲れ様!」


≪分カッタ!!≫


「ありがとう!」

「レオン様ー!アメリア様ー!ご無事ですかー!?」


 待機していた騎士たちは叫びながら、すぐに近づいて来た。ウェディングドレスを着ているアメリアに、驚いている者もいる。


「この通り無事だった。アメリアも、まだ奪われていない」

「よ、良かった……!!あ、私、魔術師のアクセルと申します。すぐに侯爵邸へ転送しますね」


 アクセルが進み出て来て、転送の魔術陣を描く。オリヴィエほど早くはないが、彼も騎士団に所属しているだけあって、緻密な魔術陣をすぐに描き上げた。

 レオンとアメリアは温かい光に包まれ、懐かしい侯爵邸へと転送されたのである。

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