3-3 囚われのアメリア

 次にアメリアが目覚めると、真っ白なベッドに横たえられ、金属製の手枷と足枷が嵌められていた。全く知らない部屋だ。無機質な部屋だった。真っ黒な壁に、大理石の白い床。何よりも異質なのは、部屋全体を遮るように覆う鉄格子だ。手の届かないほど高い場所にある小さな窓にも、鉄格子が嵌められていた。


「ようやくお目覚めかい、姫君」


 しばらくすると、まとわりつくような湿った声が聞こえた。顔を上げるとそこには、豪奢な衣装に身を包んだ男が立っていた。長い黒髪に、紫の瞳。アメリアは男に見覚えがあった。


「あなたは、タンザ帝国の皇太子…………!」

「やあ、覚えてもらっているようで光栄だな。俺はジャン=バティスト・タンザナイト。この帝国の皇太子だよ」


 彼はその美貌を歪ませて、にやりと笑った。


「この帝国……?ここは帝国なの……!?」

「そう、彼が君を連れてきてくれたんだ。感謝しないとね」


 彼の後ろにすっと人影が現れる。オリヴィエだった。もはや変装もしていない、いつも通りの姿でそこに立っていた。


「ジャン皇太子……貴方が、オリヴィエを引き入れたって言うの……!?」

「おやおや、人聞きが悪いなぁ。仲間になろうって言ってきたんだよ?ねえ、オリヴィエ」

「ええ、その通りです」


 アメリアは、頭を鈍器で殴られたようなショックを受けた。ベッドから滑り落ち、縋るように鉄格子を掴む。


「どうして……!オリヴィエ!!」

「どうして?そんなことも分からないんですか」


 オリヴィエは冷たくせせら笑う。


「あの国では、僕に相応しい地位と名誉が与えられなかったから。それだけです」

「そんな…………理由で…………?」

「そんな理由?」


 オリヴィエは前に進み出て、ガンと鉄格子を蹴り付けた。その顔は狂気に満ちている。


「僕は稀代の魔術師です。だがミストラル王国では魔術師は軽視される……!僕の一族が一体、今までどれだけ辛酸を舐めてきたことか!貴方みたいなお姫様には分からないんでしょうね……!」


 アメリアが恐怖で震えると、オリヴィエはいつものような笑顔を貼り付けた。今となってはその柔和な笑顔が、とても奇妙に見える。


「失礼。少々感情的になりました」

「全くだ。今は俺がアメリアと話しているんだよ」

「はい。大変申し訳ありません、ジャン殿下」

「まあ良い。アメリア?良い話だよ」


 ジャンが進み出てくる。彼は至極優しげな表情で言った。


「特別に、君を俺の側妃にしてあげよう」

「は……!?」


 言葉の意味が全く飲み込めない。この男は、一体何を言っているんだろう。


「俺は魔獣軍を作って世界を征服するつもりなんだ。そして君は、魔獣の深層心理にアクセスできる特別な祝福ギフトを持っている。だから俺の妻にしてあげるよ」


 アメリアは青褪めて拒絶した。


「わ、私はミストラルの将軍、レオン・ヴァレットの妻です……!!貴方と結婚なんてしません!!」

「大丈夫。この国ではすでに結婚している者でも、上書きして側妃に召し上げられるという法律があるんだ」


 ジャンは鉄格子にぬっと手を差し入れ、アメリアの口元を鷲掴んだ。


「俺のものになれ、アメリア」

「…………っ!!」


 アメリアはそこで、ジャンの指を思い切り噛んだ。たらりと出た血を、ジャンは呆然と見つめる。しかし、彼はその血をべろりと舐め上げた。


「ヒ…………っ!」

「ふうん、気に入った。気の強い女は大好きだよ」

「…………!?」


 ジャンが血を流したことに、周囲の騎士たちは狼狽して一気に殺気立った。だがジャン自身は、全く構っていない様子だ。彼はそのまま血を味わいながら、恍惚として言った。


「絶対に俺に屈服させる。結婚式は十日後だ。オリヴィエ、調するのは構わないが、その女の身体に傷をつけるなよ」

「心得ました」

「そんな……!?待って!!」


 身を翻したジャンに、アメリアは必死に言い募る。


「私の体の中には……もうレオンとの子が、宿っているかもしれないわ!」


 正確には、アメリアの月経は通常通り来ている。だからこれは狂言のつもりだった。幾ら何でも、他の男との子がいる女を妃になんてできないだろうと思ったのだ。

 しかし振り返ったジャンは、心底楽しそうにうっそりと笑って言った。


「なんだ……そんなことか」

「……!?」

「もしモノが居たら、堕ろすに決まっている。その上で俺のものになってもらえば良いだけだ」


 アメリアは絶望した。この男には人間の心がない。話が通じない。

ジャンとオリヴィエは去り、アメリアは見張りの騎士にあっという間に取り押さえられた。必死に抵抗しようとするが、非力なアメリアには為す術もなかった。


 怖い。

 痛い。

 苦しい。

 レオン……。

 助けて、レオン…………。


 絶望の淵に沈んだアメリアの瞳からは、ぽろぽろと絶え間なく涙が零れ落ちた。

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