2-10 二人の表彰

 魔獣化の解毒薬を作ったテオとジゼルは、国に表彰されることになった。

 

 特にテオは、素晴らしい発明の主体となった上、それを使いドラゴンから人々を救ったとして、伯爵への陞爵しょうしゃくが決定した。

「これでジゼルと結婚しても堂々とできる」と、テオは喜んでいた。二人はめでたく婚約したばかりなのだ。

 

 今は、表彰のあとのダンスの時間。まずは主役の二人からだ。

 ジゼルは今日、美しい桜色のドレスを着ている。大きなフリルが幾重にも重なっていて、まるで花の妖精のようだ。

 緊張でカチコチになったジゼルに、テオが何かを言って笑わせたのが見える。リラックスした二人はのびのびと踊り出した。

 アメリアは二人の姿を眺め、微笑みながら言った。

 

「すごくお似合いだわ。ジゼル、テオと無事に結ばれて良かった……。ずっと心配だったもの」

「ああ。テオがなかなか素直にならなかったからな」


 隣に立つレオンが答えた。

 彼は一人でも歩けるようになり、外出許可が出た。今は杖をついて立っている。補助のために使用人の付き添いが必要だが、もう騎士団にも復帰して、書類仕事をこなしているのだ。


「今回は二人の頑張りのお陰で、とても助かったわね」

「ああ」

「レオンも本当に頑張ったわ。騎士団があそこまで訓練されていなければ、きっと犠牲者が出ていたもの」

 

 そう言うと、レオンは横に流したアメリアの髪を一房とり、口付けた。

 

「それを言うなら……アメリア、君も本当に頑張った。祝福ギフトを使った君の意識が戻らなかった時は、生きた心地がしなかったが……」

「あの時は、心配をかけて本当にごめんなさい」

「いや。君は立派な人だよ。多くの人々をを守ったんだ」

「ううん。私は、レオンを助けたかっただけよ」


 アメリアはトパーズの瞳を、まっすぐにレオンに向けて言った。


「私はレオンを、死なせたくなかっただけ。ただ、それだけなの」

 

 レオンは目を見開き、しばし言葉を失った。それからしみじみと言った。


「……やっぱり、君は眩しいよ。俺は、こうやって君に……何度も恋をするんだろうな……」


 レオンは青い瞳を揺らしながら、アメリアをじっと見た。

 音楽が流れるホールの片隅で、二人はいつまでもお互いを見つめていた。

 


 ♦︎♢♦︎


 

 翌日、アメリアはジゼルとお茶をしていた。


「お前みたいな問題児は、テオさんに貰ってもらえるならそれが一番良い、って父が言ったのよ。それなら、さっさとそう言ってくれれば良かったのに!」

「初めから、テオとの婚約を反対されていたわけじゃなかったのね」

「そうなの。母が言うには、テオさんとさっさと婚約しないから、心配して結婚をせっついてたって……。もう。私は本当に、苦しんでいたのに……!」


 ジゼルはがっくりと肩を落とす。確かに彼女にしてみれば、ものすごいプレッシャーだっただろう。


「テオの陞爵しょうしゃくも決まったし、もう二人を隔てるものは何もないわ。何より、両思いになれたんだもの。おめでとう、ジゼル」

「ありがとう、アメリア。……でもね、なんだかテオが今まで通りすぎて、いまいち実感が湧かないというか…………いやむしろ、ちょっと距離を感じるというか…………?」

「そうかな?ジゼルを見ている時、甘さが隠しきれてないわよ?」

「そ、そうなのかなぁ…………?」


 ジゼルは、ぷしゅうと音が出そうなほど真っ赤になって縮こまった。テオの話をすると照れすぎて、最近はこうなってしまうのだ。あんなに押せ押せだったのに、とても可愛い。


「そう言えば。ついに片想い同盟がオリヴィエ一人になったって……オリヴィエが嘆いてたわ」

「オリヴィエ……?もしかして彼も、叶わぬ恋をしているの?」

「そうなの。王立図書館司書のオデット様に片想いしてるのよ。だから、王立図書館に通い詰めてるんですって」

「オデット……!?」


 友人の名前が突然出てきて、アメリアは目を白黒させた。あまりにも世界が狭すぎる。


「確かに図書館で、本にかじり付いているオリヴィエを見かけたわ。随分勉強熱心なんだなって、感心していたんだけど……」

「下心しかないわよ」

「い、意外だわ…………」

「意外よねぇ……」



 ♦︎♢♦︎

 

 

 場所ががらりと変わって、ここはミストラル帝国の隣国、タンザ帝国である。

 

 真っ黒な壁と、真っ白な大理石の床。現代的でシックな宮殿の一室に、それはそれは美しい男が座っていた。ぬばたまの黒髪に、宝石のアメジストのような紫の瞳。彼はこの国の皇太子、ジャン=バティスト・タンザナイトと言う。

 彼は、遠隔と通信ができる水晶玉に向かって話していた。その声には、隠しきれない苛立ちが滲み出ていた。


「もう少しで、一番厄介で邪魔なレオンを消せると思ったのに……!分かっているのか?お前の責任だぞ」

『僕を責めないでくださいよ。緊急の治癒も、実際はほとんどかけていなかったのに……化け物ですよ、あれは……』


 水晶玉の向こうで弱りきった声を出しているのは、青い髪に、印象的な緋色の目をした男だ。


「レオン……あいつは本当に、我が国にとって目の上のたんこぶだ」

『おっしゃる通りです』

「おい、魔獣のストックは、まだ完成しないのか?」

『はい。ドラゴンを生成するのに、かなり大量の血を使ったので……申し訳ありません』

「今は待つ時、と……そういうわけか。レオンが折角弱っているのに動けないとは、歯痒いな」

『そうですね。しかし、実験はあらかた終わりました。次こそは大掛かりな攻勢に出られます』

「ふん……。まあ、今回は収穫もあったから良い。アメリア・ヴァレットのギフトの開花……。素晴らしいものだ。あれは間違いなく、我が軍の切り札になる」

『はい。彼女がいれば将来的に、魔獣を複数同時に操ることも可能かと』


 アメリアの名前を出したジャンはその美貌を歪ませて、うっそりと笑った。


「あれは、良い女だ。あの美貌、あの肢体、そして才覚。ああ、欲しい。欲しいなあ……。絶対に、俺のものにする。あれを使って魔獣軍を操れば、俺は世界の覇者になれる……」


 その場にいない女のラインをなぞるように、ゆっくりと指を動かしていく。ジャンは恍惚としたまま、指示を出した。


「あれを攫ってこい。お前の正体がバレても構わない。手段は問わない」

『御意』


 水晶玉の向こうの男も、少しだけ笑ったのが映った。その緋色の目を、歪ませて。

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