2-9 約束したのに
武闘大会から数日が経った。
大会は滅茶苦茶になったものの、貴族や一般の観衆に被害は出なかった。レオンが対策を徹底していたお陰で、騎士たちが力を発揮し、守り切ったのだ。
しかし、当のレオンが――――長らく、目を覚まさなかった。
内蔵と骨の幾つかを破損する、大怪我だったそうだ。一命を取り留めたのが奇跡だと言われた。魔術で傷は塞がっているが、体に代償としてのダメージは残る。アメリアは毎日、目を覚さないレオンに付き添って過ごした。
同じ病院に入院しているテオは、武闘大会の翌日に目を覚ましたらしい。本当に良かったと思う。目を真っ赤に腫らしたジゼルは、毎日アメリアを励ましにやって来た。テオはまだ歩けないが、レオンをとても心配していると言う。
他にも様々な人が、代わる代わる来た。普段は領地にいる、レオンの両親。オリヴィエやカミーユを初めとする、騎士団のメンバー。侯爵家の使用人たち。アンリなど、他の攻略対象たち。お忍びで、王族であるアメリアの父母や、兄アルフレッドまでやって来た。
アメリアはずっと笑顔で、気丈に対応した。というか、あの日以来、うまく涙が零せなくなったのだ。
どうやらレオンがいないと、アメリアは壊れてしまうらしかった。生きているようで死んでいる、そんな心地だった。
「レオン……私、レオンなしじゃ居られなくなっちゃった」
ある夜、アメリアはレオンの手を握りながら、平坦な声でぽつりと呟いた。
「貴方があんまり、私のことを甘やかすから。だから…………。約束、したのに…………」
こんなに苦しいのに、涙一つ零れない。
「私のことを、呼び戻してくれたって…………貴方が居ないと、ダメじゃない」
返事がないから、ずっと呼吸がしにくいのだ。
「ずっと一緒に居るって…………言ったじゃない………………」
――――その時だった。
レオンの手が、少しだけぴくりと動いたのは。
「…………レオン?」
「…………リア………………」
ガタンと椅子を押し退け立ち上がる。
小さく小さくレオンの瞼が震え、青い瞳が少しだけ見えた。
「レオン…………!!」
「…………アメリア…………」
アメリアはそれまで押し留めていたものが、一気に決壊するのを感じた。
「…………!!」
身体中がカタカタと震え、目からは嘘みたいに涙が溢れ出す。レオンは弱い力だが、確かにアメリアの手を握り返して来た。
「レオン…………!!」
「…………泣かせて、ごめん………………」
「いいの。貴方が居てくれるなら…………いいの…………!!」
アメリアはぎゅっと手を握った。大きなレオンの手。大好きな手を。
「俺も、君なしじゃ……居られないよ…………」
「うん……!!」
将軍レオン・ヴァレットは、こうして奇跡の生還を果たしたのだった。
♦︎♢♦︎
「全く!こんな大怪我して。どれだけ奥方に心配をかけたと思ってる。大体お前は将軍なんだから、あまり前線に出るな。一体何度言ったら分かるんだ」
レオンに向かって説教をしているのは、攻略対象アンリ・シャリエールだ。彼は眼鏡のフレームを何度も手で直しながら、その新緑の目を吊り上げている。先ほど見舞いに来てから、ずっと怒っているのだ。アメリアは心配でおろおろとしながら、その様子を見ていた。
半身を起こしてクッションで支えているレオンは、生真面目な様子で頷いた。
「お前の言う通りだ。すまない」
「お前はいつもそうやって!返事だけは良いんだ……!!」
「今回は、お前の立ち回りのお陰で、来賓を素早く避難させられた。さすがだ、アンリ。ありがとう」
レオンが小さく頭を下げると、アンリはぐっと口をへの字にして押し黙った。
「……そんなの良いからさっさと治せ!将軍のお前が負傷していることが、この国にとって一番の隙になる!」
「それも、他国にはうまく隠してくれているんだろう。知っている。ありがとう」
「………………もういい!良いか、絶対に!無理に動くなよ!!」
捨て台詞のような言葉を吐いて、アンリは立ち上がった。ゲームでもなかなかのツンデレだったが、今回はそれがレオン相手に発揮されているらしい。アンリはアメリアの前に立ち、深々と頭を下げた。
「アメリア様。奴が沢山泣かせてしまい……本当に申し訳ありません」
「いえいえ、夫は騎士ですから。仕方ありません」
「どうか、見捨てないでやってください。…………あと、回復してきたらすぐに訓練しようとすると思いますので、見張ってやってください。多分、アメリア様の言うことしか聞かないと思いますので」
「はい……分かりました」
アメリアは思わず、ふわりと笑った。レオンは良い友人を持ったなあと思う。
レオンの病室は果物や花などの見舞いの品でいっぱいだった。次から次へ色々な人が見舞いに来るのだ。侯爵家の使用人は、見舞品の処理に追われているくらいだった。
「アンリって、とても良い人なのね。レオン、ちゃんと感謝しなきゃダメよ?」
「……うん」
「旦那様がこんなに沢山の人に慕われていて、嬉しいわ」
「アメリア…………ありがとう」
アメリアはその後も、献身的な看護を続けた。
食事は全部手ずから食べさせたし、使用人と一緒に大柄なレオンを抱えて何度も運んだ。入浴の手伝いも他のことも、全てやったのだ。
その甲斐あってレオンは、目覚めてから僅か十日後には、自宅に帰れることになったのだった。
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