2-8 テオ、降参する

 テオ・クルーゾーは十二歳の時、小さなジゼルに出会った。

 自堕落で無機質だった彼の人生は、その瞬間から妙に輝き出した。


 綺麗な桜色の髪に、やたらとキラキラした金色の目。

 何故か、自分みたいなちっぽけな存在に懐いてきて、付き纏ってきたジゼル。可憐な見た目に反して、無邪気で破天荒で無鉄砲。そんな彼女が放って置けなくて、テオは面倒を見るようになった。あの頃は、歳の離れた妹のように思っていた。


 自分の持つ【錬金術】アルケミーは、面白い祝福ギフトだった。貴族って言ったって、どうせあんまり有名でもない子爵だ。好きにやって、気楽に生きて、そこそこの結婚をして。適当にだらだらと生きようと思っていた。最低限、好きな研究だけできれば、あとはどうでも良いと思っていたのに。

 

 それなのに――――ジゼルと一緒に採取や研究に励むうち、テオはやたらと強くなってしまった。そうして十五歳の時、騎士団にスカウトされたのだ。まあ研究をしてお金を貰えるなら良いかと思い、話を受けたのが間違いだった。

 騎士団はそんなに甘い場所じゃない。力の抜きどころを見失ったテオは、無駄に血と汗を流して、更に強くなってしまった。レオンとは、その頃からの付き合いだ。腐れ縁とも言える。


 二十歳になってからは独立し、研究一筋でやるようになった。

 独立した途端、ジゼルに押しかけるように弟子入りされた。あまりの勢いに押され、断るのも面倒だったので、仕方なく師匠になったのだ。

 しかし、目を爛々とさせたジゼルは、テオがこっそり隠していた研究成果までことごとく公にしてしまった。そのため錬金術師としてやたらと高名になってしまい、好きなことだけやっていられなくなった。大変迷惑だった。

 

 それでもテオは、何をされたって結局、ジゼルを突き放せなかった。どうしたって彼女が可愛かったからだ。

 テオが二十三になって、成人したジゼルに告白された時は、とても動揺した。あんなに小さい女の子だったのに、いつの間にか大人の女性になっていたのだ。そして、テオはいつの間にか――――自分でもいつからか分からないが――――ジゼルのことを、好きになっていた。


 一体、いつ?

 俺としたことが。

 とにかく、身を引かなければ。

 

 テオは真っ先にそう思った。だってジゼルには、美貌も地位も実力もあった。自分じゃ到底釣り合わない。

 だが、ジゼルが他の奴に取られるかもと考えたら、本当は居ても立っても居られなかった。彼女の周りには、何故だかやたらと顔の良い、魅力的な男が揃っていた。だからジゼルが自分のことを好きだと再確認する度に、テオは密かに安堵していた。気持ちに応える気もないくせに、狡い大人だ。

 

 テオは人知れず、ジゼルが害されないように立ち回ってきた。弟子と師匠という関係を言い訳にして、ジゼルに一番近い男という立場を譲らなかった。

 狡いから。それでも、好きだったから。


 諦めきれなかった。

 何度も何度も、この恋心を捨てようと思ったのに。

 諦めなければと思ったのに。

 

 もうジゼルを突き放して、解放してやらなきゃいけないのに……。

 

 

 テオが目を覚ますと、そこは病室らしかった。身体中が燃えるように痛くて、怠い。だが、すぐに視界にジゼルが飛び込んできた。


「テオ様!!」

「…………ジゼル」

「テオ様…………!!テオさまぁ…………!!」


 ジゼルは真っ赤な目からぼろぼろと涙を零し、テオに縋り付いてきた。なんとか怠い腕を起こして、その涙に触れる。熱かった。


「はあ……。やっぱり、諦めきれねえよなあ……」


 テオはぽつりと呟いた。

 

 もう降参だ。

 腹を括らなければ。

 そう思った。

 

 ジゼルはぼろぼろと涙を零したまま、首を傾げてぽかんとしている。


「俺、助かったんだな。今回は、さすがに死んだかと思ったわ」

「私だって、そう思いました…………っ、あんな無茶…………!!」

「…………でもさ、守らねえといけないと、思ったから」

「皆をですか?そんなの……」

「いや……お前をだよ」

「…………え?」


 テオはゆっくりと顔を動かした。全身が怠いが、治療は終わっているようだ。

 窓を見れば、もう夜だ。なんでジゼルは年頃の娘なのに、夜更けにこんな所に一人でいるのだろう。また親御さんの目を盗んでやってきたに違いない。これはあとで説教だな。

 そんなことをぼんやりと考えながら、口を動かした。


「俺は人々を守ろうとか、そんな高尚なことは考えられねえ」

「…………はあ」

「お前を守りたかったから、頑張っただけ。……お前が、好きだから」

「……………………はあ」


 ジゼルはぽかんとしながら、更に首を傾げた。病室に奇妙な沈黙が落ちる。


「……………………はあ!?!?」

「大声出すなって。ここ病院だろ?」

「だだだだだだって、いま、テオさま、あの!!!」

「静かにしろよ」


 ジゼルの、桜色の唇にトン、と人差し指を当てる。彼女は熟れた果実みたいに真っ赤になって黙り込んだ。


「…………っ!!!」

「俺は、お前が、好きだ。ずっと、前から」

「………………っ!!!!」

「狡くて重い大人だ。爵位だって低いし、自分ではそんなに魅力があるとも思わん。それでも良いのか」

「そ、そんなの…………っ」


 ジゼルの両目からは、またぽろりと涙が溢れた。


「そんなの、良いに決まってるじゃないですか…………!!」

「…………お前は、そう言うよな」

「分かってるくせに、なんで聞くんですか!?私、テオ様のこと…………テオ様だけが、大好きなのに…………!!」


 手を何とか動かして、ぽろぽろと溢れる涙を拭う。本当は抱き寄せたい。


「ごめんな、余計に泣かせちまったな」

「テオ様………………」

「あのさあ、ずっと思ってたんだけど。その、『テオ様』っての……もう、やめねえ?」


 テオの突然の提案に、ジゼルは分かりやすく固まった。


「……え?」

「お前、他の男のことは呼び捨てにしてるじゃん……」


 本当は、ずっと面白くなかった。他の男を呼ぶたびに、何度も嫉妬していたのだ。


「は、は、はい……そうですね?」

「今呼んで」

「……はぇ?」

「テオって呼んで」

「…………………………!!………………テ………………テオ」


 ジゼルはおろおろと目を彷徨わせた後、真っ赤になってぎゅっと目を瞑りながら言った。テオはにっと笑う。滅茶苦茶に嬉しい。体がこんな状態でなければ、とっくのとうにキスしている。


「上出来。あとは、敬語も止めろよ」

「ええ!?む、無理です…………!!」

「あーあ。ジゼルに婚約を申し込もうかと思ったけど、止めようかな……」

「無理じゃないです!!い、いや!!無理じゃないわ!!!」

 

 慌てふためくジゼルを見て、テオは笑った。怪我に響いて痛かった。ジゼルの細い手に指を絡めて、ぎゅっと握ってみる。ジゼルは完全にキャパオーバーしていて、何も喋らなくなった。最高に可愛い。

 

 その後朝が来るまで、テオはジゼルの手を握って離さなかった。

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