2-7 アメリアの祝福

 テオは魔術陣を操り、騎士団の防衛を補助していた。強化した解毒薬のついた槍を、手にしっかりと握りしめる。レオンが負傷した今、これを刺すのは自分しかいない。

 テオとレオンの二人は、騎士団に内通者がいる線を疑っていた。だから実は、この槍の存在を知るのは――――テオ、レオン、ジゼル、そしてアメリアの四人だけなのである。

 

 槍は確実に、深くまで突き刺さなければならない。そうでなければ、先ほどのレオンの雷の剣のように、失敗するリスクがあるのだろう。ドラゴンは恐らく、分厚い鱗に固く守られている。

 テオは大きな隙を狙って転移するしかないと考え、魔術陣を背後に携えていた。いつでも、すぐさま転移を発動できる状態だ。


「アメリア!?ねえ、どうしたのアメリア!?」


 ジゼルがパニックになっている。彼女の隣にいるアメリアが、先ほどから人形のように動かないのだ。その赤い髪がふわふわと浮きあがり、アメリアだけが外界から隔離されているようだった。

 テオはジゼルを支えながら言った。

 

「アメリア様は多分、祝福ギフトを使ってるんだ!ジゼル、お前は魔術陣の発動に集中しろ!!」

「は、はい……!!」

「アメリア様は、俺が守っているので大丈夫です!」


 カミーユが叫んだ。彼はアメリアの前で、守護の祝福ギフトを発動し続けている。全ての攻撃を無効化する範囲結界だ。

 そのすぐ横にはレオンが横たわり、緊急の治癒をかけられていた。騎士たちが力を合わせ、血だらけのレオンを中に退避させたのだ。

 しかしドラゴンは、未だ暴れ続けている。再度、大きく翼を振り上げた。また最初の、鱗の攻撃が来る。

 

「ダメだ!氷壁が破られる!!」


 テオがそう叫ぶと同時。


 

 ――――ピタリ。


 

 ドラゴンが突如動きを止めた。そのまま観客席に落下していく。よく分からないがチャンスだ。


 ――――今だ。


 そう悟った瞬間、テオは転移陣を発動した。ドラゴンが地面に落下すると同時に、その上に転移する。着地と同時、ドラゴンの背に向かって、槍を深く深く刺した。

 

「ギヤアアアアアアア!!!!」


 ブオン!!


 テオは一瞬で浮遊し、全身をしたたかに打ち付けた。槍を刺された痛みでドラゴンが翼を広げ、彼を飛ばしたのだ。


「テオ様!!!」


 ジゼルの声が遠くに聞こえる。その瞬間、辺りはカッと強い光に包まれた。



 ♦︎♢♦︎



 ――ちゃんと、止まったね。


≪苦シカッタ。寂シカッタ。≫

 

 ――辛かったね……。


≪貴方ハダレ…………?≫

 

 ――私……?

 ――…………私?

 ――私、って…………何、だっけ…………。


 彼女は、薄らいだ意識の中を揺蕩っていた。

 

 自分が何者だったのかも、うまく思い出せない。

 ただ、ひどく心地が良いと思った。

 虹色の光が煌めいている。

 向こうに温かい景色が広がっている気がした。

 ふわりと揺蕩い、そちらに行こうとした、その時――――声が、聞こえた。

 

 

「アメリア、おいで」

 

 

 ――――レオン。


 彼女は瞬いた。


 ――そうだ、レオンだ。

 ――レオンが、呼んでる。

 ――行かなくちゃ。

 ――私は……。

 ――私は。



「アメリア…………!」

 


 薄らと目を開けた。血の匂いがする。

 大好きな人が、レオンが、自分を抱きしめて顔を覗き込んでいた。

 彼は大怪我を負ったままだ。その夏の空みたいな青い目からは、ぼとぼとと涙が零れ落ちていた。


「れ…………おん………………」

「アメリア!!」


 アメリアは、レオンのもとへ戻ってきたのだ。

 

「レオン」

「…………」

「レオン……?レオン…………!!」

  

 しかしアメリアの意識がはっきりすると同時に――――レオンの力ががくりと抜けた。彼は意識を失ったのだ。


「レオン…………!!レオン!!」

「アメリア様!レオン様には最初に緊急の治癒をかけましたが、まだそれだけです……!!彼は我々を振り切って、アメリア様の元に……!!」


 青褪めたオリヴィエが近づいてきて、そう叫んだ。アメリアは絶望でぐらりとし、両手で口を覆った。

 

「そんな……!!」

「今から集中治療をします!!」


 騎士団の医療班が、次々と駆け寄ってきた。レオンが横たえられ、命を助けるための集中治療が始まる。レオンの周囲は大量の魔術陣で囲まれ、光り輝いた。

 アメリアは、もう邪魔にしかならない。滂沱ぼうだの涙を零しながら一歩、二歩と後ろへ下がっていく。

 守護の祝福ギフトを解除したカミーユが、崩れ落ちるアメリアを支えた。

 

「アメリア様!!」

「ド、ドラゴンは、どうなったの……!?」

「突然、止まりました。アメリア様のお陰かと……。テオ様が自ら転移して、解毒の槍を刺しました」


 アメリアがテオの姿を探すと、観客席の真ん中にも医療班が集中し、大量の魔術陣を操っているのが見えた。真ん中にいるのはテオだ。その少し後ろでジゼルが崩れ落ち、泣きじゃくっているのを発見した。アメリアはよろけながら、ジゼルに駆け寄った。


「ジゼル…………!!」

「…………ゔっ!!ひっぐ!!アメリア…………!!テオ様が!!レオンが…………!!」


 ジゼルは完全に我を失っている。アメリアは彼女を抱き締めた。


「大丈夫。助かるわ…………絶対よ…………!!」

「…………ゔん…………!!」


 アメリアもまた涙をぼろぼろと流しながら、ジゼルを抱きしめて背中をさすった。あたりを見回すと、怪我をした騎士たちが沢山いるものの、一般人の怪我人はいないようだった。訓練された騎士たちが、きっと守り切ったのだ。人々の避難は、既にほとんどが終わっていた。

 突然、ポタリ、ポタリと雨が降り始める。辺りを見回して現状を確認していると、一人の騎士がアメリアに駆け寄ってきた。


「アメリア様!ドラゴンになっていた動物です」

「…………!!診せてちょうだい」


 騎士から渡されたのは、小さな黒いトカゲだった。傷があって少し弱っているが、命には別状がないようだ。アメリアはすぐに治癒の魔術を発動しながら、手当てをしていった。

 

「これで良いわ…………。カミーユ、この子を預かっていてくれる?ジゼル、私は行ってくるね」

「アメリア、どこへ行くの……?」

「私、簡単な治癒の魔術だけは使えるから。皆の治療を手伝ってくるわ」


 雨脚が強まる中、アメリアは凛として応えた。ジゼルは目を見開いていた。

 

 本当は、まだうずくまって泣いていたい。少しでもレオンの傍に居たい。でも、少しでも出来ることをしなければいけないと思ったのだ。

 自分は将軍の妻だ。レオンの大切なものを守らなければならない。


 遠くで雷が鳴った。

 

 アメリアは、もう振り向かずに前へ進んだ。

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