2-6 武闘大会

 武闘大会の当日となった。

 王都の中心にある大きなコロシアムには、この国の国旗が沢山飾られている。鮮やかな緑と橙の二色の旗が空を彩っている様は、とても美しかった。空は快晴である。

 街中の街道からコロシアムにかけては露店がひしめいており、街はお祭りムードだ。コロシアム内では大勢の観衆が戦士の戦いに一喜一憂し、大歓声を上げていた。

 競技は何種類かに分かれており、純粋に剣術を競うものや、魔術との複合競技、それに馬上競技なんかもある。参加者は騎士団員だけじゃなく、一般公募もしている。ここで名を上げたい冒険者なども、沢山名を連ねて参加しているのだ。

 

 アメリアはレオンに指示された通り、騎士団の席の一角で見学をしていた。右隣には守護の騎士カミーユがついている。左隣にはジゼルがおり、その向こうにはテオが控えていた。競技を静かに見守っていると、ジゼルがひそひそと話しかけてきた。


「私、会場で実物を見るのは初めてなの。何だかオリンピックに近い雰囲気なのね」

「分かるわ。スポーツ観戦に近いから、ワクワクするわよね」

「うん!ゲームでは、このお祭りで起きるイベントも多かったよね」

「そうそう。本当は色々と盛り上がる、楽しいイベントなのよね……」

 

 事実、姫だった頃のアメリアは、この催しを大変楽しみにしていた。レオンが圧勝するのを遠くから眺めては、喝采を上げていたものだ。


「レオンが大会で勝てるように、お守りを渡すイベントとかあったよね」

「そうね。実際のレオンは、勝ちすぎて殿堂入りしているけど……」

「この世界のレオンは、アメリアをお嫁さんに迎えたいあまり頑張りすぎたのね」

「そ、そうなのかしら。よく考えるとレオンって、ゲームの設定からかなりズレてる……?」

「そうよ!今まで気付かなかったの?全部アメリアのためよ!」


 ジゼルに言われるまで気付かなかった。

 殿堂入りして試合に出られないレオンは、王族の一段下にいる。彼は国王を守るようにしながら、大会の成り行きを見守っていた。貴族席は騎士団の待機席の上側にあり、王族の席はそこからかなり高い、最上部に設けられている。

 

 アメリアは試合を見守りながらも、ずっとそわそわしていた。今年はどうしても、楽しみよりも心配が勝る。アメリアは、レオンとのデートで買ってもらった青いブローチを身につけ、それを触りながら不安な気持ちを抑えていた。

 ジゼルも落ち着かないのだろう。お喋りしながらも、両手を拳にしてぎゅっと固く握り締めている。

 ジゼルの向こうにいるテオは、常に比べてとても静かだ。彼は解毒の槍を守るかのように、自分の背後に置いていた。テオは昨日、自分は前線には出ないとうそぶいていたが――――いざと言うときには、矢面に立つつもりでいるのだろう。アメリアには分かった。


「何も起きないまま、決勝に入るわね」

「このまま終わってくれれば良いけど……」


 とうとう剣術の決勝が始まり、会場のボルテージが最高潮に達した時である。

 突然、辺りが眩く光った。


「!?」


 次いでぬっと現れた大きな影に、観客席が包まれる。

 何事かと、上空をがばっと見上げた。


 そこに、いたのは――――

 


「ドラゴン……!?」

 


 巨大な翼を持つ、真っ黒なドラゴンだった。

 

 翼を広げた全長は、十メートルほどあろうか。本体はそこまで大型ではないものの――――ドラゴンは魔獣の中でも特に凶暴だと、書物で読んだことがある。


「ギャアアア!!!」


 真っ黒なドラゴンは巨大な咆哮を上げて、翼を一度上にあげ、勢い良く振り下ろした。


 パキィン!!


 突如出現した巨大な氷の壁に、観客席が守られる。レオンの氷だ。

 氷の壁には既に、ドラゴンの鱗らしきものが無数に突き刺さっていた。先制攻撃されたのだ。氷壁がなければ、もう死者が出ていたに違いない。


「弓兵、放て!」

 

 いつの間にか前線に出ていたレオンが鋭く叫ぶ。壁の前に素早く整列した弓兵が、解毒薬のついた弓を一斉に放った。しかし――――


 ゴウ!!!

 

 ドラゴンの翼の一振りで、弓矢は全て叩き落とされてしまった。


「弓はダメか!」

【以心伝心】アニマルリーディングで潜ってみます!」

「お願いします。いざとなったら、アメリア様だけは守りますので!」


 アメリアの前に出たカミーユが、守護の祝福ギフトを発動した。アメリアはブローチを握り締め、集中を始める。

 その間にもドラゴンは二撃、三撃を繰り返し、会場は大パニックに陥っていた。今のところ、騎士団が総出で全ての攻撃を防いでいる状態だ。彼らは観衆の避難誘導も同時に行なっていた。今日に備えて、余程訓練していたに違いない。


 ≪――――――……………………――――――――………………≫


「………………ぷはっ!!!はぁ、はぁ………………!!!」

「アメリア!!大丈夫!?」

「ダメ!潜在意識どころか、記憶も何もかも読めない……!!」


 アメリアが絶望した瞬間、ドラゴンの上部に転送陣が現れ、そこからレオンが落下した。そして雷の剣を、ドラゴンの首に勢いよく突き刺した。


「ギャアアア!!!!」


 しかしドラゴンは上手く麻痺せず、レオンを叩き落とした。彼は何とか着地したが、激昂したドラゴンが腕を振り上げ、レオンに襲いかかった。


「ぐあっ!!!」


 レオンは剣でそれを受けようとしたが、失敗した。

 氷の壁に血飛沫が跳ね、流れ落ちる。分厚い氷の壁を隔てた目線の先、彼はアメリアの目の前で切り裂かれたのだ。


 ――あ。

 ――レオンが。

 ――レオンが、死んじゃう……?


 アメリアは、ドッと心臓が鳴るのを聞いた。

 今までは、多分どこか楽観視していた。レオンは死んだりしない、無敵なのだと、心のどこかで思い込んでいたのだ。

 

 でも、そんなことはない。

 彼は騎士で、ただの人間だった。

 


 ぶわり。

 


 アメリアの赤い髪が大きく広がる。気づけば、全身が奇妙な浮遊感に包まれていた。自分の中の祝福ギフトが激しく反応している。


 ――嫌だ。

 ――嫌だ!!

 ――レオンを、死なせたくない……!!


 アメリアはお守りのブローチを握りしめて、深く深く

 


 ――どこ。

 ――どこにいるの。

 ――教えて。

 ――答えて。

 


≪…………シイ。………………≫


 

 ――居た。

 ――見つけた。

 ――止まって。

 ――止まって……。

 


≪クルシイ………………サミシイ……………………≫



 ――お願い、止まって。

 

 

 ――ねえ、聞こえる?もう、大丈夫だよ。

 

 

 アメリアの意識は深く深く、誰よりも奥底に沈んでいた。

 彼女にはもう、周囲の何もかもが――――レオンさえもが、見えていなかったのだ。

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