2-5 警戒と対策
「弓、放て!!」
足止めした魔獣に、弓兵が一斉に弓を引いた。テオとジゼルの作成した、解毒の弓矢だ。
「光った!」
「動物に戻っていくぞ!!」
「杭が消失した!!」
弓矢は早速正しい効果を発揮し、魔獣化の呪いを解くことに成功した。騎士団の団員たちは喝采を上げた。
今回はシカ型の魔獣だ。アメリアから、保護した動物は自分のところへ連れてくるよう言われている。レオンの隣で戦っていた魔術師のオリヴィエが、笑顔で言った。
「レオン様!これで、ひと安心ですね!!」
「いや、恐らく……まだだ」
「?」
騎士団が喜びに包まれる中、レオンは未だ厳しい表情をしていた。
♦︎♢♦︎
「武闘大会?」
アメリアは保護したシカの包帯を巻き直しながら、疑問符を飛ばした。
この雄のシカには、ミントと名付けた。怪我がある上に、彼はまだ子どもだ。侯爵邸には既に快適な飼育部屋が作られ、動物の面倒を見る体制は整っている。
「それって、毎年騎士団がやっている、あの?」
「ああ、そうだ。開催日が迫っている」
「そうね」
武闘大会は、騎士団の有力な戦士たちが武を競い合う一大イベントである。当日は露店が立ち並び、コロシアムに沢山の見物客が入るのだ。他国からの来賓も招いて行う、この国を代表する催し物だ。確かに、その開催日はあと一週間後に迫っていた。
「俺は、そこが狙われると思っている。会場は屋外だから、観客を襲いやすいだろう。解毒薬は完成したが……向こうは更に杭を改良して、隙を突いてくるかもしれない」
この意見に、アメリアは思案げな顔で黙り込んだ。包帯を巻き終わったミントの背を、そっと撫でる。彼はアメリアの膝を、優しくペロペロと舐めてくれた。
「イタチごっこね……。確かに武闘大会は、狙うには格好の場だわ。そうした危険がわかっていても、大会自体を中止することは……やっぱり、難しいのよね?」
「ああ。あれは国の威信をかけて開催するものだ。それに、武威を示して他国を牽制する意味合いも兼ねている。簡単に中止できるようなものじゃない」
「そうよね……」
「今回は来賓を最小限にすると国王は言ってくれたが、それに留まるだろう。アメリア。悪いが当日は……会場で待機していてくれないか?もちろん、君には守りの騎士を付ける」
「わかったわ。私の
「うん。あらゆる事態を想定しておきたい。何より君の安全が第一だと思っているのに……すまない」
「私は元王族だもの。どちらにしろ、国の主要な行事はきちんと参加しないといけないわ」
「ああ……そうだな」
アメリアが笑顔で言うと、レオンは少し弱った顔で一度頷いた。それから、飲んでいたお茶をテーブルに置き、立ち上がってこちらへ来る。彼はアメリアのすぐ隣に腰を下ろし、一緒にミントを撫で始めた。
「この連日の魔獣騒ぎ……俺にはまるで、実験を繰り返しているように見える」
アメリアは瞠目した。以前から、うっすらと感じていたことだ。まるで試作と実践を繰り返しているような――――そんな気配。
「私もそう感じるわ。犯人はもっと大きな計画のために、色々と試行錯誤しているんじゃないかって……」
「ああ」
その度に、罪のない動物たちが犠牲になっている。とても許せない話だ。アメリアは震える声で言った。
「私……
「アメリアは、もう十分頑張ってるよ」
「うん……でも、出来ることをしたいの」
レオンは心配そうだったが、アメリアはぎゅっと拳を握りしめ、強い意志を固めていた。
♦︎♢♦︎
武闘大会を、いよいよ翌日に控えた日。アメリアとレオンは、再びテオの研究室を訪れていた。
錬金術師の二人は、以前よりは眠れているようで、顔色が幾分かマシになっていた。しかしジゼルには、やはりいつもの笑顔がないようだ。アメリアは彼女のことも心配だった。
「この一週間で、解毒薬の精度をより高めた。改良型の杭にも、少量で効果を発揮する。あとは念の為……弓の強化版として、槍も作ったぜ」
テオが大きな槍を持ってきた。仕込まれている解毒薬の量が、弓矢に比べてかなり多いようだ。
「ありがたい」
「槍を使えるのは一度きりだから、気をつけろよ」
「わかった」
「俺も一応、槍術はできるけど……前線には上がらないからな?」
テオが茶目っ気たっぷりに言った。意外な話に、アメリアは目を丸くする。レオンが横から補足した。
「テオは昔、騎士団に所属していたんだよ」
「ええ!?そうなんですか?」
「俺はもともと騎士団で働いて、戦闘のための研究をしていたんですよ。研究の時間が足りなくなって、独立したってわけです」
「騎士として頑張るテオ様も、とっても格好良かったのよ!今も材料の採取をするために、しっかり鍛えているしね!転移魔術だって使えるし、万能なんだから!」
テオが答え、ジゼルが控えめに笑いながら言った。
国一番の錬金術師な上、戦闘までもこなすとは。テオはやはり、侮りがたい人物のようだ。
「ともかく、武闘大会に間に合って良かったな」
「ああ。数日前から魔獣の発生がピタリと止まっている。どうも……嫌な予感がする」
「嵐の前の静けさってやつだな。まあ、出来る限りのことをやったんだから、あとはぶっつけ本番だよ」
レオンの言う通り、数日前から魔獣が発生しなくなっていた。犯人は、また杭を改良しているのだろうか。
アメリアはこれまで、一切休まずに
一同は何とも言いようのない、底知れぬ不安を抱えたまま――――武闘大会当日を、迎えることになるのだった。
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