2-4 アメリアの特訓

 改良型の杭に関する解析結果は、すぐに出た。やはり洗脳の術式が組み込まれているらしい。それから、凶暴化の術式もだ。敵はこちらの戦力をある程度把握した上で、呪いの強化をしてきたに違いなかった。


 アメリアは例のウサギを、家族として迎えることにした。あまりにも傷だらけだったので、寝ずに付きっきりで看病したのだ。大分持ち直したところで、彼女にはフレーズと名づけた。今は元気にご飯も食べられるようになって、アメリアはホッとした。

 回復したフレーズには、後から直接話を聞いた。やはり犯人像は同じ、青い髪に赤い目、動物の言葉を操る人間だ。しかしこれまでと違うのは、術をかけられて以降、フレーズの記憶がないということだった。

 

 テオの推察によれば、洗脳状態の動物たちの心は、潜在意識の奥底に隠されている状態だとのことだ。アメリアの祝福ギフトでは、すぐにアクセスすることができない状態になっているのだ。

 

 それについ先日、心配なことがあった。随分憔悴したジゼルがやってきて、大泣きしていったのだ。何だかいつもの彼女と違い、尋常でない様子だった。笑って「いつもの失恋」と言っていたが、相当傷付いているに違いない。多忙なのもあってジゼルの心が限界を迎えているのかもしれないと、アメリアは感じた。そんな状態にも関わらず、彼女は今日も仕事を頑張っているようだ。


 一方、レオンは連日のように起こる魔獣騒ぎを鎮めるため、地方のあちこちへ飛んで戦い続けている。魔獣の戦闘能力があまりにも高いため、下に任せられないのだ。禄に休みを取っていないので、相当疲れているだろう。

 

 皆がそれぞれに、出来ることを頑張っていた。だからアメリアは、自分に何も出来ないのが苦しかった。とてももどかしかった。だから、ある日こう思い立った。


「とにかく調べて、私にも出来ることを見つけて。何でもいいから、やってみましょう」


 ナターシャ、モナカ、そして新たに仲間入りしたウサギのフレーズ。彼らがアメリアに擦り寄ってきて、心配する気持ちを伝えてきた。モフモフしていて、温かい。


「大丈夫よ。貴方たちみたいな子を少しでも減らすために、できることはやりたいの」


 アメリアは、まずは情報を集めるため、友人にコンタクトを取った。

 


 ♦︎♢♦︎



「アメリア、久しぶりね」

「久しぶり。オデット。忙しいところごめんなさい」

「いいのよ。言われたことは、事前に調べておいたわ」


 オデット・デュポワは、アメリアの数少ない人間の友達の一人である。アメリアは彼女に会うため、王立図書館にやって来た。彼女はここで図書館司書をしているのだ。彼女が持つ祝福ギフト【知識の庭】ディクショナリー。一度見た本の内容を全て記録し、すぐに呼び出せると言う優れものだ。まさに、この国の生き字引なのである。

 アメリアはオデットに、【以心伝心】アニマルリーディングについて調べてもらっていた。


「伝承や古文書を中心に調べたの。結論から言うと、貴女の【以心伝心】アニマルリーディングには、まだまだ発展の余地があるわ」

「……!そうなのね」

「今、貴女は動物の表層意識にしかアクセスできていない状態だけど……記憶を読んだり、潜在意識の中に潜り込むことも可能みたいね。まあ、訓練次第だけど。更に、それを発展させていけば……動物を意のままに操ることも、可能になるそうよ」

「操ったりするつもりはないけど……。隠された心に、直接呼びかけることが可能かもしれないわね」

「私もそう考えるわ。祝福ギフトの訓練に必要なのは、イメージ力の蓄積と反復練習よ。貴女の動物たちを相手に、毎日訓練するのが良いと思う」

「ありがとう!」

「だけど一つ、注意点があるの」


 オデットは厳しい表情で、瓶底メガネをくいっと持ち上げた。彼女は本当は、水色の髪にラピスラズリの目を持つ美人なのだが、それを隠して生活しているのだ。仕事に生きる女なのである。


「注意点?」

「相手の潜在意識に潜ってアクセスするということは……それだけ、貴女自身の意識が希薄な状態になるってことなの。この祝福ギフトではないけれど、やっぱり相手の意識に潜ろうとして……帰ってこられなくなったという事例があるわ」

「帰って、来られなくなる……」


 アメリアはぞっとした。やらないという選択肢はないが、訓練はかなりのリスクを伴うもののようだ。


「そう。だから、潜在意識の奥底まで潜るというのは、多分至難の業よ。いいこと?相手の意識の中に潜る訓練は少しずつ、慎重に。無理はしないこと!」

「気をつけるわ」

「あとは……セーフワードを決めておくと良いわね」

「セーフワード?」

「この人がこの言葉をかけたら自分の意識を戻す、って、条件付けする言葉のことよ。貴女が頼りにしていて、親しい相手であるほど良いわ。貴女の場合は……旦那様ね」

「うん、そうね」

「二人でセーフワードを決めておいて、それで意識を戻す訓練を、何度かやっておくと良いわ。私が調べた情報から言えるのは、このくらいね」

「オデット……ありがとう!!やるべきことが見えたわ!!」

 

 アメリアはオデットにぎゅっと抱きついた。彼女は赤くなって、口をへの字にしていた。大変照れ屋なのだ。


 図書館ではたまたま、魔術師のオリヴィエも見かけた。魔術関係の本を読み漁っていたようだ。随分勉強熱心なんだなと、アメリアは感心した。



 ♦︎♢♦︎



「そんなわけでナターシャ、貴女の心の中に潜らせてちょうだい」


≪アメリア様が頑張りたいと言うなら、喜んで付き合うわ。でも、無理は禁物よ?≫


 白虎のナターシャにぺろりと頬を舐められて、ふふっと笑う。ナターシャはいつもお母さんみたいなことを言うのだ。


「じゃあ、やってみるわ。――――【以心伝心】アニマルリーディング


 集中を高め、心の奥に奥に入り込んでいくイメージをする。

 ナターシャの記憶が、徐々に入り込んできた。

 ――今日のご飯、美味しかった――

 ――アメリア様の結婚式、綺麗だった――

 ――小さなと遊んだ時、楽しかった――

 ――幼いナターシャとが出会った時……――


「……………………ぷはっ!!!はあ、はあ、はあ……………………っ!!!」


 アメリアは喉を押さえて、必死に呼吸をした。まるで水の中で溺れているみたいに、苦しかったのだ。それに、ナターシャの意識にどんどん侵食されて――――自分の自我が薄まっていく感じも、良くわかった。


≪アメリア様、大丈夫!?≫

≪すごく苦しそう……!!≫


 ナターシャとウサギのフレーズが、慌てて駆け寄ってきた。心配をかけてしまったと反省する。


「ごめんね……、はぁ。思った以上に、負担がかかるみたい。でも、まだナターシャの記憶を辿っただけで、潜在意識まではアクセスできなかったわ」


≪少しずつやった方が良いわよ≫

≪アメリア様、人形みたいになってた。心配だった≫

 

「そうね。オデットに言われた通り、少しずつ慎重にやるわ。悪いけど、ナターシャ……また付き合ってくれる?」


≪もちろんよ。私は大好きなアメリア様の存在を感じて、心地よかったくらいなのよ?≫


「そうなんだ。それなら良いんだけど……」


 アメリアはそれからも、何度か訓練をした。集中力が段々落ち、潜れる段階も浅くなってきたので、今日は訓練を中止した。一日にチャレンジできる回数には、かなり限りがあるようだ。

 この調子では、今起きている魔獣騒ぎにはとても間に合いそうにない。アメリアはとても落ち込んだ。


 

「レオン、お帰りなさい」

「アメリア、ただいま。……どうした?」

「え?」

「なにか、ひどく落ち込んでいるようだったから」


 レオンから赤いアネモネの花束を渡される。彼には全てお見通しのようだ。アメリアは、正直に全部話すことにした。湯浴みをしてきたレオンにお茶を入れてから、ぽつぽつと今日のことを話した。


「潜在意識に潜る訓練か…………確かに、危険が大きいな」

「やっぱり、反対?」

「心配だけど、アメリアのやりたいことを制限するつもりはない。魔獣たちを助けたいんだろう?」

「うん……それに、レオンの力になりたいのよ」

「アメリア……」

「でも、全然うまくできなくて。溺れるように苦しくて……我慢できずに、すぐに打ち切ってしまうの」

「それは君の心の、自己防衛本能が働いているからだ。仕方のないことだ」

「うん……」

「オデット女史の言う通り、少しずつ慎重にやること。無理はしないこと。これを守れるか?」

「うん、守るわ」

「それなら、俺も訓練に付き合おう」

「ありがとう!」


 セーフワードは、やはりレオンに言ってもらうことに決めた。きっとアメリアの意識がどんなに希薄になってしまったって、レオンの言葉があれば戻ってこられると思ったからだ。「アメリア、おいで」という言葉をセーフワードとした。

 翌日レオンが帰った後、訓練を始める。ナターシャの意識に潜っては、セーフワードで戻ってくるということを何度か繰り返した。


「アメリア、おいで」

「…………ぷは!!はっ!!はぁ、はぁ………………っ!」


≪大分負担が大きそうね≫


「まだ、潜在意識には全然届かないわ。全然……」

「アメリア。祝福ギフトの発展には時間がかかる。俺もそうだった。焦るのは良くない」

「うん…………」

「ほら、おいで。セーフワードが有効なことは分かったから、今日はもう終わり」

「うん」


 ぎゅっと抱き締められ、そのままひょいとお姫様抱っこをされた。


「レ、レオン?」

「ん。頑張り屋さんのアメリアを、今日は沢山労ってあげないと」

「っ!!」

「今夜はめいっぱい甘やかすから、覚悟して?」


 そう言ってアメリアを覗き込んだレオンは、青い目を妖艶に細めて、小さく笑っていた。

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