2-3 錬金術師たち(ジゼルサイド)
ジゼルは連日、大好きなテオと一緒に、大忙しの業務をこなしていた。国を騒がす魔獣騒ぎの原因、呪いの杭の解析を進めなければならないからだ。二人は解析と同時進行で、解毒薬の開発も進めていた。事態は一刻を争っている。
「ジゼル、無理するなよ。フラついてるから、今日は早く帰れ」
「テオ様!いいえ、平気です!テオ様が頑張っているのに、私が休むわけにはいきません!」
錬金術の師匠でもあるテオに声を掛けられ、慌ててそう返した。から元気でニコッと笑って見せると、テオは眉間に大きく皺を寄せた。糸目は決して崩さないが、これは怒っている顔だ。
ずいっと覗き込んできた彼から薬の香りが漂ってきて、ジゼルはドキリとしてしまう。
「お前。
「ひゃあっ…………!!」
間近で囁かれて、変な声が出てしまった。仕方がないとは言え、好きな人にこんな顔を見られるなんて恥ずかしい。
ジゼルは今、杭に塗られた毒の成分の抽出と分析を進めていたところだった。
寝不足だし、確かに少しフラついていたのだと思う。隈は、コンシーラーで必死に隠していたつもりだった。だが、目敏いテオは見逃さなかったらしい。
「お前も、座ってできれば良いんだけどな」
「私、座ると集中力が下がってしまうので……」
「もうすぐ、レオンとアメリアがここへ来るらしい。改良型の杭が入手できたんだと。二人が来るまでここに座って、休んどけ」
黒いソファーにクッションをかき集めながら、テオが言う。彼の仮眠場所でもあるソファーだ。
テオは白い癖っ毛を揺らしながら、一つあくびをした。彼の方こそ、全然まともに寝ていないはずなのだ。それなのに、いつもジゼルばかりを休ませようとしてくる。
「倒れられたら、かえって困るからな」
「はい…………ごめんなさい」
「しょんぼりすんなって」
大きな手で頭をさらりと撫でられ、ジゼルの胸はきゅんと痛くなった。自分の好意には全然応えてくれないくせに、テオは優しい。これだから、余計に好きになってしまうのだ。
ソファにどさりと体を落としてしばらく休んでいると、間も無くチャイムが鳴った。レオンとアメリアがやってきたのだ。ジゼルはぴょんと飛び跳ね、小走りで玄関に向かった。笑顔で二人を出迎える。
「アメリア!ここに来るのは初めてね!散らかっているけど、どうぞ入って!レオンも、お疲れ様!」
「お邪魔します」
「入るぞ」
レオンは、以前の物とは少し違う杭を持っている。改良型の杭だ。進み出たテオがそれを受け取り、まじまじと観察した。
「改良型、ようやく入手できて良かったな」
「今日になって、ようやくだ。実はアメリアにも同行してもらった」
杭に描かれた紋様を横から見る。ジゼルがパッと見ただけでも、以前のものより高度な術式が施されているようだ。
テオはアメリアに尋ねた。
「アメリア様。
「それが…………一切何も、読み取れなかったんです。こんなこと初めてで……」
「となると、錯乱の類ではないか……やはり、洗脳の術だな」
テオが口元に手を当てて考え込む。敵方は、相当厄介な術式を仕込んできたようだ。
「レオン。前にも話した通り、俺たちは呪いの毒を無効化する解毒薬の生成を進めている。いま、術式を見た限りでは……改良型にも、薬は有効だと思う」
「さすがだな、テオ」
「はあ……。俺は、こんな大仕事せずに、その日暮らしをしたかったんだけどねえ…………。何せ、熱心な弟子がいるもんでな」
「そんな!そもそも、テオ様の実力を隠し通すのは無理があると思います!」
同じ錬金術師のジゼルから見ても、テオの実力の高さは異常だ。国で一番なのはもちろんのこと、彼は歴史上に名を残す錬金術師であるだろうとも思っている。
ゲームでも、テオの経営する錬金ショップの品揃えはすごかった。主人公が一度生成しさえすれば、どんな幻のアイテムでも、すぐさま販売開始されていたのだ。
テオとしては実力を隠し、気楽に暮らしたかったようだが、ジゼルに見つかってしまったのだから観念して欲しい。ジゼルは五歳で彼を発見して以来、彼に付きまとい、押しかけるようにして弟子になった。そうして彼の偉業を、積極的に周囲へ広めてきたのだ。お陰でテオは、今や指折りの錬金術師として、広く認知されるようになったのである。騎士団から重要な依頼を受けているのには、こういう経緯があった。
ジゼルはお客様のために、お茶を淹れ始めた。アメリアと一緒にテーブルについたレオンは、生真面目な様子で尋ねた。
「解毒薬は、どんな形態になる?」
「弓矢に仕込むつもりだ。弓が当たらない場合を考えて、一応槍も作っておく」
「助かる。その場合は、俺が直接槍を刺す」
「おいおい。お前さん、将軍なんだから、あんまり無理すんなよ?せっかく可愛い奥さんもらったんだしさ」
「わかってる」
可愛い奥さん、と言われて、アメリアの顔がぽっと赤らんだ。その可愛さに、ジゼルはお茶を出しながらニマニマしてしまう。アメリアには、どこか小動物のような愛らしさがあるのだ。
「ジゼル、解析はあとどのくらいで終わりそうだ?」
「あ、はいっ。徹夜すれば、二日くらいかと」
自分に話を振られ、慌てて答える。徹夜という言葉に、テオの眉間がピクリとしたが、見ない振りをした。
「……レオン、解毒薬の納期だが、あと十日欲しい」
「わかった」
「新しい杭の解析も同時に進める。呪いの毒自体は同じだと思うが……奴ら、随分色々と工作してきてるようだからな」
「頼む」
「お願いします」
レオンとアメリアが頭を下げる。二人は必要なことだけを話して、帰っていった。
♦︎♢♦︎
「で、できたあ…………!!」
「できたな…………」
レオンとアメリアが来てから、九日後の夜。明日には納期が来ると言う日に、解毒薬は完成した。呆然とするジゼルとテオの目の前で、黄金の液体が煌めきを放ちながら、プカプカと浮いている。
隣のテオは、その場でばったりと体を倒した。この九日間、ジゼルは何度か家に帰って寝かせてもらったが、テオは研究所に篭もりきりだ。碌に寝ていないに決まっている。その日暮らしをしたいと
「これをカプセルに封じ込めて、矢の先につけるんですよね……あと少しですね…………」
「そうだ。あとは俺がやっとく」
「ええ!?一人でやるの、ものすごく大変ですよ!?ダメです!絶対手伝います!!」
ジゼルが驚いて飛び跳ねると、テオはふっと笑ったようだ。のそっと体を起こした彼は、その翠の瞳を少しだけ覗かせていた。ジゼルの頭を軽く撫でながら、柔らかく言い聞かせてくる。
「お前、もう限界だろ。ちゃんと休め」
「や、やだ。絶対手伝いますから」
「ジゼル。お前、本来は年頃の娘なんだからな……」
「わ、私……!テオ様の力になれるなら、いくらでも頑張れます!」
「ジゼル」
ジゼルは、拒絶されるのを知りながらテオに縋った。
――ああ、また気持ちが零れ落ちてしまう。
「私。私、テオ様のことが大好きだから…………」
ほら。もう何度目かも分からない、告白をしてしまった。徹夜を繰り返して、情緒がおかしくなっているのかもしれない。気づけばジゼルの目からは、ポロポロと涙が零れていた。
「泣くなよ…………お前の涙には弱いんだよ」
「ごめんなさい」
「何回も言うが、俺とお前とじゃ、まるで釣り合わないよ」
「…………」
もう何度目かも分からない、拒絶の返事をされる。テオはいつも、決まってこう言うのだ。
ジゼルのことを嫌いだとか、他に好きな人がいるとか、いっそそういう振り方をしてくれたら――――そうしたら、ジゼルだって諦めが付くのに。
「ここまでやってくれて、本当にありがとな。今日は帰れ」
「…………はい」
優しく突き放され、ジゼルは大人しく従った。振られるのなんてもう慣れているはずなのに、胸が張り裂けそうに痛かった。
その日ジゼルは、ボロボロのままアメリアに会いに行った。そうして彼女に縋って、身も世もなく大泣きしたのだ。アメリアに励まされて家に帰った後も、涙が止まることはなかった。
ジゼルのたった一つの恋は、相も変わらず叶いそうにないのだった。
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