第二章
2-1 二人のデート
賑やかな王都を、レオンとアメリアの二人は歩いていた。市場には露店が立ち並び、人々が元気に声を交わしている。アメリアは箱入りのお姫様なので、王都の中を気軽に歩くのは初めてのことだった。
「すごい!日中は、こんなに人で賑わってるのね。はぐれたら、迷子になってしまいそう」
「俺から離れないように、気をつけて」
「うん!」
レオンはここであることを思いついたようで、組んでいた腕をするりと離した。それから指を絡ませて、アメリアの手をぎゅっと握り直す。いわゆる恋人繋ぎの形だ。
「これなら、絶対にはぐれない」
「う、うん…………」
レオンの大きな手に包まれて、アメリアの心臓はドキドキと跳ねた。今日は何度も惚れ直してしまいそうだ。そのまま二人は手を繋いで、色々な露店を見て回った。
「わあ。アクセサリーとかも売ってるのね。ここのなんか、すごく凝ってるわ」
「この国の工芸品は、こうして市場で売られていることが多いんだ」
「そうなのね!……わあ!このブローチ。レオンの目の色みたい……」
ワスレナグサを象った、繊細な銀細工。その花びらの部分には、美しい青のガラス石が嵌められていた。夏の空のような青は、まさにレオンの瞳を彷彿とさせる色だ。
「こっちは、アメリアの瞳の色みたいだよ」
レオンが差し出したのは、フリージアを象ったものだった。黄色のガラス石が嵌められていて、こちらも出来が良く美しい。
「本当だわ。綺麗ね……」
「すみません、これとこれをください」
アメリアが遠慮する間もなく、レオンはあっという間にそれを買ってしまった。
「あ、あの……。ねだったみたいになっちゃって、ごめんなさい」
「いいんだ。これは今日の記念」
「うん……。枯れないお花を貰うのは、初めてね?」
アメリアが悪戯っぽく微笑むと、レオンも目元を緩めた。いつももらっている花束も、押し花にしたりはしている。だが、はっきりと形が残るものはやはり嬉しい。
アメリアには、別々に包んでもらったブローチの、片方が渡された。これは青い方のブローチだ。
「黄色い方は、レオンのにするの?」
「うん、お守りにする」
「そっか…………」
つまり、アメリアの目の色をお守りにすると言うことだ。彼女はすっかり照れてしまい、顔を逸らしてもじもじとした。レオンのこういう真っ直ぐな愛情が眩しくて、くすぐったいのだ。
それから二人は腹ごしらえをするために、王都で流行りのカフェに入った。裕福な平民やお忍びの貴族で賑わうような、ちょっと高級な造りのカフェだ。
真っ白に塗られた店内で、ふかふかの青い椅子に座る。ゆったりした音楽が流れていて、とても居心地が良かった。看板メニューのパスタを三種類頼んで、レオンとシェアして食べていく。生ハムの乗ったジェノベーゼパスタが、特に美味しかった。
「こんなカフェに入るのなんて、前世ぶり。どれも美味しい……」
「俺もここは来てみたいと思っていたけど、男一人では来にくいから」
ぐるりと見回しても、客はほとんどがカップルか女性客だ。確かに男性だけでは来にくいだろう。
「ここもそうだけど……君と結婚したら来てみたいと思っていた店が、沢山あるんだ」
「レオン……ありがとう」
レオンは本当にずっと、アメリアを迎えることだけを考えてくれていたらしい。こういう時に、それを実感する。彼の一途さを思うと、アメリアの胸はきゅっと痛むのだ。
「ここはパフェも有名だから、シェアして食べよう」
「嬉しい!メロンといちご、どっちも美味しそうだから迷っていたの。あ、でも……ティラミスパフェも美味しそう……」
「俺はまだまだ食べられるから、全部頼んでいいよ」
レオンは、実は甘いものが好きなので、青い瞳を細めてはっきりと微笑んだ。アメリアはそれに見惚れてしまい、ぽぽぽっと赤くなる。周囲の女性客がザワッとしながら視線を送ってきたのも、仕方のないことだろう。
今日のレオンは髪を後ろでサッと一つに束ね、スラックスにシャツ、ベストという軽装だ。しかしそのシンプルさが、かえって彼の美貌を引き立てているのだった。
ぽうっと見惚れたまま雑談をしていると、大きなパフェが順番にやってきた。
「すごい!このイチゴパフェ、イチゴが溢れそうよ!……んんっ。ベリーソースが濃厚で美味しい!」
「こっちのメロンもすごく熟れてる。美味いな……」
「ティラミスパフェは、大人の味ね。エスプレッソがじゅわっと染み出して、幸せだわ……」
甘味にうっとりするアメリアの頬を、レオンの親指がすっと撫でた。
「アメリア。ほっぺたにクリーム。付いてた」
「!」
そのままレオンは、ペロっと指を舐めた。あまりにもセクシーで、様になっている。恥ずかしいやら嬉しいやらで、アメリアは熟れたリンゴよりも真っ赤になって俯いた。
「なんか……デート、みたい……」
「デートだよ?」
目を丸くしたレオンにはっきりと告げられて、さらに顔が熱くなる。そうだ、デートだった。おかしい。彼とはもっと、すごいことを色々しているはずなのに、なんだか今日は刺激が強い。
「真っ赤になってるの、可愛い……」
「ううう」
まるでバカップルみたいなやり取りをしてしまう。そうやって二人は仲良く話しながら、あっという間にデザートを食べた。そうして食後のコーヒーを飲んで、時間が来るまでカフェでゆっくりした。
最後に向かったのは、王都の中心を横断するように広がる公園の、大広場だ。ここは野外ホールになっている。レオンが貴族席のチケットを取っておいてくれたので、二人は最前列に座った。今日の演目は流行りのミュージカルなのだという。
「一番遅い時間にしておいて、良かったな」
「取っておいてくれて、ありがとう……!すごく人気なのね。空席が全然ないわ!」
「人気の舞台だから、なかなかチケットが取れないらしい。俺は、とある伝手を使ったから」
「……伝手?」
アメリアはこてりと首を傾げた。レオンが答える。
「君も知ってると思う。『攻略対象』のアンリ・シャリエールだ」
「ああ、公爵家の……。次期宰相候補の、彼ね?」
「そう。奴は口煩くて。『愛想を尽かされないように、デートは適切な場所でするように』って、口酸っぱく言われた」
「ふふふ……母親みたい……」
「ちょっとわかる」
ジゼルが「レオンの恋は、私と攻略対象全員が生暖かく見守っていた」と言いかけていたのを思い出す。きっと、その言葉の通りなのだろう。次に会ったらお礼を言わなければと思った。
さて、舞台がいよいよ始まると、アメリアはすっかり見入ってしまった。演目は悲恋の物語だ。主演の二人が引き裂かれる切ないシーンでは、とうとうぐずぐずと涙を零してしまった。そうしてアメリアが一筋涙を零すたび、レオンが隣から、絹のハンカチでそっと拭ってくれる。せっかく綺麗にお化粧してもらったのに、台無しである。
――でも、何も、ヒロインを失明の病気にすることはないじゃない。こんなの泣いちゃうわ。
アメリアは心の中で苦情を言いながらも、最後まで夢中だった。だから舞台が終わるまで、あっという間に感じた。手渡されたハンカチで目元を拭いながら、感想を言う。
「すごく、良い話だったわね……。ヒロインは目が見えなくなってしまったけど、二人が再会できて良かったわ……」
「ああ…………」
レオンはどこか上の空で、ぼうっとしている。アメリアは怪訝な顔で尋ねた。
「どうしたの?」
「ああ、ごめん……。アメリアの涙に見惚れてたから、途中から観てなかった」
アメリアは、また顔が一気に熱を持つのを感じた。お化粧も剥がれてしまっているのに、恥ずかしい。
「も、もう……!ちゃんと、舞台を見なきゃダメよ」
「うん。でも……綺麗だった」
――天然って、恐ろしいわ。
そう思いながら、アメリアはレオンの腕にぎゅっと抱きついた。
「レオン、好き……」
「俺も、好きだよ」
「あのね、くっつきたくなっちゃった……」
「俺も」
レオンが、小さく笑う気配がする。泣き出したいほど幸せだと思った。
「またお休みの日は、二人で出掛けたいな」
「もちろん、そうしよう」
二人は見つめ合って、約束をした。
しかし、その約束は――――なかなか、叶うことがなかった。
何故なら。一度は鎮静化していた魔獣騒ぎが、また再発してしまったからである。騎士団は間も無く、大忙しになってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます