1-11 新しい友達

「アメリア様!このたびは、私のせいで大変な誤解をさせてしまったみたいで……!本当に、ごめんなさい……!」


 あくる日侯爵邸にやってきたジゼルが、顔面を蒼白にさせながらアメリアに謝ってきた。もはや土下座の勢いである。アメリアは慌てて言った。

 

「あ、頭を上げてください……!勝手に誤解をしたのは私の方です!それに、私こそ……もしかしたら、失礼な態度をとってしまったかもしれないわ」

「そんなことは、決して!ただ信じて欲しいんですけれど、レオンの恋はずっと、ずーっと!私と攻略対象たち全員が、生暖かく見守……っ、じゃない!!心の底から、応援していて!だから全く、これっぽっちも!私とレオンの間には、何もありませんので……!!」


 ――レオン、生暖かく見守られていたんだ……。


 アメリアは一瞬そう思ったが、すぐに切り替えた。

 

「ジゼル様……私はもう気にしていないわ。それより……せっかくの転生仲間なんだから、お友達にならない?もし良いなら、貴女のことをジゼルって呼びたいし……私のことも、アメリアと呼んでくれたら嬉しいわ」

「よ、喜んで……!!」

 

 ジゼルは涙をいっぱいに溜めた目のまま、勢いよく何度も頷いた。


 

「す、すごいわ……テオのセリフを集めるためだけに、そこまでやり込みを……!?」

「そうなの。私、テオ様だけが好きで。恋愛イベントは、アイテム合成に必要な分しかやらなかったし……とにかくどうしても、テオ様の新規セリフが見たくて。錬金図鑑を全部埋めたの……」

「すごい執念ね!!え、待って。まさか……DLCダウンロードコンテンツの追加図鑑も、全部埋めたの!?」

「勿論!だってテオ様に、『おめでとさん』って言ってもらえるんだもん!!DLCダウンロードコンテンツの隠しダンジョンも、ばっちりクリアしたわ!!」

「すごい!私はあそこのボスが、どうしても倒せなかったのよね〜。懐かしい……」

「基本的にクリアさせる気のない、鬼仕様だったもんね。でも、テオ様の台詞ってもともと少なかったから。どうしても一言が欲しかったのよ……」

「愛ね……。愛だわ……」

 

 お茶をしながらそんな話をして、二人はあっという間に仲良くなった。同じゲームをこよなく愛する者同士ならば、オタクはすぐに仲良くなれるものだ。ジゼルは、前世で『ジゼルの箱庭』を300時間以上もやりこんだ猛者だった。

 

「それにしても、まさかテオファンだとは思わなかったわ。誰かのルートに入っているものだとばかり思っていたから……」

「前世から、糸目が大好きで……それにテオ様のあの掴みどころのない感じも、ものすごく好みで!!」

「成る程ね。今世では、いつ出会えたの?」

「五歳の時に発見して、前世を思い出したの!それ以来、ずーっと付き纏ってるんだけど、全っ然相手にしてもらえなくて……うう」

「テオ……なかなか手強いわね。あら?でも……もしかして、年齢差が結構ある?」

「うん、向こうが七つ年上なの……。しかもあっち、あまり有名じゃない子爵だし。うち、一応名門伯爵家だし……。嫁入りって目で見ると、身分差が微妙にね……」

「そう考えると、逆にハードモードね……。ゲームでも、本心をほとんど見せないような……飄々としたキャラだったしねぇ」

「そう……そうなのよ……」


 ジゼルは重たい溜息を吐き、切なげな目をした。よっぽど恋焦がれているらしい。彼女は年齢的にも、そろそろ家から結婚を迫られている時期だろう。可哀想に。


「私にできることなら、協力するわ」

「うううっ……!!あ、ありがとう……!!」


 ジゼルはアメリアの両手を鷲掴み、また土下座をせんばかりの勢いで言った。

 

「お願いよ、アメリア……!私の恋のキューピッドになって!!」

「ううん、どこまで役に立てるか分からないけど、頑張るわ」

「やざじい…………」

 

 このような会話を経て、アメリアはジゼルの恋を応援することになった。アメリアは元々人間の友達が少ないので、大変嬉しい収穫だったのである。



 ♦︎♢♦︎



≪レオン、イマ、カエッタ!キョウモゲンキ!!≫


「ありがとう、モナカ!」

 

 魔獣にされていたカラスは、かなり元気になった。ヒョコヒョコと、ゆっくりとなら歩けるようになったのである。後遺症からして、やはり野生に返すのは厳しかったので、彼はアメリアの新しい家族になった。モナカと名付けて可愛がっている。モナカはいつもこうして、レオンの帰宅を知らせてくれるのだ。

 

 最近はレオンの仕事も、通常通りに落ち着いている。あの時に痕跡を残してしまったせいなのか、魔獣騒ぎが一旦落ち着いたのだ。だが、犯人自体が捕まったわけではない。いつ再発したとしても、おかしくはないだろう。


 相変わらずパタパタと、小走りで階段を降り、アメリアはレオンを迎えた。レオンはアメリアの姿を認めて、やはり小さく笑った。


「ただいま、アメリア」

「お帰りなさい、レオン!」

「これ、今日の分」

 

 レオンは相変わらず毎日、必ず花束を贈ってくれる。今日はブルースターと霞草が組み合わされた、可愛らしいアレンジメントだった。


「ブルースターだわ。この花、可愛くて大好き!」

「ブルースターの花言葉は、『幸福な愛』だそうだから」


 ここでアメリアは小さく首を傾げ、レオンに尋ねた。


「もしかして今までもずっと、花言葉に意味を込めていたの?」

「そう…………だ」


 レオンは目元を赤らめて、他所を向いた。可愛い人なのだ。アメリアは思わず、ふふっと笑ってしまった。

 ここでふと、レオンが真っ直ぐにアメリアを見つめ直してきた。それから一等甘い声で言う。

 

「アメリア……愛してるよ」


 アメリアは、自分がぽぽっと赤くなるのを感じた。

 

 以前からの二人の習慣が続いている一方で、変わったこともある。一番はレオンが常日頃から、直接的な愛の言葉を言うようになったことである。

 きちんと伝えてこなかったためにすれ違ったと、彼はかなり悔やんでいるらしい。

 甘く愛を囁かれるようになって、少し心臓に悪い時もあるが、アメリアは幸せだった。だから今日も花咲くような笑顔で、それに答えるのだ。

 

「ええ……私も、愛してるわ」


 レオンの首元に勢いよく抱きつくと、逞しい体躯にしっかりと受け止められた。

  

 こうして。ミストラル王国の『残り物姫』アメリア・ミストラルは、麗しき『攻略対象』、将軍レオン・ヴァレットの褒章として降嫁したものの。

 めいっぱいに愛されて、幸せな毎日を過ごすようになったのである。

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