1-10 アメリアの想い

 レオンの話を聞いたアメリアは、今度は自分が想いを伝える番だと思った。だから順を追って、丁寧に説明した。

 自分には前世の記憶があり、転生者なのだと言うこと。ゲームという絵物語で、この世界を予め知っていたこと。そのゲームでも、レオンが武勲を立てるイベントがあり、彼がジゼルと結ばれるきっかけになるということ。そのため、レオンはジゼルが好きなのだと、ずっと思い込んでいたこと。褒章で結婚を無理やり押し付けられて、レオンは仕方なく従ったと思っていたこと。

 

 レオンは全て、真剣な顔つきで聞いてくれていた。話が終わって一息吐き、アメリアは紅茶で口を潤す。彼は口元に手を当てて、考え込んでいた。

 

「成程。転生……。それで、ジゼルか……」

「こんな突拍子もない話、驚いたわよね……。やっぱり、信じられない……?」


 アメリアが恐る恐る尋ねると、レオンは小さく微笑んで首を振った。

 

「他ならぬ君の言うことだから、信じるよ。それに実は、転生者には前例もあるんだ」

「ありがとう……」


 アメリアはほっとして、お礼を述べた。それにしても、前例があるとは驚きだ。その転生者は今、一体どうしているのだろうか?

 

「安心して欲しい。俺が好きなのは、ずっと君だけだ。ちなみに……ジゼルが好きなのは、テオだ」

「テオ……?」


 突然出てきた名前に、アメリアは疑問符を浮かべる。何だか、妙に聞き覚えのある名前だ。テオ。テオ。テオ……。

 

「ああ!テオってもしかして、錬金ショップを経営している、テオ・クルーゾー!?」

「そうだ。ジゼルも君と同じく、転生者だそうで……前世からずっと、糸目が好みらしい」

 

 情報に頭が追いつかない。

 

 ――ジゼルが転生者な上に、糸目フェチですって……!?

 

 衝撃である。テオ・クルーゾーはゲームのアイテムショップで表示される、言ってしまえばモブキャラクターだ。いつもニコニコ顔、糸目で白髪のキャラクター。錬金術の腕は確かだが、どこか胡散臭い雰囲気のある人物なのだ。


 驚きのあまり、アメリアはしばらく固まった。そして再起動した後、恐る恐るレオンに尋ねた。

 

「あ、あの。この際だから……気になることは、全部確認しても良い?」

「もちろん。何でも答える」

「あのね。思い込みで動いていた私が完全に悪いのは、良くわかったわ。ジゼル様を好きだと決めつけたこと、お茶会を断り続けて、貴方を傷つけてしまったこと……本当にごめんなさい……」

「事情がわかったから、俺はもう気にしないよ」

「ありがとう……。で、でも……結婚後のレオンの態度にも、少し、誤解させるようなところがあったと思うの……」


 おずおずと言うと、レオンは少し目を見開いた。

 

「そうだったか……すまない。自分では分からないから、良ければ詳しく教えて欲しい」

「うん。まず……夜会でジゼル様を見た途端、レオンは、はっきりと笑ったわ。私が見たこともないくらい……。あれは、どうして?」

「そうだったか……?ああ、それは多分、綺麗なアメリアを見せびらかせると思って嬉しかったからだ」

「ええ……!?」


 アメリアはずっこけそうになるのを、何とか堪えた。完全に自分の思い違いである。


「じゃ、じゃあ……あの夜会の時、ジゼル様が、『本当に、ご結婚なされてしまったのですね……』って切なそうに言ったのは、一体何だったのかしら……?」

「報われない片想い同盟から、一足先に俺が脱却したから、彼女は悲しんでいたんだ。俺とジゼルは、謂わば同志のようなものだった」

「えええ……!?」


 報われない片想い同盟、そんなものを結成していたのか。何はともあれ、紛らわしすぎる。


「じゃ、じゃあ、最後に聞くわ。夜会でダンスをしながら、私がジゼル様のことを聞いた時……『彼女には想う人がいるから』って言って、悲しそうにしていたのは……?」

「ああ、あれか。ジゼルがテオ一筋すぎて、君の兄、アルフレッドが振られてしまったから。その時のことを思い出して……妹の君に対して、気まずくなったんだ」

「そ、そんな……!!」


 なんと、兄はしっかりジゼルに恋をして、振られていたらしい。意外な情報に、アメリアは仰天した。

 

「わ、私……完全に思い込みで、色々空回っていたわ。本当にごめんなさい……」

「いや、俺の方こそ。何もはっきり口にしてこなかったから、君を沢山傷付けてしまった。すまない……」


 レオンは立ち上がって、アメリアの前に来た。美しい騎士の礼を取って、アメリアの手をそっと取る。そうして手の甲に口付けながら、その青い瞳でアメリアを射抜いてきた。

 

「アメリア、君が好きだ。君だけが、ずっと好きだった。それに……結婚して君と話すようになって、もっともっと好きになった。可愛い顔で沢山笑うところも、何者にも優しいところも……」

「レオン……。わ、私も…………」


 改めて言葉にされると、ようやく実感する。感極まったアメリアの両目からは、またポロポロと涙がこぼれた。


「私も、貴方が好き。ちょっと分かりにくいけど、優しいところが好き。愛情深いところが好き。貴方の優しい目元も、小さな微笑みも、全部全部……好きよ」

「……アメリア」


 立ち上がったレオンに手を取られ、アメリアも立ち上がる。途端にぎゅっと抱き締められ、優しい口づけをされた。角度を変えて、ゆっくりと何度もキスをする。ずっとずっと、こうしたかった。

 

「ん………………。ん…………っ」

「アメリア……」


 少し顔が離れる。レオンはその秀麗な美貌を緩め、アメリアを覗き込んだ。

  

「君の気持ちが向いてくれるまで、我慢しようと思っていた。でも……もう我慢できそうにない。できるなら、今から…………もう一度、抱いても良いか?」

「わ、私も…………」


 アメリアは顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、勇気を出して言った。

 

「私も、レオンに抱かれたい……。お願い、抱いて…………」

 

 レオンは、今度はまるでかぶりつくように、アメリアに大きく口付けた。そうして今度こそ本物の、二人の初夜が始まったのである。

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